2020年08月13日

増える感染者数

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新型コロナウィルスの話題や。
テレビ局や新聞報道各社で取り扱い方の違うんは、若干の主義主張のや立ち位置の違いがあるから、しゃぁないと思う。
しゃあけど
「感染者数で、視聴率を稼ぐ態度はまちがってる!」
ちゅうて、影響力のあるコメンテーターが発言するのん、どうかと思うなぁ。
そもそもこの新型コロナウィルス、まだまだよう分ってないんちゃうんか。
高齢者は重篤化するとか、若い人は感染しても自覚症状がないとか、そうかと思たら、血栓ができて危篤になるとか、ほんまに不思議やで。
せやのに影響力のあるコメンテーター
「感染者数の自然増加で、集団免疫していくしかないんですよ!」
ちゅうような内容の発言しとったなぁ。
まだわかってないだけに、結果として長い目で見たら正しかったちゅうことになるかもしれんけど、逆に肺や心臓に重大な欠陥を残してしまう病気かも知れん。
それが分かってないよって、世界中の医学者が必死にワクチンや特効薬やちゅうて頑張ってんやないか。そう考えたらやっぱし、感染者が増えるようやったら、それがいかに無自覚の感染者が多かったとしても、いまん所は、感染者を増やさん対策が大事なんちゃうか。
厳しい様やけど、今の政権や都知殿は来年のオリンピックを開催さなあかんと、そこが必死なんちゃうかな。せやから感染者の増加もできるなら隠したいんやろうし、そのためにアスリート第一とかわけのわからんリップサービスして、世論の応援を期待してるとしか、この爺には思えへんね。確かに四年近く、オリンピックに出たいと努力してきた選手の皆さんお気持ちは分かるけど、世界の人が努力して開催不可能になったとしても、それは諦めてもらうしか仕方ないやろ。まぁそういう人生やということちゃうかな。そうならんためには、政治家のセンセイはひたすら隠すんと違うて、ほんまに最適な新型コロナ対策をするべきちゃうんか。ほんでこの爺は、やっぱし感染者を増やさないこっちゃとしか思いつかへんなぁ。
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2020年08月12日

御巣鷹山35回忌

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朝日新聞天声人語も、35年前の日航機墜落事故の話題やった。
「まち子 子供よろしく 大阪みのお 谷口正勝」
の、遺書にも近い走り書きは泣かせるなぁ。もう落ちるしかないちゅう飛行機の中で、ようも書けたもんやと、しみじみ考えるなぁ。この走り書きのことは、日本から送ってもらった新聞で読んだんが最初や。「沈まぬ太陽」でも、全く同じか少しは違ってたか覚えてないけど、読んだ記憶があるなぁ。
ほんでもっと泣かせるんは、天声人語に書いてあった、その秋に柿の木が実を付けたちゅう話や。自然の営みちゅうんは、ほんまに不思議や思うなぁ。墜落事故で亡くなった谷口さんちゅう人の遺志を、五年前に植えられた柿が、判るわけない筈なんやけどなぁ。偶然実ぃつけたちゅうたらそれまでやから、やっぱり「心」が通じたと考えたいもんや。
昨日宮本輝の「森のなかの海」読んだちゅうて書いた。この爺がこの作家好きなんは、作風が好きなこともそうやけど、文書もきちんとしてて好きなんや。それにや、この作家ある種の「運命論」みたいなもん持って貼って、子供が彼らの親の子として生まれてくるには、それだけの理由がある、ちゅうて信じてはる点や。この爺がこの考えに共感したんは、親友のY君が生き別れになってはった母上と再会、その後この爺が移り住んだマンションの用務員さんやったんや。大阪にあるマンションの数考えたら、そんな偶然てそうあるもんやない。これは偶然やのうて、必然やったんやと考えたんや。
話がそれてしもうたけど、柿の実の話はやっぱり必然やったと思えてならへんのやけど、かいうてもこの爺は、決して運命論者ちゃうけどな。
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2020年08月11日

「森のなかの海」を読む

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「森のなかの海」(著宮本輝)を読む。
日本人会の図書室で借りて、明日がその返却日。
二週間で上下二巻を読むのは、若い時と違って骨がおれる。
骨がおれるというよりは、老眼がすすんで小さい文字は読みにくいのだ。
物語は、阪神淡路大震災の日から始まるのだが、読み始めてみて
「あれこの本読んだことあるぞ!」
といった印象を受けた。
それゆえ、しまったなぁと少し後悔もしたけれど、読み進むうちに
「上巻の三分の一程度だったか、どこかで読んであとは読む機会を無くしてたんだ。」
と思い出した。
実際その記憶は正しく、つらつら、途中で投げ出した理由を考え
「阪神淡路大震災を思い出したくなかったんだったかなぁ!?」
と思案しながら、今回はどんどん引き込まれてしまった。
本来宮本輝は好きな作家のひとりで、大作「流転の海」は全八巻6巻は初版本で読んだ筈。2年前の第8巻は、知り合いのパイロットさんにお願いして、日本から運んでもらった程である。
そんなお気に入りの作家の作品でも、「森の中の海」を初めて読んだときは、息苦しさとは言わないもでも、読み進むうちに、何やらあの大地震を思い出し、読みたくなくなってしまったといったところだったのだろう。決してトラウマだとは考えないけれど・・・。
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2020年08月10日

