2021年01月21日

阪神淡路大震災 4

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チェックインカウンターの係員は、ボーディングパスを手渡しながら
「3時間以上ありますから、ラウンジ比叡でお待ちください。」
と、その利用券を添えてくれた。
ラウンジ内は、ほとんど人もおらす‘、本来なら有料の筈のアルコール類も、無料サービスであった。
サンドイッチとおにぎりで遅い昼食を摂り、人心地が付くと地震のことが気になりだした。
あの当時私はまだ携帯電話を所持しておらず、ラウンジの公衆電話から電話をかけた。自宅にかけてみたが、話し中の状態が続いていた。あとで知ったことだが、利用者が多いので回線がほぼ満杯状態だったのだそうだ。
一方東京の友人に電話をかけると、これが意外と簡単につながった。受話器の向こうで友人のY君は
「心配しとったでぇ。なにこれから海外出張。関空に居るんか?ほんまに出かけるんか?まぁそれくらいなら、大丈夫やろう。東京から電話かけるんやけど、親類には繋がれへんから心配しとるんや。」
ということであった。
午後5時頃になって搭乗の案内があったので、もう一度自宅に電話をかけてみたら
「家の中は、無茶苦茶やけど、まぁ少しずつ片付けるから。子供達の学校もしばらく休みみたい!」
ということであった。
ほどなく搭乗が始まったが、客は50人にも満たず、
「席はご自由に!」
とのこと、500人乗りのボーイングジャンボは、がら透きの状態であった。
ジャンボ機は六甲産に向かって飛び上がり、そこで私は神戸の街が火の海であることを眼下に見ることになった。
あの時、正直
「私の国は、どうなるんだろう?!」
といった衝撃を感じていた。
あれが、私が本当の「愛国心」を感じた、生涯最初の経験かも知れない。
(この稿続く)
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posted by zen at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白