2020年07月03日

思い出話 95

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ご常連様ならよくご存じのように、私は大気電気学の専門家である。平たく言うなら、雷放電物理を、1979年に名古屋大学空電研究所に勤務して以来、野外観測を主たる手段として、40年の長きにわたって研究してきた。だからここ数日の思い出話とは、非常に連続性が悪い。まぁこのあたりのいきさつは、別の機会に紹介させていただくつもりなので、いましばらく修士課程から博士課程の頃の思い出話を続けたいと思う。
圧電性弾性表面波、磁気弾性表面波が、くぼみや折れ曲がり部分でどのようなふるまいをするかを明らかにするというのが研究の目的で、所属していた研究室の主たる研究主題である光ファイバーだったから、てそれなりに親和性は良かった筈である。
それはさておき、後日談が二例ある。
1995年1月17日の阪神淡路大震災。震央は淡路島北淡町だったっけ。そして地震の表面波が六甲山系に向かって伝搬、そこでたぶん反射をして、電磁波でいうところの定在波とり、被害の大きい地域が定在波の腹に当たる部分で、だから飛び飛びとなったのではないかと、勝手な理解をした。あの当時には、不連続部における反射や散乱の研究とはすっかり離れてはいたけれど、不謹慎ながら興味深っかったのを思い出す。
もう一例は21世紀初頭、私を大学院で指導してくださっTKさんから電話をもらった。
「善さん、日経サイエンスに僕らのやってた弾性表面波で、フィルターを実現したというニュースが載ってだでぇ!」
という内容で、論文を発表してから四半世紀も経って実用的な素子に応用されたという知らせである。嬉しいような悔しいような、複雑な気持ちであった。
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posted by zen at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白
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