2020年06月16日

思い出話 80

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
以前にも書いたように、私は大阪大学工学部のキャンパスまで、歩いて15分程度という下宿に住んでいた。友人のGM君も同じ下宿で、研究室に向かうのも、研究室から下宿に戻るのも一緒ということが多かった。
あの頃の工学部電気棟は、集中冷暖房で夏期の場合、夕方は5時になると冷房は停止した。5月中は冷房がなくても取り立てて困るということはなかったけれど、梅雨末期の7月ともなると、冷房の停まってしまった夕方の研究室は、受験勉強には不向きであった。といっても下宿の部屋はさらに暑く、暑さと闘いながらの大学院入試勉強であった。
下宿は朝晩のまかない付きで、夕飯を終えて大浴場で一風呂浴びて後、夜の9時頃に研究室に向かうこともあった。研究室は7階8階という比較的高い階にあったので、その時刻ともなると窓からの風はそれなりに涼しくなっている日もあったからである。
そんな受験勉強に明け暮れていた、7月の末であったろうか、下宿の部屋に戻ると一通の手紙が届いていたのだが、差出人には見覚えがなかった。だから中を確かめることもなく、その日は午後9時頃研究室に行って、日が変わる頃に下宿の部屋に戻った。そして横になったら、枕の上に置き去りにしておいた手紙が、頭の下敷きになった。止むを得ず寝ころんだまま封を切って、手紙を読みだしたら愕然となった。4年前に私の前から消えてしまった、その人からの手紙であった。
「北千里駅近くの古江台に住んでいること。何度か北千里の駅で私を見かけたこと。御主人の転勤でお盆が明けたら北海道に引っ越すこと。」
といった内容で、電話番号も書き添えられていた。その晩私はなかなか寝付けなかった。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白