2020年06月14日

思い出話 78

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
講座配属は4月中頃であった。
指導してくれる教員や大学院生との顔合わせが有って、
「修士コースを受験したい!」
という学生には、先輩達は
「まぁ卒業研究の実質的開始は、大学院入試が終わってからやなぁ。」
と異口同音であった。8人の講座配属の内進学を希望したのは4名で、比較的優秀と同級生から評判の高かった、KT君とYK君の両名が
「大学院には進学はしないで、電電公社に就職する。」
と言い出したのには、大いに驚いた。確かKT君は、前年の工場実習と呼ばれていた、今日でいうインターンシップで電電公社の通信研究所で一月を過ごし、それがきっかけで就職希望としたようだった。そして実際この二人は成績が良かっただけに、すんなりと電電公社への就職内定を取り付けていた。私達の所属していた通信工学科は、その名の通り通信技術に特化した学科で、国内的にも珍しく、電電公社に就職していく卒業生が多かった。さらに修士課程や博士課程を修了したのち、電電公社に就職していく者も多かった。
「博士号をとるのは良いが、つぶしがきかないので就職先に困る。」
という、今日の風潮から見れば、信じれないぐらい簡単に電電公社の研究所に採用されていた。高度成長期の真っただ中だったとはいえ、一般には博士修了の就職はあまり容易ではなかったのは事実である。必ずしも皆が皆、今日のモバイル時代を予想していたのではなかろうが・・・。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 11:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白