2020年09月27日

ハンプティドゥ

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古い話を続けている。
1995年に始めたオーストラリアノーザンテリトリー出始めた雷観測は、1996年にはダーウィン郊外に、そして1997年にはさらに奥地のミドルポイント村にと拠点を移し、その後2010年まで続くのだから、くどい様ながら私にとってのライフワークに近いものがある。都合の悪いことにノーザンテリトリー・ダーウィン界隈の雷活動期は、11月から年をまたいで1月頃までで、同じ時期国内の北陸地方でも俗にいう”冬季雷“が活発で、福井県三国港での観測も並行して実施せねばならず、私達のグループは二重生活ともいえそうな多忙な観測日程をこなさねばならなかった。そういう意味で、グループの学生さん達には、感謝の気持ちに加え心苦しさも持ち続けていたものである。
ともかくダーウィンの話を続ける。
ミドルポイント村は、ダーウィン市内までアーネム及びスチュアート両ハイウェイを高速で駆って優に一時間はかかる距離にあり、夜ともなれば辺りは漆黒の闇になる。早い話娯楽には全く無縁の地なのである。30分程ダーウィン側に戻った辺りにハンプティドゥと呼ばれる地域があり、そこには地元の人達が集まる日本でいう居酒屋に近いレストランがあったので、昼食には時折利用したものである。ただ昼間から屈強な労働者風の大勢がビールを飲んでいたりして、その光景を見て驚く学生さんも少なくなかった。
先日述べたように、このハンプティドゥには、地上高50mの給水塔があり、その頂部は直径10mほどの円盤状になっていたことから、やり始めた広帯域干渉系のアンテナを設置することを考えた。記憶に間違いなければ、2年か3年は苦労して設置したけれど、なぜかよいデータは取れなかった。苦労してといったのは、ほぼ垂直な円筒内の梯子をアンテナやケーブルを担いで上らねばならなかったからで、当時40歳代後半だった私はまだ大丈夫だったうえ、今は近畿大学で教鞭をとっているMT君が、まるで鳶職の身軽さで活躍してくれた。そう地上50mの円盤からの眺めは壮大で、360度すべて地平線だったからいまだにデータの取れなかったのが悔やまれている。何年かの失敗の後同じ地区のタミミン高校の屋根に置かせてもらったこともあった筈で、今はその高校が、カレッジ(多分短大)になっている。グーグルマップで眺めてみて、20年の時の流れを知らされる思いである。

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posted by zen at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白