2022年06月03日

爺版・折々のことば 29

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日本という国が、真の意味で国際化するには、日本人がどこの国のトイレでも平気で用をたせることである。
これは、常日頃仲間や弟子に私の言っていることばである。以下いささか尾籠な話ながら。
一般論であるが、我が国のトイレは清潔度が高いと、私は信じている。とりわけTOTOの商品名「ウオッシュレット」が普及し、若い世代ののほとんどは、清潔なトイレしか知らなくなってきている。翻って、古希を超えた私達の世代の多くは、旧式のトイレ(ポットん便所)で幼少期を過ごしている。そんな私でも、経済開放前の中国(1980年代降雨半)で雷の観測をした際、トイレに入ってぎょっとした記憶がある。それでも私が用をたせたのは、初めてアメリカ合衆国を訪れた1983年の経験からである。さすがにあの当時でもアメリカ合衆国のトイレは清潔だったけれど、週間からだろうかトイレの個室のドアは、下半分が切れていて、完全な密室とはなっていない。だからそんなトイレに慣れている我々日本人は、ドアの下半分が切れていて隙間だらけのトイレの個室が、気持ち悪く感じる。
そんなトイレで用をたしていたら、次に入ってきた誰かに隙間から覗かれてぎょっとしたのだが、その時
「彼等もきっと気になるから覗くのだろう。お互いさんだ!」
と、気持ちを切り替えたら妙に落ち着いて以来、外国のトイレで平気で用をたせるようになった、そんな経験からのことばなのである。
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posted by zen at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白