2022年06月16日

小学5年の夏

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早朝、近所のスーパーに買い物に出かけた。
熱帯・シンガポールの朝は、風が吹いて心地よい時もあるが、今朝は風もなく取り分け蒸し暑かった。そして例によって何の脈絡もなく随分と昔のことを唐突に思い出した。
そういえばあの日も蒸し暑かった。
私が小学校5年生の夏休み前の事である。
その頃は母、大阪市立大学病院に入院中で、私は母の叔母に育てられていた。
その頃から遊び仲間は母の叔母の家の向かいに住むY 君になり始めていたが、今日の話題、すなわち思い出したのは、それ以前にも親しかった本家筋のD ちゃんと私の家の向かいのYちゃんとのことである。二人は同い歳で小学校二クラスの二組であった。ちなみに60年を超す友情を頂くことになるY君は、この時は一組であった。私達三人は学校の帰りはだいたい連れ立って帰っていたのだが、その日の帰り道夏休みの自由研究の話になった。私は金属の筒に入った長い温度計で、地中の温度を測ってみたいと言ったら
「そんな温度計どこにあるんや?」
と、YちゃんかDちゃんが言い出した。
「大阪の高島屋で撃ってるん見たでぇ!」
と私が、応えると二人は急に静かになった。
二人が静かになると、今度は私がその温度計を無性に欲しくなって来た。かといって大阪に買い物に行くなど、私がおばあさんと呼んでいた、母の叔母が許してくれるわけがない。
「善ちゃん、僕ら行って来ちゃってもええで。」
とDちゃんが助け舟を出してくれて、Yちゃんと二人で行ってくれることとなった。私達三人は私の家に行き、母が100円と50円だけをためてくれていた貯金箱から、1000円だったか2000円だったかを取り出して二人に渡した。あの頃はまだおおらかな時代で、子供が大人に連れられていたら俗にいう「無賃乗車」も許してくれることが多かった。当然彼ら二人は、水鉄電車の切符は買ったものの、南海電車は大人の人に連れられているふりをして、ともかくt
高島屋まで行き、目的の温度計を買って帰るミッションは達成できたのだは、この話には落ちがある。
夕方になっても帰ってこない二人のことが気になって、小学生なりに私は蒸し暑さをかんじ、こらえきれそうになかった。だから自転車で何回か水間駅までを往復したのだが、二人の姿を見ることがなかった。(この稿続く)
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posted by zen at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白
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