昨日の主題の続きである。
総理による「戦後○○年談話」──その意味は、決して「迷惑をかけた隣国への謝罪外交」ではないと、天邪鬼爺は考えている。
もちろん私は、「迷惑をかけた隣国」とあえて書いた。しかし、そもそもそのように考えない政治家もいるだろう。
そうした人の考えを、無理に変えたいとは思わない。けれども、そういった人が国の指導者になることには、大いに懸念を抱く。
それが私の持論である。
その意味で、今回ドイツが極右政党の活動を法的に禁止する動きに出たことを、私は大いに評価している。
いや、むしろ「うらやましい国だ」と、ある種の尊敬すら覚えている。
右翼政党とは、昔風に言えば「国粋主義」。
今風に言い換えれば、「アメリカファースト」や「都民ファースト」、あるいは「自国ファースト」となるのだろう。
ただ、問題なのは、その「自国ファースト」を本気で信じているわけではない人々の存在である。
彼らは「そう振舞えば、選挙に勝てる」と計算し、戦略としてその言葉を使っているにすぎない。
そういう似非(えせ)右翼こそ、本物の右翼よりも、始末が悪いかもしれない。
──何やら取りとめのない話になってしまったが、
そんなふうに思い悩む、今日の天邪鬼爺である。
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