2023年01月07日

雷放電の観測 35

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
というわけで、雷放電の観測の話を続ける。
時間を30年近く戻して、アメリカ合衆国で実施した観測について披露する。
大阪大学に移った次の年(1990年)、科学研究費補助金(海外学術調査)をアメリカ合衆国での雷放電観測という内容で申請した。
申請にあたって、友人の研究者数人に共同研究者になって下さるようお願いしたら、口を揃えたように
「アメリカでの雷放電観測なんて採択される筈がないよ、河崎さん!」
と、にべもなかった。それでもともかく岐阜大のTNさんには因果を含め、共同研究者となるよう説得した。ところが、なんとこの申請がめでたく採択されてしまうのだから、人生何が起こるかわからない。
ともかく初年度はオクラホマ・ノーマンに出張した。
ノーマンには、NOAA傘下のNational Severe Storms Laboratory (NSSL)があって、その研究所のマズールさんとは親交があったし、あの辺りは竜巻の多発地帯として有名で、竜巻があれば雷活動を伴う事を知っていたから、あの地を観測地として決めたのである。
観測期間はオクラホマ界隈の雷活動機である5月6月、そして出張のメンバーは、この申請の代表者になって頂いたMK教授、技官のYKさん、そして私、YKさん滞在の一週間を引き継ぐ形で岐阜大学のTNさんであったと記憶している。MK教授はNSSLを表敬訪問を終えられて急ぎ帰国された。アメリカ側の参加者は、ニューメキシコ大学のブルック教授とNSSLのマズールさんの二名であった。ただマズールさんはオクラホマ大学のビーズリーさんと交渉して、オクラホマ大学の屋上に電界アンテナを設置できるようになった。大阪大学からは、デジタル化した電界センサーを二台搬出した。ブルックさんもほぼ同じ機能の電界センサーを、オクラホマ大学に一台設置された。ブルックさんは
「河崎の装置が、私のと同じ特性かチェックできるから・・・。」
とおっしゃり、わざと同じ場所での観測となった。そして阪大のもう一台は、NSSLの構内に設置した。とはいえ私も二か月間フルに滞在することは原理的には不可能で、装置が順調に稼働することを確認した後三週間程度で帰国した。このあたりがディジタル化なった観測機器の有難さであったろう。
そして数か月、ニューメキシコのブルック教授から、A4用紙に印刷された雷放電に伴う電界波形が、なんと2,500枚近くも送られてきた。そして
「私は二か月間オクラホマに滞在して、雷活動を何度も経験した。」
とあり、加えて
「まもなく河崎の装置も日本に戻るだろうから、急ぎ出力して私の出力波形と比べてくれ!」
と書き添えてあった。その手紙を見て、観測を放置して帰国したことを恥ずかしく思った。
(この稿続く)
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白