大阪府貝塚市の自宅にいる。
昭和36(1961)年8月31日に母が他界したから、今日は祥月命日である。
何とまぁ62年も経っているのだから、この天邪鬼爺も歳をとった筈だ。
若くして母を見送ることは確かに辛かったけれど、その一方若い母像しか持ってないというのは、考えようによっては幸せでもある。母の他界した年を越えてからは、記憶にある母はいつも私よりも若い。この年74歳になった今では、私の記憶にある母はぴちぴちギャルなのだから・・・。
62年前のあの日、今日で夏休みも終わりという日、日が暮れても母か帰ってこないので、自宅に呼びに行ったのである。その頃は母体調を崩し気味だったので、祖母の妹、母から見れば叔母のうちで我々はお世話になっていた。祖母の妹を何度か書いているように、私はおばあさんと呼んでおり、そのおばあさんから
「先に風呂に入っておいたら!」
と言われたのだけれど、
「僕も行く!」
と、ついて行ったのであった。
そしておばあさんと私は、自宅の寝室に畳の上で眠る様に息絶えていた母を見つけたのである。
あれから62年、長かったような、短かったような。

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