2022年07月15日

SATREPS 4

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「ホーカーで、コーヒでも飲んで・・・。」
と言われ、私は何のことかわからなかった。
ご常連様の中には、やはり何のことかわからない方もいらっしゃるかも知れない。ホーカー、日本の屋台村に近い、あるいはフードコートに近いといえば、想像して頂けるかもしれない。ただフードコートなら、例えば大きなモールの中に在ったりするが、ホーカーは街中の一隅に独立した建屋があり、小さいものなら数店が、大きいものなら十数店の対面販売店が営業していて、銘々が食べたいものを直接買い求めるようになっている。原則ファーストフードに近いと考えて頂ければよいだろうか。
社長は、朝飯未だだからとコーヒーにトーストを、ともかく私はモーニングコーヒーのつもりで頼んだら、これがまたおそろしく甘いミルクコーヒーで、以来私はホーカーではブラックコーヒーを注文することにしている。そんな遅い目の社長の朝食につきあい、私達が「夢の実現」のために数年間はお世話になるであろう会社にお昼前に到着した。そして早々に会社スタッフに紹介された。
会社は港近くの工業団地内にあった。会社には4名の日本人が働いており、残りはシンガポール人、マレーシア人で総勢20名弱といったところであったろうか。4名の日本人の内1名は1980年代からシンガポールに住んでいて現地採用の日本人ということで、この方とは長い付き合いになるのだが、初対面のこの日にはとてもそなことまでは、頭が回らなかった。他の三名は、日本の本社から派遣されてきており、社長からは
「Eさんが責任者だから、今後はEさんと相談して。」
と指示され、私の席はEさんの隣に用意されていた。私は用意された席に付き、名古屋大学に赴任したとき(1979年)、ウプサラ大学に一年留学したとき(1985年)、そして大阪大学に籍を得たとき(1989年)と同じような感覚、年甲斐もなく青雲の志を感じていたのだが、このシンガポールでの経験が最悪になろうとは知る由もなかった。
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posted by zen at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の話題
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