2023年03月25日

日本紀行 12

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大和路快速に戻る。
王寺を過ぎると、列車は渓谷に沿って走る。
生駒山脈と金剛山脈の合間を縫って大阪府に向かう大和川沿いである。
トンネルも二つばかり、ほどなく大阪平野の東端となり、風景が一変する。
確かに田畑も見えたりはするが、住宅が多く工場らしき建屋もある。一つ山を越しただけなのに、人口密集具合がかくも違うものかと、改めての認識となる。
そんな奈良県から、私の住む大阪南部の里山に、今では半世紀を越す親友のY君がやって来た。
「奈良県からやって来たらしい。」
とは知らされていたけれど、今思い出しても垢抜けした街の子という感じであった。
だから何となく近づきがたい反面、我々田舎の子にはありがちな、
「引っ越してきたよその子には意地悪を!」
したい気持ちを抑えるのが難しかった。
おばさんという人が、Y君を紹介してくれて
「仲良くしたってや!」
と言われたときは、考えていることを見透かされているようで、思わず
「うん分かった。」
と答えてしまった。早い話意地悪をする機会をなくしてしまった。
当時私はそのY君のやって来た家から200m程離れた家に住んでいたのだが、二年後の小学五年になって私が向かいに移り住み、親しくなった。
小学校は一学年二クラスなのに、一度も同じクラスになったことはなく、だから登下校は小学生の間は、あまり一緒になった覚えがない。
これが中学校に進級すると、一緒に通いだすようになったのだから不思議なものである。何がきっかけだったのかは、全く思いあたらない。ともかく卒業までの三年間は、どちらかが病気で休まない限りは、少なくとも登校時は一緒だった。(この稿続く)
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posted by zen at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白