2019年10月31日

英語修得 3

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幼児期からの英語教育の重要性は、なにも最近になって指摘されたのではなく、随分と昔から議論されていた。実際私が高校生当時近所の幼稚園で、園児に英語を聞かせるようなプログラムが既にあった。50年以上も昔のことで、
「英語の発音を学ばせるには、幼稚園児でも早すぎることはありません!」
といったうたい文句で、近郷の小学校就学前の子供達を集めていた。
その当時から皮肉屋だった私は
「親の自己満足にすぎないのに・・・。」
何ぞと冷ややかに捉えていたのを覚えている。そしてあの頃の幼稚園児達、私より一世代若い年代が、英語が達者だと聞いたことはなく、毎度の様に「幼児期英語教育」の重要性が繰り返されている。確かに幼児の頃から取り組めば、英語を聞く耳ができるだろうが、生物学的には、その手の聞く耳は、その時限りで、すぐになくなってしまう。ものの本によれば、それにも個体差があり、語学の修得は7,8歳から11、12歳の間に身に着けたもの以外は、練習を怠るとたちどころに雲散霧消するという。
だからというつもりはないが、教育ママ、パパという意味ではなく、家庭での父母による環境作り、つまり常に英語を意識させるといった協力無しでは、とても実現しないのである。あるいは本人が意識して取り組む姿勢を持つようなと、言い換えてもよいかも知れない。早い話、それなりの努力なしでは、バイリンガルには十中八九は成り得ないのではなかろうか。(この稿続く)
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2019年10月30日

英語修得 2

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英語を母国語にとする国に住み、子供達に英語教育をしてバイリンガルとして育てることをよしとする風潮がある。そのためにわざわざ、シンガポールに居を移すという、まさに孟母三遷を地で行く家庭に何度かお目にかかっている。転居とまではいかずとも、夏休みを利用してのホームステイ、流行しているのは言うまでもなかろう。日本の英語教育が、まるで信用されていないことの裏返しであろうか。ただ論点は、果たしてこれでうまく事が運ぶのかということである。
現地の学校に入学する、あるいはインターナショナルに入学することで、日常的にシンガポール英語を身に着けることができる、それは当然であろう。が、それなら本来の母語である日本語の修得はどうだろう。ここシンガポールには、日本語補習校というのがあって、地元の小学校や、インターナショナル校で学ぶ子供達に、母語である日本語を教えている。週一日3時間ほどの授業で、それだけで足りる筈がないので、家庭での協力がっ要求されていると聞く。両親が日本人なら、家に帰れば日本語環境、学校では英語と中国語の環境だろうから、バイリンガル、トリリンガルたる素地はできやすかろうが、片親がそうでない場合、親も子もかなりの覚悟と努力がいる。いやそれなしでは、母語たる日本語の修得は本音で困難に近い。そう、主張したいのは、お気楽な態度では、良い環境に身を置いたとしても、バイリンガルには、おいそれとはなれないという点で、小さいうちから始めるということは、それだけ親の手がかかるということなのでは無かろうか?(この稿続く)
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2019年10月29日

英語修得

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ディパバリ、インド系シンガポール人の祭日。ヒンドゥー教のお正月。昨日は、シンガポールではナショナルホリディーであった。

さて昨日の話題をもう少し続けたい。
気取って言うなら、言葉の修得に関わる教育についてである。
この地シンガポールにきてしみじみ知らされるのは、この地に駐在している家庭の語学教育に対する有り様である。皆が皆というわけではないのだろうが、
「日本の英語教育はだめだし、これからの子供が国際的に活躍できるよう、シンガポールにいる間に、バイリンガルとなるよう教育しておきたい。」
といった風なのである。実際日本では、中学校で三年、高校で三年、大学で二年の都合八年間も英語の勉強をして、ほとんどものにならないと指摘されてきた。昨今の若者達は若干改善が認められるようだが、それでもアジアの隣国と比べれば一目瞭然、若者達といえども我が国の英語会話力は劣っていることは明らかである。ただこれをして、我が国の語学教育がだめと判断するのは大いに早計であろうと思う。実際国営放送局のラジオ番組には、卓越した英語教育番組があるし、学校での教育も最近では会話重視に舵を切っているように思われるからである。つまるところ、かつての英語教育は長い間、文書を読んで情報を得るための英語教育であった筈で、これは会話力を身に付けるのに比べれば、ハードルが高く身に付き難い。そもそも聴く・話すに、重点を置いていなかったのだから、英会話が上手くないのは当然の結果なのである。
論点がすっかりずれてしまったけれど、英語を身に付けさせたいと、シンガポールに住みインターナショナル校に通わせる、その結果
「それなら母語である日本語は修得できていますか?」
と切り返すと、はなはだ心もとないというのが実情ではなかろうか。となると、本末転倒なのではなかろうか?(この稿続く)

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2019年10月28日

圭語か敬語か?

