2020年02月29日

思い出話 37

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
午後7時半も過ぎた頃、私達は南海電車の難波駅に向かった。
本当は急がねばならない筈だったが、ぶらぶらとした足取りであった。
「プラネタリウム教えてくれてありがとう。今度は春の星空見に行きたいなぁ。」
とその人が言い
「僕も5,6年振りだったから良かったです。」
と答えた。
高島屋の前で信号待ちをしたとき、
「入学試験絶対受かるのよ、絶対受かるのよ。」
と繰り返し言いながら私を見つめたので、私は頷きながら見つめ返した。
彼女はもう一度
「絶対受かるのよ!」
と、刺すように私の目を見つめた。
私達は後ろの人の咳払いで、信号が青に代わったことを知り、思わず舌を出し急ぎ足で横断歩道を渡った。
南海電車は運よくロマンスシートの席が取れ、私達は並んで座った。彼女はバーゲンで買ったコートの包みを膝に置き、貝塚までのおおよそ三十分間私の手を握っていた。ただ岸和田を過ぎ貝塚駅が近づいてくると、彼女の握る強さが増してきて、私の手のひらも汗ばんでいた。
「遅くなったからタクシーで帰ろう。水間電車では、まさか手をつないで乗ることでけへんやろうし。」
とその人が言い、
「今日はお金いっぱい使ったんちゃう?」
と私が尋ねると
「高校生は余計な心配はしなくていいのよ。私は働いてるんやから。」
と一蹴されてしまった。
「まず自分の家に帰ることにする。ほんで服着替えてから、おばぁさんとこに行くから。」
ということで、私達は自宅の前でタクシーを降りた。田舎だけに、辺りはもうすっかり暗くなっていて、幸いにも人通りはなかった。
彼女は
「善一郎君もう、ビールのにおいしないよねぇ?」
と言いながら、私の目を覗き込んだ。私が息を吐きかけたら
「うんもう大丈夫!」
とうなずいてから、私のほほに唇を軽く押し付けた。私はどうしていいか分からず、体を固くしていた。
彼女は
「大学入学試験、絶対に受かるのよ。」
ともう一度言い、すっと私に背を向けて歩き出した。
彼女のハイヒールの音が、大寒の夜空に響いていた。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月28日

思い出話 36

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
「1968年1月23日の大阪の星の動きをお楽しみください。」
の定番の解説ではじまった星空の上演は一時間程で終わった。
「私初めて。結構面白いのねぇ。また来ようかな。」
というその人に、
「小学生の時の夏休みと冬休みには、母が必ず連れてきてくれてたから・・・。」
と返したら、
「うちは壽和子先生の代わりちゃうよ。善一郎君の恋人なんやから。」
と言って、つないでいる手に力を加えてきた。その時になって私はまだ手をつないでいることに気付いたが、そのまま握り返した。
「途中でおなかのなっているのに気付いたわよ。ムード壊してしまうのよねぇ。」
と笑って、
「おなかすいてるの?」
と続け、さらには
「そうか、お昼食べてなかったの?気がきかなかったわねぇ。」
と言ってから、
「晩御飯食べに行こう。御馳走するから。何が良い?何時までに帰ったらいいの?」
と矢継ぎ早の問いかけである。
私は
「鰻どんぶり。七時までに帰りたいけど、ぎりぎり八時かな。」
と答え、
「もう一辺、阪大をみにいってきたちゅうわ。」
と続けた。
「女の子の門限みたいやねぇ!」
と笑うその人に、私は
「おばぁさんが、若夫婦に遠慮して、あれこれ厳しいん。」
と答えた。その人は少し考えていたが
「もう高校卒業する年なんやから、今日ははめ外そう!そんでいずも屋のうな重ご馳走する。」
と言って歩き始めた。そして
「まぁデートやったら洋食の方がおしゃれなんやけどなぁ。」
笑いながらの恨み節である。
いずも屋ではうな重とビールを注文、
「ビールを一杯付き合って。飲んだことは有るんでしょ。」
の問いには正直に
「岸高祭の打ち上げに、高校の近くにある道草ちゅうお好み焼きやで、みんなで飲むんや。」
と答え、ビールで乾杯をした。その時はまだまだ幼稚だったのだろう気付かなかったけれど、うな重は特上で肝吸い付きであったとは、後になっての実感である。それはともかくビール一杯で真っ赤になった私の顔を見て
「顔が真っ赤よ。本当にねんねやねぇ!帰るまでには善一郎君の酔い冷めるよねぇ。」
と、その人は少し深刻な顔つきをして、私を覗き込んでいた。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月27日

