2021年01月19日

阪神淡路大震災 2

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あの日のことを、もう少し思い出したい。
阪神淡路大震災の発生した平成7年1月17日、私は大阪府の守口市に住んでいた。
そして当時住んでいたマンションは、淀川の南に位置していた。
そのマンションはブランコのように揺れたが、
「このマンションがつぶれるなら、大概のマンションは倒れるだろう。だから大丈夫だ!」
と、わけのわからない自信で自分を納得させている、私自身を意識していた。そして
「ともかく、インドネシアに向かわねば。」
と、出張の事を気にしていた。
大揺れが収まってしばらくすると、テレビからあれこれ詳しい地震情報が報じられようになった。NHKは、通常の番組を取りやめて、地震情報を繰り返すようになった。
震央は東海地方ではなく、兵庫県であると訂正された。
NHK神戸支局の様子が映し出され、仮眠中だったであろう局員の慌てふためく様子が報じられた。不謹慎ながら、その慌て方は、大いに滑稽な感じであった。
一時間ほどして、京阪電車が運転を再開したとテロップが流れた。
私は関西空港に電話をかけ、航空機の運航状況を尋ねた。
「地震の被害状況を調査中で、定時の出発は無理だと思いますが、必ずシンガポール便は出ます。お乗りになるなら、関西空港までお越しください。」
それが、シンガポール航空の公式見解であった。
その空港関係者の回答を聞き、私は七時過ぎには京阪守口駅に向かっていた。
後になって考えると、あの行動は全くの頓珍漢だったとしか思えない。
(この稿続く)
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posted by zen at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白