2022年12月12日

雷放電の観測 10

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ロケット誘雷のことを書いている。
当初空電研究所の雷放電研究グループは、ロケット誘雷実験とは距離をおいていた。
ただ設立後30年を経過した空電研究所改組の必要性が研究所内外で論じられるようになり、雷放電研究グループを解消して新しい研究方針を模索するといった暗黙の了解が合意されるようになっていた。空電研究所そのものは理学系の研究所、竹内助教授や仲野さんは理学博士であったけれど、当時雷災害対策に一番頭を悩ましていたのは、電力会社だったものだから、雷放電研究グループには逆風にしかならなかった。確かに共同研究などには電力会社は積極的に応援してくれていたといえ
「結局それはサイエンスではない。エンジニアリングだ!」
という強弁がまかり通ったのだろう。とはいえそのころは毎年のように日仏雷放電物理セミナーが、フランス大使館の肝いりで開催され、この分野の認知度は決して低いものではなかった。いや雷放電物理という観点からは、我々のグループにとって、結構な追風となっていた筈である。
一方研究所の改組が現実のものとなれば、仲野さんや私の研究者としての将来が不透明になりそうで、誘雷実験総帥の堀井教授からが心配して下さって
「仲野さんや河崎さんは、どこか移動先はあるのか?豊田高専に転籍することを納得するなら、まず名古屋大学の電気系で半年ほど教鞭をとって、その後高専の教授として勤務してもらえる。」
といった、有難い提案があった。
当時私は30歳台後半、仲野さんは私より10歳年長という事もあり、この有難い申し出は、仲野さんが享受することになった。そして私はさらに「転職活動」を続けることになった。となれば、我々二人は竹内助教授に遠慮することなく、誘雷実験に専念することができ、さらに堀井教授を担ぎ上げての、インドネシアにおける誘雷実験を学術振興会に申請し、そして石川県の誘雷実験には正式のメンバーとして参加するようになった。
ちなみに奥獅子吼高原でのロケット誘雷実験はその後1998年まで続き、大阪大学に籍を得た私は、その最後まで参加した。その誘雷実験で、VHF広帯域干渉計の足がかりができたのだから、今にして思えばロケット誘雷実験様々なのである。
(この稿続く)
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posted by zen at 12:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 雷人独白
この記事へのコメント
空電研究所は、設立当初は工学系の研究所と思ってました。確かに改組のころは理学系の雰囲気でしたが。
Posted by かっちゃん at 2022年12月13日 22:26
かっちゃん
久し振りやねぇ
空電研究所できたときは、工学系あったんですかねエ。
ともかく改組前は、理学一辺倒でした。

風塵雷人
Posted by Kawasaki at 2022年12月15日 02:15
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