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週末土曜日午後、講演会に行った。
主題は「帰国子女の外国語保持と大学入試制度改革」である。後者の話題はさておき、外国語能力の保持に関しては、素人ながらあれこれ腐心している。よくよく考えてみればそれは、外国語能力保持に限ったことではなく、外国に住んでいる日本人の日本語能力保持にも繋がる問題だろうと確信している。
さて私、自身の経験から、外国語の習得には、母国語のきちんとした能力が必要だろうと固く信じており、かかる意味でいま日本で進行中の早期英語教育の実施には、あまり賛成ではない。いやむしろ反対している。確かに幼児の内から英語圏で生活し教育を受けると英語は達者になるのは事実だけれど、それなら母国語である日本語の能力はと考えてみれば、これはいやはや心もとない。とはいっても、二か国語を身に付けること、バイリンガルになることは無理と主張したいのではなく、あくまでも英語を母国語としない者が、きちんと英語を習得するには、まず日本語をきちんと使いこなして、かつ母国語で論理的に考えることができなければと、くどい様ながら確信しているのである。ちなみに日本人であっても、英語圏で育って、英語で論理構成ができるなら、その後日本語を習得すれば良いのは当然のことである。
こんなことをついつい書きとめる気になったのは、笑い話として講演会の帰りに、保護者の方から聞かされた次の話からである。
ご子息の名前は、K君。漢字では圭と書くらしい。そのK君、 
「敬語は何か知っているか?」
と尋ねられ、
「それは、僕の言葉(圭語)だ!」
と答えたというのである。冗談だったのか、本気だったのかはさておき・・・。
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2019年10月27日

週末の豪雨

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先日も書いた内容で恐縮しながら、10月も余すところ一週間足らず。
本来なら晩秋ともうべき時期になっての豪雨。短時間の間に一か月分の雨量が千葉県や福島県に。そして月半ばに襲来した台風19号の被災地に、またまた河川の氾濫をひきおこしている。テレビの報道で、
「ひと月に二回も泥の掻き出しをする羽目になるなんて・・。」
と愚痴りながら、作業を続ける住民の方が出ていた。
今年この時期、例年なら南下している筈の太平洋高気圧が本州南方に居座っているため、今月になって発生した台風が、高気圧のヘリを回って次々と中部地方から関東地方へと進路をとり、台風慣れていないあの地域に大被害をもたらしているということなんだろう。いうならこれも地球温暖化ということになるのだろう。
話は変わるが私の弟子一人に、高知県出身のA君がいる。A 君は現在東京の大学で教鞭をとっているのだが、たまたま昨夕電話で話す機会があり
「台風立て続けに行ったけど大丈夫?」
と尋ねはじめたが、
「そうそう君は高知県人やカラ台風してるよねぇ!」
と言ったら、
「昔の台風銀座ですが、私の子供の頃からあまり台風は来ていないので、経験はないんです。」
とのこと。
「ってぇことは、20〜30年も昔から温暖化の兆しがあったってことか?!」
と一人で納得した次第である。
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posted by zen at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の話題

2019年10月26日

野球狂の独り言

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日本シリーズは、ソフトバンクホークスの完勝で終わった。
三年連続で日本一だそうである。
ただペナントレース二位のチームがといった非難めいた意見もあるが、ルールにのっとっての結果だから、この爺は個人的には異論はない。いやむしろ代表決定のポストシーズンマッチに、ペナント一位チームに一勝のインセンティブは必要ないとさえ考えている。実際昨年、今年と二年続きで、一勝のインセンティブの恩恵を受けることなく西武ライオンズが敗退しているのだから…。
そして語らないはずの敗軍の将の西武の辻監督が、
「選手層の厚さが違う!」
と、負けを認めているのだから。
話は変わるが、そしてこれはある名監督の受け売りながら、
「短期決戦は、強いチームが勝つ。ペナントレースは、戦い方の妙で弱いと優勝は無理でも、そこそこ強ければ、優勝はできる。」
と信じている。今年のパシフィックリーグはまさにそれで、だからといって西武ライオンズの、ペナントレース優勝の価値が下がるわけではないのは当然である。だから、ソフトバンクホークスが黄金期ともてはやすマスコミ報道に対しては、
「それじゃぁ二年続きでペナントレースを勝ち取ったライオンズはどうなの?」
と、水を差したいものだと、天邪鬼が頭をもたげている。
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posted by zen at 00:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 私の主張

