2020年02月14日

野村克也さん逝く

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野球解説者の野村克也さんが亡くなられた。
正確には亡くなられて数日経つとはいえ、野球狂としては取り上げないわけにはいくまい。
私は生まれも育ちも大阪府南部で、親類縁者の大半は南海ホークスファンであった。
だから大阪球場にはよく連れて行ってもらった。小学校の高学年で、ちょうど野球に興味を覚えだしたころである。当時は西鉄ライオンズの全盛期で、南海ホークスの応援に行くのに、西鉄ライオンズがよく勝つものだから、私はすっかり西鉄ライオンズのファンになってしまった。それでもライバルチームの、野村選手や杉浦投手には憧れた。あの頃我々は、杉浦投手のアンダースローを真似たり稲尾投手のピッチングフォームを真似たものである。西鉄ライオンズには中西太というスラッガーがいたけれど、確か腱鞘炎だたかな、選手生命は短かった。一方南海ホークスの野村捕手、体が頑強にできていたのだろう、1982年に引退するまで、「生涯一捕手」を貫いた。そして最後の二年は元のライバル球団である西鉄ライオンズから西武ライオンズとなった球団で、捕手を務めた。その二年間で松沼(兄)投手の才能を開花させ、一人前の投手に育てあげた。
その野村さんが、生涯で出会った投手の中で最高だったのは、西鉄ライオンズの池永投手だと仰っていたという話を聞いたことがあった。それを先日のNHKの追悼番組でも流していたという。池永投手は、下関商から西鉄入りしたのだが、実働5年で100勝しており、野球狂の私はピッチングフォームを真似たりしたものである。私事はさておき、野村さんの眼鏡にかなった池永投手ながら、解説者を含め現役時代を知っている人も随分少なかろうと思う。ただ71歳の爺、現役当時を知っているわが身としては、いまだに憧れているのである。
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posted by zen at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の話題