2020年06月23日

思い出話 87

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北海道から届いたその人からの葉書は、長い間下宿の机の上に置かれていた。
私達の学年は、4年生だというのに、ほとんど全員3年後期の定期試験を受けていなかったので、9月になって前期試験が始まると真剣にならざるを得なかったのですある。翌年の3月までに、卒業に必要な単位をそろえないと、大学院への進学も夢と消えてしまうことが、みんなが理解していたというのが、本当のところだったのだろう。3年生学年末の学生ストライキの代償は、やはり大きかったのかもしれない。
10月に入ると、博士課程のTKさんが
「河崎君、ぼちぼち卒業研究始めよう!」
と私に声をかけ、
「電気系図書室で、紹介しとかなあかん雑誌教えるから。」
と、私を図書室に連れて行った。そして何冊かの学術雑誌を指定して
「一か月に、最低二度はここにきて論文探すんやで!」
と指示をしてくれた。
「以前、自分のやってる研究とほとんど同じで、内容がさらに進んでる論文見つけたことがあるんや。論文は新規性が勝負やから、そうなると半年、一年の苦労が水の泡なんやで。」
と教えてくれた。
今日なら、ネット検索で十分できることながら、あの頃はそんな風にして世界中の競争相手に、注意をしておかねばならない時代だったのである。
ちなみに私は、自分の後輩たちに、久しく同じように教え続けたものである。
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posted by zen at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白
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