2018年10月29日

日中国交回復40年

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昨日の朝日新聞・天声人語氏は、日中国交回復40年を取り上げて、あれこれ論じていた。あの頃の中国は、文化革命の影響もあって経済的には疲弊、色々な意味で開発途上国の一つだった筈。ただ松下幸之助さんの言葉がええなぁ。
「皆さんは必ず日本い追いつき、また日本にない技術を開発するでしょう。最初に松下にその技術を売りに来てください。」
中国に対してはあれこれ批判があるにせよ、今日の中国は押しも押されもせぬ、経済大国、世界第二位である。
さて私は、その10年ほど後、解放前の中国で二か月半を過ごした。
もちろん物見遊山などではなく、日本学術振興会に応募しての共同研究であった。
あの頃の職場空電研究所は、設立40年を控え「組織改革」を余儀なくされていた。例によって文部省のお役人様の指導で、今なら
「何言うてんね!」
と居直って議論するところであろうが、当時は
「雷の研究は古い!この部門が研究所の足を引っ張っている。」
と名指しで言われれば、
「そうかいなぁ!」
と悩んでしまう、ある意味純情な研究者だったのである。
実際研究室の大将も、研究予算獲得という観点からみれば、大いに影が薄く、私自身の生き残りのために研究予算を獲得せねばと、学術振興会に応募したのであった。
あの頃中国蘭州高原大気物理研究所には、アリゾナ大学のクライダー教授のところで雷の光学観測を実施して、アメリカ地球物理学会誌に論文を発表している郭教授が戻っており、私はこの郭教授と共同研究がしたいと申請していたのであった。(この稿続く)
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posted by zen at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白
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