2019年06月22日

教養部解体に思う

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十年前の今日の内容
10年ほど前,大学では教養部改革が断行され,ほとんどの大学で無くなってしまった。かくいう我が阪大もご多分にもれず,共通教育という枠組みで,いうならとっくに退化してしまった私達の虫垂(俗に言う盲腸)の様に,残ってはいるけれど,実質きわめて希薄になってしまっている。教養部改革は,
「高校から大学に入った途端,多くの学生が勉強しなくなる。これは高校の繰り返しとも思える,教養部での授業が,彼らの勉学意欲を削いでいるからだ。大学に入学して,さぁ自分の好きな学問を!と意気揚々の若者達に,高校の延長の講義ではいけない。鉄は熱いうちにうて,のことわざ通り,入学当初から専門の香を嗅がせるような教育が必要である。」
といった意見が強くなり,大勢を占め教養部改革の嵐が吹いたのである。確かに正論にも聞こえるけれど,本音のところでは,
「理学や工学を学ぶものに,文学,歴史,政治何ぞという科目は不必要。理科系と文科系は違うんだ。早く専門科目を教えて,促成栽培を!」
の意図がなかったとはいえないかもしれない。先日,NHKのある番組で,10歳の壁という話を聞いた。小学校中学年で,急速に学力に個体差が出てくる事をさす言葉だそうで,桁数の大きな計算や文章から問題の意図を汲み取る力に歴然とした個体差の出来始める事実をして,10歳の壁という言葉を用いているそうである。そしてその解決策の一つとして,読書する習慣を持たせる事を上げていた。読書だけで全て解決とは思わないが,読者する習慣は確実に,考える力や想像から創造にいたる力を増す。
言い訳するつもりも,自己弁護するつもりもないけれど,あの当時から小生は,
「教養部の解体は,大学の荒廃をもたらす。」
と信じて,助教授の身でありながら,反対の意見を申し上げた記憶がある。話題が発散しそうなくらいに広がって来ているけれど,私は「理科系だ文科系だ」と分ける現在の教育の在り方が,正確には受験の在り方が,間違っているとはいえないまでも正解では無いと信じている。俗に言う,理科と文科のバランスのとれた知識が,各個人の創造力を引き出す筈で,当然大学の中にあってもそうでなければならない。
最後に自戒の念を込めて申し上げるなら,教養部が解体され10年以上を経た今日でも,大学に入学した途端,勉学意欲を示さなくなる学生は,昔同様で,何のための教養部解体だったのかと悩んでいる次第である。
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posted by zen at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白
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