2026年01月14日

坂の上の雲は

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昨日の続きやで。
「電子立国日本」やった筈やのに、失われた10年、20年、30年を経て日本が落ち目になって、技術力が右肩下がり。おまけにGDPでも、つまり経済的にも中国に抜かれ、ドイツに抜かれ、2025年はインドにも抜かれ、もはや世界5位ちゅうやないか。ほんでなんでこうなったんかちゅうて考えてたら、「末は博士か大臣か?」ちゅううたい文句が今や死語で、博士も大臣もZ世代の若者には興味の対象ちゃうようになったんや。苦労して博士や大臣にならんでも、人生100年時代やから面白おかしう生きれたらそれでええと考える人の方が多なってるんやろ。司馬遼太郎さんやないけどこの天邪鬼爺は、若者やったら「坂の上の雲」を目指して欲しいと期待するんやけどな。今の時代でもそんな若者もおることはおるやろけど、多数派は無駄な努力はせえへんと、皆で群れて当事者にはなりとうないんやろ。ほんでそんな風潮造ってるんが、アメリカ合衆国由来の「人生享楽型」人種ちゃうかと、爺なりの理解や。ぎょうさんで群れて「なんちゃら48」ちゅうグループがいくつもできてるやろ。まぁあういう連中も連中なりの努力はしてると思うけど、昭和前半生まれのわいにしてみたら、なんかちゃうねん。人気が出て皆からちやほやされて、お金もできてええ生活できるけど、さっきも書いたようになんかちゃうねん。やっぱし、額に汗して働く勤勉さが、日本人には良うおおてる。せやけど、「人生楽しまなあかん!」ちゅう文化を、日本人に植え付けたんは、アメリカ合衆国やとわいは、日上かも知れへんけど、考えてるんやで。
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2026年01月13日

額に汗して働く

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今日の話題はやな、めちゃめちゃはすかいに構えて、被害者意識丸出しにして考えた話題やでぇ。それは第二次大戦の後の、驚異的な日本の復興と、ほんでから堕落(?)についてや。今の若い連中は、日本人の勤勉やったことを、認めようとせぇへんけどな、そいでも太平洋戦争で負けて、無条件降伏した国がや、たった20年足らずで世界第二位のGDP達成したんは、それこそ「24時間働けますか?」ちゅうような働き虫やったからやと、この天邪鬼爺は理解してる。確かにアジア大陸の東にあって、ソ連、中国、北朝鮮に眼ぇ光らすのにちょうどええから、アメリカ合衆国が経済的に応援したのも効いてるやろけど、それだけやったら「奇跡の復興」は起こってないと思うで。
で話の核心はここからや。
対共産圏に眼ぇ光らせるのに日本ちゅう国は都合ええけど、せやけど太平洋戦争後の奇跡の復興や、明治維新してたった60年ほどで、世界第三位の海軍国になるちゅう日本は、アメリカ合衆国にしてみたらやっぱし脅威やったんちゃうかな。せやからヤンキーの指導者らはやな、日本人を骨抜きの国民にすること絶えず考えたんちゃうかな。つまりや「額に汗して働く」国民より、エンターテイメントで面白おかしく金儲けできることを志向する国民となる様に、太平洋戦争で無条件降伏させて以降、長い時間かけて悪い意味の意識改革させよったんちゃうかと、この爺は理解してるんや。
何やややこしい話やから、明日もこの話題掘り返してみるけど、「人生享楽型国民」に長い時間かけてしてしまいよったんちゃうかと疑うてるんやけどな。
(この稿続く)
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2026年01月12日

初場所始まる

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昨日から、大相撲初場所が始まった。
しかしようやく幕内に戻ってきた朝乃山、残念ながら黒星スタート。
それにしても大相撲協会の、いや理事長のというべきかも知れない、依怙贔屓ともいえる賞罰問題の犠牲になった朝乃山、応援しているので、是非とも良い成績で、初場所を終えて欲しいと願っている。確かにコロナ騒ぎの最中だったと思うが、ルールを無視しての行動だったので、身から出た錆ともいえるのだろう。とはいえ一年の謹慎は、大関に上がってさらに鍛えて強くなっていたろうに、いかにも厳しかったろう。
私は持論として「依怙贔屓のある組織は衰退する!」と理解しており、かかる意味で同じようなルール違反に注意だけで終わったり、一方では部屋じまいをさせたりと、今の大相撲協会は、依怙贔屓の塊みたいなところがあって、大相撲狂の天邪鬼爺は、残念に思っている。大相撲協会理事長、何か高砂部屋に恨みがあるんか知らんと、不思議でならない。
まぁ愚痴はこれくらいにして、初場所はまだ始まったばかり、ともかく朝乃山頑張れ!
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2026年01月11日

