2020年01月26日

思い出話 11

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二学期が始まり、あっという間に秋の三大行事、岸和田祭、岸高祭、体育祭が終わると、二学期の中間試験である。そのころ私は担任から、
「留年して、来年四月には三年生として再スタートする。留年理由は、網膜剥離疾病による療養のため出席日数不足。」
としようと提案された。担任の配慮を理解しつつも、
「単に出席日数不足で結構です。病気のことを記載していない方が、むしろ格好いいですから!」
と返事をした。
そしてそれ以降も、それまでのようなペースで登校していたが、私独り同級生たちの必死な受験勉強とは、かかわりのない毎日であった。実際授業を抜けて、岸和田城の図書館に行き、適当に小説を読んだり、私自身のペースで、数学や物理の復讐をすることが少なくなかった。余談ながら、高校に入学した当座から秀才の誉れの高かったM君が、京都大学の理学部を受験するらしいという噂を聞いたりしたけれど、私の負けず嫌いの性格を刺激することはなかった。
岸高は、岸和田城の城内に建てられていて、学校の規則では城内の図書館は、校内と認めるのが不文律で、授業を抜けて図書館で時間を過す仲間も結構いた。なぜか私は、一学年下の二人連れと一緒になる機会が多かった。二人ずれのうち一人は、少し派手な造りのOさんで、もう一人はやけにおとなし気なOさんで、冬休みを迎えるころにはすっかり親しくなっていた。そして私は、
「いろいろあって留年する。だから来年4月からは同級生だ!」
と知らせておいた。彼女達からは
「何組に入るのかわからへんけど、4月の修学旅行は一緒に行けるのね。」
といった、思いもよらない話を聞かされたりしていた。
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posted by zen at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白