2018年04月19日

10年前の今日

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百済・熊津,スウェーデン,そしてブラジル・バルー
数年前,ふとしたきっかけでブラジルで雷観測をすることになった。
豪州・ダーウィンの雷観測を,ドイツの研究者グループが見学に来た。ドイツのグループは,雷放電で生成されるNOxの航空機観測を,雷放電の多発地帯のひとつであるダーウィンで実施していたのだが,彼らとは全く独立して,野外観測を行っている我々の事を聞きつけたらしい。その頃の我々の観測では,広帯域干渉計が実用化に近い状態まで仕上がっており,それを見たドイツ人のハートムート氏が,
「NOxの航空機観測を,ブラジルで実施する。
干渉計を持って行って観測してくれないか?」
我々に持ちかけて来たのである。我々にしてみれば,渡りに船の話で,一も二もなくといった感じで申し出を受諾,ブラジルでの雷観測プロジェクトがあっという間に立ち上がった。ただ厄介なのは,観測の実施時期が年明けという点で,卒業研究やその発表会という大学の行事を考えれば,現実的には非常に厳しいプロジェクトに違いはなかった。おまけに輸出手続きが殊の外手間取り,ブラジル行きは二月になってからという有様で,結局今は研究室のスタッフとなっているM君,当時四年生のS君そして私の3人でのブラジル行きとなった。ブラジルでの観測は,サンパウロの300〜400km程度西にあるバルーという小都市で行った。サンパウロ空港にはブラジルの研究者仲間ゲルハルト氏が出迎えに来てくれており,陸路自動車での移動であった。随分と長い前振りになってしまった。実は今日話したいのは,この自動車での移動の時に強く受けた印象についてである。
今年(2008年の事)は,日本からブラジルへの移民が始まって丁度100年となる。あの頃樂園と信じてブラジルに移民した我が同朋は, 黄禍論が起こり人種差別も受けたと聞く。NHKでは昨年(2007年)夏,ブラジル移民の難行苦行をテーマとしたドラマも制作・放送された。
私のブラジル行きは,このドラマが放映される三四年以前だが,飛行機の長旅で疲れていた事もあって,
「ブラジルに移民してきた,私達の仲間はどんな気持ちであったのだろう?」
とやけに感傷的な気分になっていた。
「苦労したろうな?どんな気持ちで故国を去ったのだろう?」
何ぞと考えを巡らせていた。ところが,自動車がサンパウロの街の郊外を走り始めて暫く経ったとき,ふと眼前に連なる山並みを眺めて,私自身の持っている日本の国の原風景ともいうべき何かを彷彿とさせて,ホット安堵したのである。移民の方々には住む場所,働く場所を自由に選べるという自由はなかったのだろうけれど,それでもこの郊外の山並で勇気づけられたのなら,いや勇気づけられたに違いないと信じたのである。
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posted by zen at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白