2022年05月01日

黄金週間の思い出

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皐月朔日、そしてメーデー

この時期、黄金週間の頃になるとふと思い出すのは、三連休のあった昭和33年5月3日(土)から5月5日(月)の事。あの当時は土曜日は未だ半ドンだったし、ハッピーマンデーなんぞという有難い制度もなかった。だから3日の憲法記念日、5日の子供の日が日曜をはさんで三連休となった。三連休という言葉はともかく、私はあの年、三日も続けての休みが、春休みや夏休み以外にもあることを知った。こういった曜日の感覚を、意識するようになったということで、ある種の成長だったかも知れない。
私は当時小学4年生、母も体調を悪くする前のことであったが、老人性の痴呆症が始まっていた祖母を一人置いての遠出はあり得なかったのだろう。年の初めにカレンダーで見つけた5月始めの三連休だったのに、私には退屈して過ごしたかすかな記憶しか残っていない。
当時の遊び仲間といえば、向かいのT君、ただ彼の母上の実家が神戸だったので、多分出かけていたのだろう。この73歳の今日一番の親友Y君とはまだ当時そんなにも親しくもなかった。さらに一歳年上の母の従弟Hちゃんと一緒に時間をつぶすことが多かったのに、なぜかあの三連休は私は自宅に居続けていたのである。
後になってある程度世の中が判ってくるようになって
「あれが母子家庭の、悲哀だったのだろう。」
と、私なりに気付くことになる。多分高校生になっていたろうか・・・。
同情を買うつもりで書くわけではないが、私には幼少時の黄金週間の楽しい思い出が無い。つまり母子家庭の寂しさを、母は私に感じさせなかったというべきかも知れないのである。あるいは私自身、生来の能天気だったのかもしれないが・・。
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posted by zen at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の話題