卒業研究発表会

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私が大学四年生で講座配属された教室の博士課程の先輩に、D3キミオさん、D2エイイチさん、D1カズオさん、コウジさん、トシオさんと5人の博士課程先輩がいた。加えて教員にはナガヨシさんがいらっしゃって、四年生4人(トシハル君、コウジ君、オジンに私)に直接指導して下さる方々が6人と、卒研生にとって贅沢なと言おうか、理想的なと言おうか、いずれにしても恵まれた環境であった。そして私を直接指導してくれたのは、D1のカズオさんで、カズオさんが岐阜大に籍を得て出て行かれるまでの三年間お世話になった。昨日は修士一年生の時の顛末を披露しており、今日はさらに一年さかのぼってのエピソードを披露したい。それは、3月の卒業研究発表兼試問会に関してである。当時は模造紙に発表のための図や式を書いての発表で、今日とは随分と趣が異なる。まぁ50年は経っているので、当然と言えば当然ながら・・。
発表会は、学科の教授、助教授の先生方の前で、卒業研究の内容に関して説明するのであった。私は今では76歳の爺ながら、当時は20歳を少し過ぎた、経験もほとんどない青二才であったろう。当然発表にあたって、失敗の無いようにと原稿を書いていたら、カズオさんが「善さんそれを読む気か?そらあかんで。模造紙に書いたぁる内容しか先生方には見えへんねから、発表する側もそれを見ながら説明するのが当然ちやうか!」と厳しい口調。どれを聞いていたコウジさんも「河崎!カズオ君の言う通りや。いったん原稿書いて読む癖つけると、いつまでたっても書かんと発表でけへんようになる。やめぇ!やめぇ!原稿書きは!」とまくしたてた。私も性格上、「それなら。」と言われるままに、模造紙に書いた内容を見て理解しながら、卒業研究の内容を発表した。
実はそれから10年ほど後、マンチェスターのUMISTを訪ねて、これまたノルウェーでの観測についての話をするとき、UMISTのイリングワースさんからも同じような助言を受けた。当時はオーバーヘッドプロジェクターでの発表であったが、スクリーンを見ながら、内容を自分で理解しつつ、イギリス人相手に講演した。カズオさんやコウジさんの助言を思い出しながら・・・。
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2026年01月10日

ついてくるのは影だけ

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私が修士一年生の時の事であるから,40年も昔の話になる。
結構骨の折れる計算を繰り返し,それでももっともらしい結果が出て,漸く学会発表の目途が立った矢先の事である。
先輩のカズオさんのところに,原稿の下書きを持って行ったら,
「電子通信学会に発表を申し込んでおくから。第一著者は僕やけど,善さんが発表していいから・・・。」
と切り出された。
私は,その言葉に自身の顔の強張るのを感じながら,それでも
「僕が第一著者ではだめですか?」
と言いたい気持ちを飲み込んで,ともかくも
「じゃぁ,原稿下書きを読んで,朱書きしておいてください。」
とだけ頼んで,居室に戻った。余談ながら,あの頃はワープロなんてものはなく,学会の原稿は全て手書きだったのである。
その日の夕刻,カズオさんと同級生のマサトさんが居室にやってきて,私に目配せをした。居室を出ろといった合図である。なんだろうと居室の外に出ると,屋上に行って話そうといった風情。そして屋上でマサトさんは,
「あの後,『善さん,博士課程に進学するんやろう。そんなやったら第一著者にしたれや!』とカズオ君にいうたんやけどなぁ。ただあいつ,『僕は,善さんを博士にするために研究してるんやない。善さん一瞬顔つき変わったけど,なんも言わへんかったし,あのテーマは僕が出したの善さんも判ってる筈や。』言いよんね。」
と,おっしゃった。私は骨折りのお礼を申し上げ,
「カズオさんの言うてはったとおり,テーマの出どころはカズオさんですし。まぁ僕なりの工夫もあるし,これが第一著者の論文やったら,あともう二つちゅう計算もありましたが,・。」
と応えつつ,小さかったころに母からよく聞かされた,ついて来るのは影だけという言葉と,釜茹でになった石川五右衛門は,いよいよ湯が煮えたぎって来たとき,自分の子供を自分の下に敷いたという,逸話を思い出していた。
気障なようだが,あの時カズオさんがすんなり私を第一著者にしていたら,私もここまでこれたかどうか。
確かにあの一瞬は,非常に腹も立ったけれど,今となっては,本音で非情だったカズオさんには感謝している。
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2026年01月09日

タンカー拿捕

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きな臭い話やで。
カリブ海でロシア船籍のタンカーを、アメリカ海兵隊が拿捕したそうや。
それは昨日に聞いてたけど、二隻目も拿捕したちゅうニュース。
まるで第二次世界大戦中やないか。
ロシア船籍のタンカーは、ロシアにベネズエラ産の石油を運んでるんやろ。
ロシアが報復しなかったらええけど、したら戦争始まるかもしれへんで。
ついでに西洋花札のおっさん、気候変動の枠組みの条約から、アメリカ合衆国が抜けるというとる。地球温暖化を食い止めるために、世界中の国が協力せなあかんちゅうてるのに、その枠組み条約から抜ける指示出すちゅうのはなんちゅうこっちゃ。ほんまにけしからん大統領やで。モンロー主義振りかざして、南北アメリカ大陸は、合衆国が支配するちゅうんかいな。時代遅れも甚だしいで。アメリカ合衆国版ヒットラー総統やな、まるで。
しかしや、そもそもこんなおっさんを大統領に選ぶアメリカ人は、やっぱしわい天邪鬼爺には信用でけへんな。
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2026年01月08日

