2020年06月15日

思い出話 79

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卒業研究の実質的開始は、9月初旬の大学院入学試験が終わってからというのは、入学試験の倍率がおおよそ二倍弱といった具合で、団塊の世代末期の我々にとっては、いつまでたってもこの種の競争がついて回っていたからである。
それはさておき、週に一回だけ「輪講」と呼ばれる、英文の教科書を読む集まりがあった。博士課程の先輩は時折顔を出す程度で、修士一年、二年生が、その輪講を取り仕切っていた。私の所属した研究室は、7階と8階にあり8階には光ファイバーの研究グループが、7階には電磁界理論と静磁波のグループが居室としており、都合三グループがいたことになろうか。ただいずれのグループにとっても基礎となるのが、電磁界理論や電磁波で、それまで日本語の教科書で勉強していた内容を、英語の教科書でさらに詳しく理解しようというのが、輪講の目的であった。
輪講以外には取り立てて「義務」はなかったけれど、私達はほぼ毎日研究室に出向いた。今にしてみれば馬鹿みたいだけれど、大学院入学試験の受験勉強が、主たる日課となっていた。隣の講座では、先輩たちが大学院入試の模擬試験を実施していた。
以前にも話したことがある話題ながら、私達の学年は大阪大学での最後のストライキを完全実施した学年で、四年生になっても未修得の単位が多かった。だから入試勉強が、即ち定期試験の準備にもなっていたのである。
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posted by zen at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白