2019年09月22日

二人の貴乃花 3

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「心頭滅却すれば火もまた涼し」
といって、信長の焼き討ちに立ち向かった僧がいたという話。
これなんぞも、我が国の精神主義の一面だろう。
そこまで言わずとももっと卑近な例では、頭痛などもその一つと、この爺は常々思っている。というのも、35年前のスウェーデンでの経験辺りがその最初だろうか。ある日職場に行くと、同僚が珍しく欠勤していて、別の同僚が
「偏頭痛がひどいらしく・・・。」
と、彼の欠勤理由を教えてくれた。あの頃の我が国、少なくともこの爺は頭痛ごときで欠勤したことがない。決して蛮勇でもって、
「頭痛ごときで!」
と考えたのではなく、本音で
「大したことはなかろう。そのうちにすっきりするだろう!」
「風邪気味かな?熱もないようだし、ひと汗かけば治るだろう。」
なんて風に考えたものである。日本人皆が皆とは言わないけれど、大なり小なり似たような傾向にあるように理解している。まぁ頭痛の中には、大病の信号が含まれていることもあるようで、配慮せねばならないけれど。
ところがこれが西洋人になると、原因のわからない偏頭痛には、大いに恐怖心を抱き寝込んでしまう方も多いと聞く。つまり論理的に理解できない限り、重病となるようなのである。
この種の西洋と我が国の相違を挙げれば、結構数多く「過労死」、「忖度」に相当する英単語は存在しないこともその例だろう。
「あの日、貴乃花は二人いた。」
の話題から、すっかり飛躍してしまったかもしれないと考えつつも、我が国の精神主義に思案を巡らせている。そしてこの精神主義が、第二次大戦に当たってはすっかり悪用されてしまった、今では「悪の根源」とまで考えられているようだが、天邪鬼の爺はいささか異なった理解を抱いているのである。
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posted by zen at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白