2020年06月22日

思い出話 86

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すっかり忘れていたが、昨日は夏至だったんだ!
まぁそんな経緯もあって、私は大学院に入学することになった。
少なくともあと二年は、修士課程に通うのである。
その週末、おおよそ一月ぶりで貝塚に戻り、母の叔父、母の叔母、それに母の姉(私にとっては伯母)に、大学院に進学することを報告した。
私がおじいさんと呼んでいた母の叔父は、それこそ手放しで喜んだ。
私がおばあさんと呼んでいた母の叔母は、何も言わず黙って聞いていた。
私の伯母は、
「善一郎、大学卒業するまではお母さんの残したお金に、私があれこれやりくりして援助できたけど、来年4月からは自分で何とかせなあかんで。大学院で勉強するなんちゅうなことは、この村には例のないこっちゃからなぁ!」
と、言ってから
「それでも嬉しいこっちゃ。壽和子もきっとよろこんでるで。」
と、10年前に他界した母の名前まで出して、涙ぐんでいた。
いろいろな節目節目には、親類縁者の集まっての話し合いがありこの時も同じであった。私にしてみれば、一年半前に下宿を決めた折、私なりの旅立ちを覚悟していたので、ある意味すでに納得してことであった。ただおばあさんは
「大学の卒業までは、毎週末貝塚に戻りや!」
とだけ言って、家族会議は終わった。
よく月曜日私は、下宿に戻って行った。
「この下宿もあと半年か?この後どこで済むんかなぁ?」
と考えていたら、北海道にと言っていたその人からの葉書が届いていた。
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posted by zen at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白