思い出話 35

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
二週間は、長ったのか、短かったのか、ともかく1月23日を迎えた。
その日私は高校には行かずに、午前中に大阪府立大学、大阪市立大学と訪ね入学願書を手に入れていた。杉本町の大阪市立大学の印象は、私にとってあまり芳しくはなく、最初考えていた通り大阪大学を受験しようとの意を強くした。
そんな私は、予定の時刻より少し早めに中之島公園に着いた。
それにしても寒い日であったが、私にはその人との出会いへの期待が、心を温かくしていた。
「あら早かったのねぇ、待たせたかなぁ?」
との声で振り返ったら、その人が顔を寒さで赤くしてやって来た。そして
「天満の天神さんに行くのよ。天神さんは学問の神様だから、合格祈願のお守り買ってあげる。」
と私をうながした。私達二人は、風に吹かれながら天神さんまで歩いた。
天神さんでは、彼女は社務所で合格祈願のお守りを賜り、
「受験の日には持って行って!」
と言って、私に手渡した。
「次は心斎橋のバーゲンセールに行くから付き合って。コートを買いたいの。」
ということで、淀屋橋まで歩いて、地下鉄で心斎橋に出た。
バーゲンセールといわれても私に意味が分からなかったけれど、ともかく言われるままについて行った。お目当ての店の入り口は狭くなっていたけれど、私達は店の中に入った。その人にはお目当てのコートがあったのだろう、二三羽織って見せて
「どれが一番似合うと思う。」
と尋ねたけれど、どれが似合うかなんて私にはまるで見当違いの質問であった。
「僕赤い色が好きなので、二つ目が良いです。」
と答えると、
「こんな赤じゃぁ、目立ちすぎるわよ。この紺のコートにするわ。」
と言ってから
「善一郎君は赤い色が好きなの。じゃぁ今度真っ赤なセーター買ってあげるわ。」
と、すごくご機嫌が良いように映った。
「コートは買ったし、まだ時間が早いから、どこか行きたいところある?」
と尋ねられ
「ここからなら、多分四橋の電気科学館が近いです。プラネタリウム行きたいなぁ。」
と答えると、
「天才らしいわねぇ。せっかくのデーとなのに。」
と茶化してから、
「分かったわ。」
と、すんなり納得してくれた。プラネタリウムでは二人並んで座った。ほどなくして会場が暗くなり、天井に星空が映し出されると彼女は
「思ったよりムードがあっていいわねぇ。」
と小声でささやいて、私の手を握った。思わず手を引っ込めそうになったが、彼女はきつく握ってそれを許さなかった。私は上の空で、人工の星空を眺めていた。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月26日

思い出話 34

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
私にとっては思いもよらなかった申し出で、大仰にいうなら天にも昇るといったところであったろうか。といっても高校三年生の私には、自分の時間を勝手気ままに作れるというわけでではなく、実質的な保護者であるおばぁさんに、許可してもらわなくてはならなかった。そしてふっと浮かんだのは、
「せやなぁ、大阪市大や大阪府大の願書を取りに行って大学を見てくるちゅう口実や!」
ということであった。
おばぁさんにしてみれば、姪の息子を養っているという負い目があったのだろう、放課後や休日の過ごし方には、とりわけ厳しかった。自由な時間があれば、家の仕事を手伝わせることで、私自身の負い目が少なくなるだろうとの思いやりであった。高校生ながら、いや母が他界して居候となることが正式に決まった12歳の日から、そのことは子供ながらにも理解できていた。学業のこととなると、ほとんど手放しで理解を示すおばぁさんだったと記憶している。それでも私はおばぁさんには、時折噛みついた。今風にいうならフラストレーションの開放であろうが、孤児の私が唯一甘えられた相手が、このおばぁさんであった。
話が脇道にそれてしまった。
私は例によっておばぁさんに
「来週か再来週、大阪市大や大阪府大の入学願書貰いに大阪市内に行ってくるでぇ。授業終わってから行くんで帰りは7時頃になるかなぁ。」
と告げたら
「阪大の願書、もう取り寄せてったんちゃかぁ?」
と尋ねられ
「多分阪大だけでええと思うけど、まぁ念のためや。」
と答えた。おばぁさんは何の疑いもなく
「大阪まで行ったら、一日仕事やなぁ。まぁしっかり学校も見てきたらええなぁ。大阪市大ちゅうたら、寿和子が入院してたとこやからなぁ!」
と、ちょっぴり神妙になっていた。私は少し後ろめたさを感じながら、
「たまには、うそも許してもらおう。」
と、心の中で自分を納得させていた。
次の朝私は早い電車にのり、その人に
「23日か24日やったら、午後難波に行けるでぇ!」
と告げると、
「23日午後、私は休み取るから一時半に中之島公園で!」
と、すんなり二度目のデートの日が決まった。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月25日

