2020年06月25日

思い出話 89

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卒業研究が佳境に入る頃には、私の生活パターンは子供の頃以来の、午後10時までには就寝して、午前4時頃起床という形に戻っていた。NHK第二放送の英会話も漏らさず聞くようになっていた。確かこの年から英会話の講師は、松本亨から東後勝明に代わっていて、最初は違和感を感じたものの、いつの間にか聴き慣れてしまっていた。ラジオの英会話のことはともかく、下宿ではほとんど一番最初に朝食を済ませ、8時過ぎには研究室の席に付くようになっていた。昨日も書いたように、午前中は英語の教科書をよみ、午後には卒業研究の課題に取り組むという形である。午前中のこの習慣は、直接指導してくれている博士課程のTKさんや、一年先輩のMKさんがそうしているのを知り
「独創的な研究には、基礎的な知識が大切なんだ!」
と教えられた気がしたからである。
そんな11月のある日、私は思い切ってその人に電話しようと考えた。
下宿の机の上に置き去りにしてあった葉書を取り上げ、研究室に向かった。
不文律では、大阪市内06内は電話をかけても良いことになってはいたが、他の地域には原則教官以外かけてはいけないことになっていた。ただ早朝で、研究室には私以外は誰もいなかったので、少しくらいなら良いだろうと、自分自身を納得させたのである。そう思案すると、今まで抑えていた自分の気持ちを抑えきれず、研究室に入ってまず受話器を取り上げた。ダイヤル式の黒電話の最後の数字が回りきると、しばらくして呼び出し音が聞こえ、そして
「はい、MKです。」
と懐かしい声が、耳に届いた。私の、善一郎ですという呼びかけに
「あら、もう電話貰えないかとあきらめていたわ。もう三か月になるから。」
と、返ってきて
「今どこなの。多分大阪よねぇ?」
と、その人は一方的に続けた。
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posted by zen at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白
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