2020年01月27日

思い出話 12

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高校三年生の秋から、春にかけては駆け足で過ぎた。高校から帰っての夕方は、プロパンガス販売いに精を出していたから、余計に短かったのかもしれない。
もはやY君やR君と会う機会が、めっきり減っていたことは言うまでもない。
ただ残念なことに、Y君もR君も大学受験はうまくいかなかった。
そしてY君は、大学への進学を断念し就職すると言い出したのには、いささか驚いた。家庭環境の影響していることは想像できたけれど、その潔さには敬服した。R君は
「善さん、僕浪人すらぁ。善さんとまた一緒に受験や!」
とあっけらかんとしていた。
4月に入って、Ý君は知り合いの金属会社に就職、大阪市内まで通勤するようになった。就職話は、受験直後から進んでいたようで、Y君はすんなりと社会人になった。ところがこの後とんでもない事件が起こるのだが、この時点では我々はそれを知る由もない。
R君は、これまた大阪市内の予備校に通い始めた。時には二人と水間電車で出会うこともあったけれど、三人はそれぞれ三人の毎日を過ごしていた。
私は岸高で二度目の高校三年生を迎えていた。新しいクラスは、偶然前年と同じ3年4組だったが、当然全員が新しい顔であった。サングラスをして通学してくる私に、同級生となった後輩達は、ともかくも一目置いてくれて、それでもすぐに善さん、善さんと親しくしてくれるようになった。
このあたりがなんとも不思議なところなのだが、年度によって学年全体の囲気が全く違うようで、一度目の三年生の時は、河崎と名字でしか呼ばれたことがなかった。だから何となくよそ行きで同級生と接する毎日であった。ところが二度目の三年生は、私を私の通称で呼んでくれたので、一か月もしないうちに、私自身が彼らと同化できていた。それでも新学期一週間での九州への修学旅行には、三か月に一度になっていた目の検診を理由に、私は参加しなかった。
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posted by zen at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白