2019年01月02日

年の初めに

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私の小学生時代は、終戦後10年の昭和30年から始まった。
あの頃の小学校の教師は、にわか民主主義者か、それでも軍国主義の時代を引きずり歩いているかのどちらかであったような気がする。小学校高学年ともなると、政治向きの内容の授業もあったりした。私の小学校は一学年2クラスであったのだが、隣のクラスの担任は歴代天皇の暗記を強いる教師であり、私のクラスはと言えばむしろその逆で、折に触れてソ連や中国の話して聞かせた。その影響もあってだろうか、中高時代には、共産主義にあこがれ、第二次大戦の責任は天皇にあると、ぼんやりとながら考えるような若者であった。そして大学に入って、当然の様に左翼思想をかじるのだが、その頃から天皇の戦争責任に疑問を感じるようになった、というよりは
「天皇は太平洋戦争の責任があるというより、軍部に引きずられただけじゃぁないか!」
と強く信じるようになっていった。大学生になって時間も出来あれこれ読み漁ったこととも強く関連して、思想的には左翼的ながら、天皇制は我が国の文化との考えに至ったのである。
実際世界中のどの国に、天皇家の様に家系の明らかになっているっ家系があろうか。加えて例えば鹿児島島津家なども1200年代からの家系が明らかだとも聞く。アーサー王の話は6世紀の「伝説」ながら家系という点では途切れてしまっている。
司馬遼太郎の言葉を借りるなら
「こんなちっぽけな国が・・。」
ということになるのだろうが・・・。
余談ながら、大阪大学の同僚に、奈良の大きなお寺の「会計係」の長男がいる。
「天皇家古いちゅうけど、途中で入れ替わったりしてるやんか。うっとこはあのお寺ができて以来、先祖代々会計して来たから、家系の長さという点では一番古いんやでぇ!」
何ぞとのたまっている。
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posted by zen at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の主張
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