思い出話 33

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
この歳になってしみじみ考えることがある。
私のあの時の恋愛感情は、いったい何だったんだろう?
年上の女性の掌で、右往左往していただけだろうという人もいようが、初心な高校生の私が、弄ばれたわけではなかったと信じている。
一方あの頃、年長のその人に夢中になっていたことで、「得」(というと不謹慎ながら)をしたことがある。それは岸高で、やけにもてるようになったことである。留年して全員が私より、年少となったこととも関係があったのかもしれないが、放課後帰ろうとすると、下級生の女子が教室に入って来て、化学やら数学やらを教えろとせがんだものである。ただ私は一向に、そういう下級生達に興味を持てなかったのは事実で、結果的には「得」をしたわけではないのである。
「年長の彼女に夢中で、周りの女の子たちに無関心だった、少なくとも無関心だと皆には思えたからだったんだろう。」
とは、後になっての自己分析である。
年が明けての朝の出会いは、三学期の始業式の日であった。例によって南海貝塚駅までの短い間ながら、
「今年は大学の入学試験やね。まさか東大ちゃうやろうね。」
と尋ねられ、
「地元の国立大学を受験するつもり。」
「合格するといいね。」
「箕面に親類、亡くなった母親の従姉の家があるので、受験の日には泊めて貰う予定なんやけど。試験は二日間やから、前の日から行って三泊するのかなぁ?」
「ふうんそうなん!通うんやったら途中まで一緒かなぁなんて考えてたのに。」
と話が進んだときは、少し気分が高揚し
「通えないこともないし、そんなら毎日通ってみようかな。」
といった考えが、頭をよぎった。
「となると、水鉄電車始発やなぁ。」
と思案していたら、
「私と一緒やったら、集中でけへんやろうから、やはり泊めてもらいなさい。」
の一言で、この件は沙汰止みとなった。
南海貝塚駅のホームを急いで歩きながら、その人は本当にさらりと
「入学試験の前に、もう一度デートしよう。」
といったので、私は驚いて彼女の顔をまじまじと見つめた。
「難波に出て来れる日を作ってよ!」
と言い残して、その人は急行に乗り込んだ。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月24日

思い出話 32

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
コーヒーとホットケーキが目の前に運ばれてきた。
ホットケーキには、フォークとナイフがついていたけれど、正直私はその時まで、フォークとナイフで食事をしたことがなかった。スプーンで食べるカレーライスが、私の経験したことのある唯一の洋食であった。私は正直にそのことをその人に告げると
「そんなことは気にしなくてもいいのよ。」
と言い、慣れた手つきで二枚のうち上にあるホットケーキにバターを塗り、はちみつをかけ、器用に八等分して見せた。そしてその皿を私に差し出し、
「二枚目は自分でやってみるのよ。」
と言って、私の前の皿と取り換えた。その人の言葉に勇気づけられというと大仰ながら、ともかくやってみると二枚目は思いのほかうまくいったので、一安堵であった。小一時間ほどその喫茶店にいたろうか、その人は
「私は午後から仕事に出るから、善一郎君は帰りなさい。」
と、ほとんど命令口調、有無を言わさぬ雰囲気があり、私達は地下鉄に乗った。そしてその人は本町で地下鉄を降り、私は難波、貝塚と乗り継いで自宅に帰った。
とまぁこれが私の初デート、失恋が約束済みの初デートながら、それでもその人への思いは断ち難いと信じていた。私は相変わらず、夜は自宅で独り寝で、その人の来訪を密かに期待していたけれど、再び現れることはなかった。ただ9月4日は、約束通り早い時刻の電車での「デート」があり、その後も月初めの出会いは年末になっても続いていた。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月23日