御巣鷹山の惨事

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八月は、あれやこれや悲しい日が多い。
広島、長崎の原爆忌が終わったと思ったら、もう明後日12日は、日航のジャンボ機が御巣鷹山に墜落した日だ。搭乗者524名のうち、520名が亡くなるという大惨事、520名というのは現時点で航空機事故の犠牲者としては最大だそうだ。
私事ながら、当時私は一年間の予定でスウェーデンに滞在しており、当地のニュースでこの惨事を知った。さらに当時親友のY君が東京駐在で、週末の帰阪にはJAL 123 便を利用していることを知っていたので、慌てて国際電話して
「いつもならお盆の帰阪で乗ってるとこやけど、あの日はもう一便後やったんや!」
と元気な声を聞いて安堵した。もう35年も昔のことだ。
この事件を主題にした、「沈まぬ太陽」山崎豊子を単行本5巻をむさぼり読んだのが、2000年頃だったろうか。改めて事故の悲惨さ、それにも増して大企業の、、いい加減さを知らされた思いがした。
八月の悲しい日の話題に戻れば、15日の終戦記念日。終戦そのものは悲しくはないが、戦死したと聞く伯父の事を考えれば、祖母の苦労、伯母の苦労、母の苦労がしのばれる。
そして晦日の母の命日。当時私は12歳だったから、59年も昔。半世紀以上も昔のことだ。
かくのごときで、私にとって公私とも、8月は悲しい日が多いのである。
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2020年08月09日

長崎原爆忌

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長崎原爆忌かつシンガポール建国記念日
今日は長崎で追悼式典、原爆投下は75年前の午前11時2分に投下された。
天声人語氏によれば、アメリカ合衆国はその威力を明らかにするため、それまでに空爆をあまり行っていない都市を選んだという。これはよく知られていることだろうが、当日は北九州小倉が標的だったそうだが、曇天のため目標を急遽長崎に変えたという。このことはアメリカ合衆国公文書館で確認できるそうだから、かの国の残虐性にいらっとしながらも、そんな文書すら残しておくという姿勢に、敬意も感じてならない。これが我が国なら、都合の悪い文書はすべて破棄あるいは改ざん、いや最近は議事録さえ残そうとしない姿勢まである。
それにしても、曇天で投下すべき場所が見ええないからという理由で、原爆被害に遭った長崎の武子の民七万余、人間の営みはある意味残忍でさえある。それも長崎が投下候補地の一つに加えられたのが、七月下旬だったというから、気紛れなお天気に翻弄されたというべきだろうか。そしてそんな原爆投下を
「戦争終結を早めるために必要だった!」
と信じているアメリカ合衆国国民の多いこと。
この議論をすると、米国の友人は、
「日本はだまし討ちに近い形で真珠湾を攻撃した!」
といらだつけれど、あれで犠牲になった人の大多数は軍人の筈である。一方広島や長崎の犠牲者の大多数は、一般市民なのだから、同列に論じることなどできはしないのである。
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2020年08月08日

核兵器はいらんで!

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明日は、長崎原爆忌だ。
そんな日にちょっと気になる、心に刺さりそうな文を見た。
「いずれ、被爆体験者はいなくなります。」
というものだ。
読みようによっては、核兵器を使わない平和な社会とも読めるけれど、実際には
「あの悲惨さを知っている者が、高齢となっていずれ全員亡くなってしまう。そうなったときに、核兵器使用に警鐘を鳴らせる生き証人が、誰もいなくなる。」
という、危機感を含んでいる発言である。
昭和40年台だったか、当時の大物政治家が
「太平洋戦争を知らない世代の、政治家が怖い。」
という内容の発言をしているのと、被爆体験者がいなくなるとの危機感は、本質的に同じである。げんについ最近もある閣僚が
「敵地攻撃能力を持つ装置が欲しい!」
といった、全く馬鹿げた発言をしているように、かつての大物政治家の懸念は現実のものとなりつつある。
政治家の話はさておき、理想論と言われようと、現実的でないといわれようと、唯一の被爆国である我が国が、核兵器廃絶を主張しないのはそれこそ、
「いかがなものか?」
と、この爺は長崎原爆忌を明日にしてしみじみ思うのである。
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2020年08月07日

