2020年06月02日

弟子と出くわす

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私が大阪大学に転勤したすぐの頃の弟子たちの思い出である。
先日、超ドライなKT君のことはすでに述べてある。
あの頃雷放電の研究に関わっていた学生に、AY君、NM君もいた。
AY君は中国地方の電力会社に、NM君は関東の大メーカーに就職、今日でも健在だろう。AY君はKT君やNM君よりは一学年上であったが、比較的おとなしい性格で山本さんが直接面倒を見ていた。そういう意味では、正確には弟子と呼ぶにはふさわしくないかも知れない。
あの当時はまだ大型計算機が幅を利かせていた時代で、それでも研究室にはパソコンも出回り始めていた。何台かのパソコンは、大型計算機の端末機としても利用できるように設定されていた。今から考えると、メインフレーム(大型計算機)からパーソナルコンピューターへの過渡期だったということになる。ちなみに私は大型計算機世代で、空電研究所当時の経験を思い出して、AY君に、ビデオ観測した放電路画像の三次元処理をやってみたらと助言した。当時としては画期的で、電磁界観測も併せて行っていたので、良い研究になるという確信めいたものがあった。それにジョイスティックを使って放電路の三次元画像を、希望する任意の視点から見ることができ、AY君は大いに喜んだものであった。
しかしこれが山本さんの逆鱗に触れた。
「河崎先生、私の指導している学生に、勝手にあれこれ指示しないでください!」
と、叱責されAY君にも随分気まずい思いをさせてしまったのである。それでも修論発表を無事終え、気まずさを修復しないまま、AY君は社会に飛び立って行った。
後日談がある。
10年ほどたったある朝、東京出張の帰りに羽田空港で、偶然AY君にでくわした。どちらが先に気付いたかはもう覚えいないけれど、AY君は何のわだかまりもなく、電力会社での勤務に関して話してくれたのであった。
一人前の電力マンになっている「弟子」と、久しぶりに出会って嬉しく思ったものである。
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posted by zen at 11:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 雷人独白