2021年07月20日

勝負に徹する

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昨日の白鵬対照ノ富士の取り組みを考えていて、吉川英治作の「宮本武蔵」の一条寺下り松の決闘の事を思い出した。吉岡一門100人と宮本武蔵一人の決闘で、武蔵は不意を突いて攻撃し、その決闘の上では敵方の総大将である、13歳の少年をまず切ってしまうという内容であった。
私はこの宮本武蔵を高校二年の12月に一週間程で読み切ってしまったと記憶しているが、多感な高校生なりに
「なんとむごい!」
とも考えたし、
「決闘とはかくあるべきか?」
とも考えたように記憶している。
宮本武蔵は、映画やテレビでいろいろな役者が演じているけれど、一条寺下り松の決闘では、確実に年端もいかない総大将がまず切られてしまっている。それが史実か否か、原作者の創作かといった議論はさておき、戦いであるなら
「勝利するとは、どういうことか?」
を、読者に考えさせ教える内容であることは間違いなかろう。余談ながら、決闘の後自身の傷を治すために寺だったかなに籠るのだが、そこで黙々と仏像を彫る下りがあり、私なりに合点した。
横綱・白鵬と剣豪・宮本武蔵を同格にするつもりはないけれど、昨日も書いたように白鵬は相撲を競技と理解しているから、自分が勝者となるための最善手を考えるから、それが日本人的な「正々堂々」にそぐわないということなのだろう。とりわけ、「横綱審議会」のお偉方には、永遠に納得できないかもしれない。
古い話ながら、オリンピックロスアンジェルス大会の、山下さん対ラシュワンの決勝戦、大相撲なら膝を痛めた貴乃花対武蔵丸の優勝決定戦、これらは我々日本人好みの戦いぶりだった一方、異なる見方もある。
ご常連様方のお考えや如何に?
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posted by zen at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の話題
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