生ましめんかな

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鎮魂の意味を込めて、ほぼ毎年使わせていただいています。
『生ましめんかな』
こわれたビルディングの地下室の夜だった。
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめて、いっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭。
汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。
 
マッチ1本ないくらがりで
どうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」
と言ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも

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2020年08月06日

饅頭怖い

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広島原爆忌
昨日の天声人語氏で知ったのだが、落語の「饅頭怖い」の元ネタは中国の古い笑い話にあるのだそうだ。そして天声人語氏は、日本人は外国の文化、習慣、食物その他諸々をいとも容易く自分達固有の文化、習慣、食物等々に変えてしまうとも続けていた。ラーメンがその例として挙げられていたが、私なりに考えるなら、室町後期から安土桃山頃にかけての天ぷら、明治になってからだとすき焼き、そういえばクリスマスなんぞも、いい例なんだろう。こういった文化・文明の同化は、何も日本人に限ったことではないだろうけれど、ある意味日本人は自分たちを主張するという面で、他の民族よりも若干弱い面があるような気がする。
「太平洋の向こうには、Baseballとは違った野球というスポーツがある。」
と、かつて大リーグの有名な監督だったか選手だったかが、言ったという記事を読んだ覚えもある。これなども、もう一つの例なんだろう。
だからという分けでもないのだろうが、日本人は創造性より真似が上手と、かつては酷評されていた。
しかしと天邪鬼の爺は考える。
今から千年以上も前に、源氏物語や枕草子が創られていたというのも事実で、
「物まね上手な国民性」
と揶揄されて、卑下などする必要は決してない信じている。はてさて
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2020年08月05日

明日は原爆忌

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今年もまた、原爆忌が近づいてきた。
そして今年もまた我が国総理は、核兵器廃絶を主張しないのだろうなぁ。
「それなら記念式典に出席しなければ良いのに!」
とこの爺は思う。
そんなことを考えていたら防衛大臣が、敵基地をも攻撃できるようにしなければ、なんぞと空恐ろしいことを言い出している。太平洋戦争を引き起こした我が国の反省のもと、国際間の紛争には武力を使わないと誓った、あの決意はもはや風前の灯火なのだろうか。
それもこれも、やたらと武器をアメリカ合衆国から購入するためか?
アメリカ合衆国に媚び、追随することが我が国の平和を担保するのか?
こんなことを書くと
「理想論を主張してもつまらない。中国やロシアがせめて来たらどうする?」
と、未だにイデオロギーに凝り固まった大人どもがいる。
この爺も本質的には共産主義を良しとはしないし、共産主義が長い目で機能しないことは歴史が証明したというのが理解である。それに自分の主張ができないような社会には、住みたくはない。とはいえ、アメリカ合衆国と縁を切ったからと言って、今すぐに中国やロシアはせめては来ないだろう。
こう書くと、「理想論者」とレッテルを貼られるんだろうなぁ。
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2020年08月04日

経済成長0でも

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1985年5月、私は一年の予定でスウェーデンを訪れた。
その頃スウェーデンは、確か世界の長寿国の一つであった。早い話すでに高齢社会に突入していた筈である。ただそんなことより、私は多くの建物が結構古いのが気になった。それにもまして、古色蒼然とでもいえそうなエレベーターが、依然として活躍していた。言い換えれば、古い建物を大切に使っていたのである。
一方そのころの日本といえば、経済の高度成長とも関連して、古い建物をどんどん新しいものに建て替えていた。それは建物に限ったことではなく、ありとあらゆる面で消費文明最高潮だった。だから私は、何でもかんでも新しくしていくことが、すなわち国の勢いと受け取っていたところがあった。
当時私は30代半ば過ぎで、いけいけどんどんといった面もあり
「日本に比べ、もはやスウェーデンもおくれているのか。」
としか受け取れなかったというのが正直なところであったろう。
ところが、2000年代にスイスを訪問する機会を何度か持ち、スウェーデンで経験したのと同じ、古い建物や古色蒼然とした関連設備を目のあたりにして、全く異なる印象を抱くようになった。
「成熟した国はかくあるべき。やたらスクラップアンドビルドをするばかりが能じゃない。日本も考えねば・・・。」、
そうすれば、経済の低成長だって国民が満足感を味わえるお金の使い方、早い話税金の使い方ができるに違いない、と考えるようになったのである。
確かに私の印象は一面的かもしれないけれど、右肩上がりを追求するために、背伸びをしているよりははるかに有意義と思えてならないのだが、実際のところは果たしてどうなんだろう?
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posted by zen at 01:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の主張