山陰の地震

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一昨日午前、鳥取県や島根県で地震。震度5強という。気象庁の発表では
「この山陰地方では、引き続いてさらに大きな地震のあることが多い。」
そうである。実際一昨日も震度5強と、震度5弱が一時間程の間に起こっている。今回の場合、幸運(?)にも後の地震の方が小さかったようながら。
阪神淡路大震災の起こった31年前、あれ以降「地球は活動期に入った。」と言われており、2003年十勝地震、2004年上越地震、2011年東日本大震災、2016年熊本地震、2018年大阪府北部地震等々、記憶に残っているだけでも、書き始めるときりがない。
共に気象庁の管轄ながら、気象の予報に比べ、地震の予報や予測は現時点では難しい様だ。現時点では過去の地震発生の歴史明らかにし、統計的な観点からの「推測」が幅を利かせている様で、「今後30年以内に、大地震の起こる確率は80%」といった予測を耳にする。厳しい言い方ながら、こんな予測はまぁあまり意味がないというのが、天邪鬼爺の実感である。

話題を替えるが、西洋花札大統領グリーンランドを乗っ取る積もるらしいで!歯止めが無くなって、もうやりたい放題になってきた。プーチンと一緒やんか、やってることが!
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2026年01月07日

七草粥

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正月七日・七草粥
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ
この地シンガポールでは、スーパーで買う以外無理ですなぁ。
最近は日本でも、スーパーで七草粥セットが販売されてるらしいけど・・。

アメリカ合衆国の暴挙、無法、国連安全保障理事会で150以上の国々が、国際法違反と訴えているそうだ。
それは当然だろう。
いかにマドウロベネズエラ大統領が無茶苦茶な元首であろうが、独立国家の内政に他国が武力で訴えてはいけない。
「ならぬものはならぬ」のです。
こんな青臭い理想論で、世界が動きはしないけれど、権力の無いものが理想論を捨てては絶対いけない。
政権のやり方あり方を、常に批判の目で見ることが肝要というのが、天邪鬼爺の人生訓です。

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2026年01月06日

国際法違反やで

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年が明けて毎日、毎日のんきに20歳ころの思い出にふけっとったら、アメリカ大統領がとんでもないことやっとるがな。ベネズエラを急襲してマドゥロ大統領を拉致、麻薬密輸の罪で裁判にかけるんやと。おまけにしばらくは、アメリカ合衆国がベネズエラウィ統治するとまで言うてるで。それをフランスの大統領は、太鼓持ちして持ち上げとるけど、今回の行動は明らかに国際法違反やで。わかりやすういうたら、日本が第二次大戦前に中国大陸に進出して、満州国設立したのと、何も変わらん暴挙やがな。ただ第二次大戦前には欧米の列強は、植民地をつくっとったし、明治維新で近代化した日本が、乗り遅れたらあかんと無茶したんや。せやからわい・天邪鬼爺は日本人やから言うんやないけど、今回のベネズエラ大統領拉致は、第二次大戦前の日本とった行動とは単純に考えたら一緒に思えるけど、時代が違うがな。今の時代に植民地主義なんちゅうよなもんは受け入れられへん、暴挙に近い。いや暴挙に間違いない。これでロシアやイスラエルはますますやりたい放題になるんちゃうかと心配やで。中国も台湾に侵攻する口実ができたちゅうようなもんやで。いやはや、第三次世界大戦前でないことを祈りたい、天邪鬼爺やで。
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2026年01月05日

一月五日

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思い出話を続けている。
1969年の秋も深まってから始まった教養部の講義、石橋の教養部の建屋は依然として闘争派学生に占拠されていたこともあって、京橋にあった旧工学部の学舎で始まった。工学部全体は1968年頃から、吹田の新キャンパスに移転を開始していたので、学舎はもぬけの殻状態で、それでも講義には十分利用できる状態であった。とはいえ開始当時、講義は一日おきの変則日程であった。私も高校以来の友人ゲーヤンも通信工学科に入学していた。通信工学科に加え、電気工学科、電子工学科を併せて工学部では「電気系」とよんでおり、学生数は三学科で120名で、それを60名ずつ2クラス構成にしての授業であった。こんな風に私達学生は京橋の旧工学部(正確には旧工学部跡というべきだろうが)に通いだしたけれど一日おきの講義故、多くは時間を持て余し気味で、当然のことの様に、我々は気のあった者と連れ立った雀荘に通うようになった。私自身麻雀は全く知らなかったのに、同じクラスのゲーヤン、ノブヒロ君、そしてアッちゃんが、「適当に並べていたらその内ルールもわかるから!」
と強引に、私を連れて行ったのが最初だったろうか。やがて年の瀬となり、変則日程の教養部講義も冬休みとなった。ただ同じ年の瀬、新年でも、一年前の受験生当時とは全く違った気分で過ごしたように記憶している。一月三日の二人きりのすき焼きは、1970年も同じであった。
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