2018年04月08日

即戦力

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先日、Face BookかTwitterで、ある大学教員の
「企業の卒業生採用にあっては、即戦力となる学生が期待されている。」
といった内容の記事を偶然見つけた。
この爺、大学を離れて5か年を経過したとはいえ、この種の言葉は、次年度卒業生の就職を担当したときには何度も聞いた。俗にいう「耳にたこ」ができていたとでもいえようか。だから「いまだに?」の印象はぬぐえない。旧聞ながらバブルがはじけ、失われた10年、20年と呼称された頃には
1. 日本の技術力に翳りがみえ
2. 国際競争力がすっかり弱くなった
上に、合衆国ではシリコンバレーをはじめとして、ベンチャー企業がそれこそ雨後の筍のように出現し、合衆国経済を活況化したこともあって、
「我が国も合衆国のように復活せねば!」
と、またまた合衆国の背中を追いかけることになった。そしてそのためにも、「即戦力となる大学卒業生」を育てねばといった共通認識が跋扈するようになったのである。以来大学の「職業訓練校」的傾向が幅を利かせ、大学が本来持つべきである「知の創造」という側面が、ともすればないがしろにされる傾向が、非常に強くなっていたような気がしている。
一方、先の議論と矛盾するようながら、依然として「大学は象牙の塔」であるべきとの知識階層からの要請もあり、例えばimpact factor の高い論文をいかに多く生み出しているかで、教員の評価がなされるという、わけの判らない競争原理がはびこっている。考えてみれば、即戦力教育とは二律背反、大学は今矛盾した社会となっているのであ。
ただ確かに米国の大学生、大学院生はわが国の学生に比べてはるかに積極的ではあるけれど、即戦力という観点からは、少なくともこの爺の関わっている分野における限り、大差ないというのが印象である。日本の場合、大学に入ることが目的である学生が多いのに対し、米国では入学して自分のやりたいことをやる学生が多いのが現実で、それが差に現れているのかもしれない。幸いなことにこの爺は、国立大学で教鞭をとっていたのだが、四年生になって配属されてくる学生に研究室のテーマに興味を持たせり、あるいは好きにならせたりする指導方針を取っている。だから取り立てて即戦力を要請するための指導方針を取ってきたわけで無い・・・。
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posted by zen at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の主張
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