2019年02月27日

想い出

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私の環境電磁工学との出会いは、1978年のことだから40年も昔のことである。当時博士課程を終えた私は就職先を探しており、名古屋大学空電研究所からの「環境電磁工学を志す研究者」という募集要項を見つけた。当然ながら当時はまだインターネットの恩恵何ぞなく、電子通信学会(当時はまだ情報の二文字はついてなかった筈であるが、この辺りはいささか怪しい)の求人広告だったと記憶している。私の本来の専門は「電磁界理論」で、学生時代は電気学会なら電磁界理論研究会、電子通信学会ならマイクロ波研究会が研究発表の場であったため、「環境電磁工学」は全く未知の分野であった。とはいえ「電磁」の二文字に惹かれ、応募することにした。そしてまず駆け込んだのが図書室で、偶然IEEEのElectro Magnetic Compatibility という分冊を見つけたから、これが出会いということになるのであろう。あの頃電子通信学会が「環境電磁工学研究会」の発足準備中であったろうから、今にして思えば、電気学会は20年遅れで関連する技術委員会をスタートさせたことになるのだろう。
その後いろいろあって私自身は「雷放電物理」を専門とするようになっていたけれど、今度は母校の大阪大学から、「電磁環境技術の研究者」の募集があり、「名古屋も10年、そろそろ住み飽きた!」と応募することにした。そして今回も運よく採用されることとなり、電磁環境には人生の節目節目で世話になったというのが正直なところである。
ちなみに初代の委員長Tさんとは、確かドイツのブラウンシュバイクでお会いしたのが最初ではなかったろうか。その頃私は先に述べている様に雷放電物理を研究するようになっていたと記憶している。二代目委員長Fさんとは、名古屋大学赴任直後の電子通信学会の研究会が最初の出会いで、その後同じ大阪出身年齢も同じということで、互いに減らず口をたたき合う仲になっている。(と私が勝手に思っているだけかもしれませんが。)
あれこれ経緯もあって、前世紀末も近づくころ電気学会に「環境電磁工学研究会」発足の機運が持ち上がり両巨頭から手伝うようにとお言葉を頂き、「環境電磁工学を踏み台にしてきた」贖罪もあって、力不足乍らと参加させて頂き今日に至っている。そして藤原委員長のあと委員会を仕切らせて頂いたとはいえ、雷のことばかりやっていたのではと、今となっては忸怩たる思いもある。委員長時代、委員含め幹事を務めてくださった方々には、本当にお世話になって支えてくださったと未だに感謝の言葉が絶えない。(ちょっと大仰ですが)
最後になりましたが、電磁環境技術委員会のますますの発展を祈念して、お祝いの言葉とさせて頂きます。
(2019/02/26 シンガポールにて)

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posted by zen at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学一般
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