2017年12月31日

名誉回復

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2017年大晦日。あと一日で年が新しくなる。

一年最後の話題にふさわしいかどうかと考えつつ、2011年3月11日の大地震に思いをはせている。
ただしつい最近明らかとなった、
「メルトダウンを公表しなかったのは、官邸の判断ではなく電力会社の判断だった。」
という調査委員会の報告に関してである。これですっかり菅元総理の名誉回復というわけにはいくまいが、それでも震災以降すっかり「無能呼ばわり」されてきたので、少しはといったところであろう。
が二人研究室を訪ねて来ていた。訪問の目的は御多分に漏れずリクルート活動で、私の居室で三人で談笑しているときにグラグラっときた。私の居室は9階建ての9階にあり、耐震基準を満たしていないこともあってだろうか、ことのほか揺れた。それも結構長く揺れていた。揺れは二三分も続いていたであろうか、それでも建屋は崩壊することもなかったので、我々は最初
「これは結構大きい地震やで。東南海大地震かな?」
なんぞと気楽蜻蛉を決め込んでいた。ただ当時は携帯電話のワンセグでテレビが受信でき、弟子二人はNHKの地震速報で被害の状況を確かめていた。一時間ほどもたった頃であったろうか、福島の原発に津波が押し寄せてという速報が入った途端、両名の顔から笑顔が消え、
「これはえらいことになる!」
「急いで東京に戻らなくては。」
と言い始め、私も
「そうやな。リクルートにはまた来たらええんやから。」
といった返事をして彼らを送り出した。そして今から考えれば、当事者だけに彼らは事態の深刻さを実感していたのだろうと思わざるを得ない。実際一人は福島の現場状況を把握できる部署に配置され、その後
「先生にも全て話すことはできません。」
とえらく深刻な雰囲気であった。そして何年か後には退職してしまったのだから、彼自身の中でかなりの葛藤があったのだろうと想像に難くない。
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posted by zen at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の話題
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