2019年10月25日

神無月の頃

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神無月も余すところ一週間。
日本の友人達からは、
「いつまでも暑い。やはり地球は温暖化している。」
と、ステレオタイプのメッセージが届いていたのに、今朝は珍しく
「涼しさを感じる。」
とある。ようやく秋の訪れといったところなのだろう。
先日見た何かの記事に、温暖化が進むと秋が短くなりそうだとあった。
夏の暑くなることは当然ながら、一方では冬はさらに寒くなる。何度かこの場で申し上げている様に、地球温暖化は、総量としての地球の熱エネルギーが増加するのだが、その結果
「暑い地域はより暑く、寒い地域はっより寒冷に、さらには夏は酷暑に冬は極寒に!」
となる。俗っぽい例え話ながら、富裕層はより富裕の、貧困層はより貧困にということになろうか。その結果、台風、竜巻といった大型の天変地異がより大型化する。それが先月、今月と日本に来襲した台風の被害の規模からも理解できる。
ホンマにエライコッチャナァ!

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posted by zen at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2019年10月24日

伝統と格式

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「天皇の即位の儀式、あれって唐?、明?はたまた清?の皇帝の即位の儀式を真似たものじゃないのか?」
とシンガポールの友人から、真顔で尋ねられた。
ちなみにその友人は、中華系のシンガポール人で華僑に属する、まぁ裕福な階層である。
その友人は常々
「中国の文化は、シンガポール人が中国人以上に継承しているんだ!」
と常々、誇らしげに「吹聴」している。
さらにはその友人は
「私は中国人は嫌いである。」
と公言して憚らない。私は
「同じ血が流れているのに。」
とからかったりするけれど、本人はいたく真面目に、
「彼らは、共産主義となって、宗教を捨てた、文化を捨てた。」
とにべもなく、早い話中国の方達の生き様が好きではないらしい。
さすがに自分たちが、中国の文化を継承していると主張しているだけに、日本の今回の儀式についても、日本独自のものと理解するのは間違いなのかもしれない。
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2019年10月23日

報道記者の質

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今朝のテレビ報道を見て、天邪鬼な爺は
「それはないやろう。報道記者さん質悪いでぇ!」
といいたくなった。それはいきなり
「世界が注目する中・・・。」
の修飾語ではじまった即位礼正殿の儀の報道である。
まず修辞語としては「世界中が注目する中!」は安易すぎやしないか。
それに、残念ながら世界中が注目しているわけではない。日本人としては注目して欲しいという気持ち、わからないわけではないけれど、実際シンガポールの友人に
「天皇の即位は、5月に終わってんじゃぁないのか?」
と尋ねられ、
「即位したということと、それを諸外国に正式に通知するというのは、日本のしきたり上別物なんだ!」
と説明したけれど、意味が分からないと不思議がられた。
日本の経済力、影響力を誇示するという意味合いもあろうが、考えようによっては自己満足に過ぎないと、明らかに冷ややかな反応だったのである。
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2019年10月22日

本当の専門家

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「あらゆることを勉強して一つのものを完成したというのが、本当の専門家だ。」
ご常連様方を試すようで恐縮ですが、これ誰の言葉だと思いますか?
長く大学で教鞭をとり、博士号を弟子の何名にも出した身としては、当然のことですし、加えて同業の大学人は
「これそのまま、博士課程学生に教えるべきことやで!」
と仰るかもしれません。
あらゆることを勉強してというのは、いささか言い過ぎかもしれませんので、広い見識を持ちと言い換えるべきでしょうか。そしてともすれば大学、大学院の教育、研究はたこつぼ化してと非難されますが、気障なようですが私は本音でそれでは困ると信じています。ですから博士課程学生には、そういった立場から教育するよう努めました。皆が皆教えを守ってくれたと主張する気もありませんし、さらには私自身そういう博士課程学生だったかと問われると、
「さて?」
との反省しきりであることは事実です。とはいえ
「少なくとも私の関わってきた研究室は、たこつぼ化なんぞしていなかった。」
と胸を張ることができます。実際雷物理の研究という、工学部には稀な研究主題でしたが、卒業生、修了生の働き先は本当に多様です。
さて最初の言葉に戻ります。これは今は鬼籍に入られている、三波春夫さんという歌手の言葉なのですが、皆さんどう思われますか?さすが名人と私は感服しております。
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posted by zen at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の主張