思い出話 31

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
「暑いなぁ思ったら、いつの間にか日陰じゃなくなってるのねぇ。座っていても暑いだけだから、デートらしく少し歩こうよ。」
とのその人の言葉で、私達は立ち上がった。
歩きながらその人は、話を続けた。
「私の結婚の話は、最初は黙っておこうかと考えてたの。でも黙って消えちゃぁ、こんなに思ってくれているのに善一郎君に悪いかなぁと考えたの。」
といわれて、もはや私には言うべき言葉がなかった。
私達は川べりまで歩いたり、図書館の日陰に行ったりしながら、その後の話題は私の家のことや私自身のことが多くなった。
「家のお手伝いもして、いつ勉強するの?」
の問いに、
「朝4時に起きて、2時間半が僕の時間です。中学生時代から続けてます。」
と答えたときには、えらく感心していた。その人は腕時計に目を落とし、
「どこかで簡単な昼ご馳走しようかな。ホットケーキでも良い?おいしい喫茶店知っているの。」
といって、私をビルの一階にある喫茶店へ連れて行った。
恥ずかし話ながら、喫茶店に入るのはそれで三度目で、一度目は先輩と岸高祭の衣装を仮に下寺町まで来たとき、二度目は岸高祭にやってきた堺の女子高生に誘われてといった具合、まぁ私は奥手だったということになる。実際、ホットケーキをご馳走するといわれてもイメージがわかず、本当のところはおどおどしていたのかも知れない。ただ好きな人と喫茶店に入ったというだけで、自分が随分成長したようで、少し誇らしかった。
「コーヒーとホットケーキ二つずつ。」
とその人は注文、私達は向かい合わせに座った。
「私達まるで姉と弟ね。誰も恋人どうしなんて考えないんじゃない。」
と、その人は屈託がなかった。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月22日

思い出話 30

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
九時台の急行はあまり混雑もなく、それでも私達は互いに黙りこくっていた。
急行が難波駅に着くと彼女は、
「ついてきなさい!」
とだけ私に告げて改札口に向かって歩いた。
改札口を出てすぐの売店の赤電話でどこかに電話をし、
「午前中だけつきあってあげるから・・・。」
と私に言って地下鉄の乗り場に進んだ。階段の下で彼女はもぎりのおばちゃんから切符を買い、一枚を私にくれた。
「中之島の公園に行くのよ。夕方ならデートしてるカップルが多いけど、この時間はねぇ。」
とつぶやき、
「でも善一郎君と初デートだ。」
と続けた。私達は地下鉄を淀屋橋駅で降り、中之島公園を目指した。
彼女が言っていたように、公園にはあまり人はいなかった。
下旬とはいえ8月の太陽は、まだまだ容赦なかった。
私達は木の陰になっているベンチに二人並んで座った。
「『お嫁に行かんといてや!』って善一郎君は言うけど、だからどうしたいん。17夜にも言ったけど、私をお嫁にしたいなんて考えてないよね。本当のこと言うとね、河崎先生が亡くなった頃から、私は君のことが気になってたの。河崎先生に可愛がってもらったからかな。それがあの日偶然会って、話したでしょ。善一郎君はすっかり大きくなってたし、私も自分の歳を忘れて君が好きになったのかな。君の私を見る目から、私を好いてくれていることは良くわかるは。でもそれって、高校生がボーイフレンドやガールフレンド欲しいっていう感じの気持ちじゃない。まさか私と結婚しようなんて思ってないよね。年齢差は良いの。でもねそれなら、善一郎君は大学に行けなくなるわよ。私には妹も弟もいるし、それにほかにも色々あって、善一郎君が大学を終わるまでなんて待てないわよ。だから、私のお嫁入りの日までは私は善一郎君の恋人・ガールフレンド、それではいけないの?」
と諭すように言ってから、
「ところで君は岸高では、ガールフレンドいないの?」
と尋ねて、私を覗き込んだ。
「高校のガールフレンドの話は、良いです。でも僕は、Mさんをどうしたいんかなぁ?好きなんは間違いないし、でも結婚なんて考えることはできないし。」
「あら、私の名前初めて読んでくれたわね。うれしいな。そうね高校生では、結婚なんて考えることできないのは当たりまえよ。だから私の友達、お盆の夜に連れて行った子達は、また駆け落ちしたらなんて、そそのかしてるけど・・・。でも大学に進学するんでしょ。私達の中学校では、私の同級生で東大に行ったB君以来の、秀才だって聞いているわよ。そうそう君は秀才じゃなかった、君は天才だったわね。」
「同級生で、大学行くのやめて働いてるのいます。せやから僕も働くから言うたら、結婚してくれるん?」
という私の問いかけには
「無理やと思うよ。本当に子供なんやねぇ、君は・・・。まぁ、あの子が言うみたいに駆け落ちしかないわね。」
と言ってから、自分の言葉を打ち消すように
「進学しなさい。博士になって鉄腕アトム作るって夢捨てたら、河崎先生が悲しむから。お嫁に行くまでは、ガールフレンドと考えて付き合ってよ。」
と、さらりといった。

lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月21日

思い出話 29

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
「お嫁に行かんといてや!」
と叫ぶ私に、私の答えることのできない質問を返して
「昼間にまた話しましょう。暗い時にする話違うから。9月4日の月曜日朝の電車でね!」
と言い残して、その人は帰って行った。
彼女の下駄の音はすぐに聞こえなくなって、私は横になった。ふと気が付くとコオロギの鳴き声が耳に入って、夜の遅い時刻には、季節はもう秋を迎える準備を始めているのだなぁと脈絡のないことを考えた。そして虫の鳴き声を聞きながら、この恋愛というよりも憧れに近い、現実の問題をどう決着させるのか考えあぐねていた。
「Y君は進学やめて働いてるけど、わいはそういうわけにはいかんなぁ。」
と思案を巡らせていたら、Y 君がやって来て
「そこでH君の姉ちゃんに会うたでぇ。なんか沈んではったけど、まさか喧嘩はせぇへんはなぁ?」
と、間の抜けた問いかけをした。
「見合いして、来年お嫁に行くんやて。」
と答えると、少し驚いた風ながら
「姉ちゃんいい歳やしな。善さんまた良い人見つからよ。」
と、ドライな慰め方をしてくれた。でも私は、とても9月4日までは待てないなぁと考えていた。
翌週はまだ夏休みで、私はその火曜日か水曜日に難波に行こうと考えた。
「その人の出勤は、確か九時ごろの電車ちゅうてたなぁ!」
と思い出し、私は早めに水間駅に行って難波までの切符を買っておいた。おばぁさんには
「今日は登校日やよって、昼過ぎに帰るから。」
と言い残しておいた。今ならさしずめストーカー行為と言われそうな、待ち伏せである。その人は予期していた時刻に現れ、私に気付いて少し怒ったような顔をしてにらんだ。そして水間電車に乗り込むと
「今日は登校日なん?」
と尋ねたけれど、私はあ!いまいに返事をしておいた。私達は並んで座ったけれど、その人はそれ以上は何も言わなかった。貝塚駅では例によってホームの中頃まで歩き、急行の来るのを待った。そして私は一緒に電車に乗り込み、車輛の中頃で並んで立った。
「なんでぇ?学校ちゃうの?」
というその人に、私は
「難波まで一緒に行くねん!明るいとき話しましょうっていうてたやん。」
といって切符をみせたら、あきれたような顔をして私をまじまじと見つめた。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2020年02月20日

10年前の今日

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
今日も小休止が続く。

「氷が融けると何になる?」
そんな話題を,朝日新聞天声人語氏が提供している。
答えは状況に依存するのは当然で,は科学的な問いかけの答,は抒情的な問いかけの答,そして意地悪なぞなぞなら,解答者の出さなかった答が,正解となる。天声人語氏の内容は些かまじめで,小学校の理科の試験で「春になる」と書いたら減点されたという話に類する古い答案が,北海道の読者から送られてきたというもの。ただし氷ではなく,雪が溶けたらという設問で,春になると答えて, 85点を頂いたという内容であったそうである。雪が解けたら何になる?にまつわる笑い話は,現実にも起こっているということらしい。
この天声人語氏を読んで20年以上昔の事を思い出した。ロケット誘雷実験にインドネシアに滞在したとき聞いた話である。あのプロジェクトを始めた当時は,日本企業の現地滞在の方々に本当にお世話になった。その中に最初家族全員で赴任されていて,滞在が2年を越したので先ずは家族だけ帰国させた方がいらっしゃった。
そのお子さんが帰国してからの社会のテストで
「環太平洋造山帯に位置する●◎は,火山,温泉,地震が多く・・」
●◎をインドネシアとしたら,不正解になったというのである。文脈を聞かなかったし確かなことは言えないけれど,出題者は我が国もしくは日本と答えさせたかったに違いなかろうが,インドネシア・ジャカルタに2年も滞在されたお子さんなら,当然のことながらインドネシアと答えるに違いない。ここ数年来インドネシアではかなり大きな地震が立て続けに起こっているので,今日ならすんなりとは罰点では無いかも知れない。
いずれにしても教育は難しいと,問題提起して稿を終えたい。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の話題