2020年02月07日

思い出話 18

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私は、7月を待ちかねた。
そして
「授業に遅刻してでも、難波までは送って行こう!」
と、自身に強く言い聞かせていた。
毎日を慌ただしく過ごしていたからだろうか、その日7月3日は思いの外早くやって来た。
梅雨明けはまだまだ先で、空はどんよりしていた。
おばぁさんは例によって、
「善一郎、今日はえらく早いなぁ!」
と声をかけ、
「学校で調べたいことあるねん。」
と答えて、私は通りに出た。
通りには彼女は見えなくて、それでも私は水間駅に急いだ。
しかし、駅にも車輛にも彼女の姿は見当たらなかった。
私は
「きっと来る筈や。」
と、わけのわからない自信を抱き続け、車輛の最後尾に立って改札口を見つめていた。
やがて駅舎からは運転手が、のしのしといった感じで出てきても、改札口には依然として彼女が現れなかった。ところが車掌が、発車のベルを鳴らそうとホームの柱に近づいたころ、小走りしてくる数人の人ごみの中に、私はその人を見つけることができた。
その人は肩で息をしながら、最後尾から乗車してきて、すぐに私に気付いて
「あら、善一郎君今日は早いのねぇ。」
とおばあさんと同じ様に尋ね,
「また病院で診察かな?」
と続けた。私はかぶりを振って答えたら
「フーン。高校生も早く学校に行くことがあるんだ。」
と、一人納得していた。
貝塚駅に着くまで、私達はどんな話をしていたのか、今となってはまるで記憶の外だけれど、貝塚の駅に着くころ
「急行は中頃に乗るんやったねぇ。早よう降りてホームの中頃に行っとかな。」
と彼女を促し、南海貝塚駅のホームを急い出歩いた。
ほどなく窓の空いた急行がホームに入って来た時
「それじゃぁここで!」
という彼女の言葉をさえぎって、私は一緒に急行に乗り込んだ。
そして車輛の中ほどまで進んで、この前と同じように二人並んで吊革を持った。
「高校にはいかないの?」
という問いに答える代わりに、
「難波までお姉さんを守ります。」
と答えると、
「それはうれしいけど、無茶をするのはきょうだけよ。それからサングラスを外して、普通の高校生になりなさい!」
と、えらく命令口調で私を諭した。私はその言葉にはおとなしく従ったけれど、その後の乗客との格闘は、先日と同じであった。
難波駅では、
「有難う助かったわ。でも学校に行くのよ。さぼったらだめよ。」
と背中を押され、和歌山行きの急行に乗り込んだ。私はポケットからサングラスを取り出して、それを見つめながら席に着いた。

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posted by zen at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白