高校3年のとき、同級生にシンゴ君という友人がおった。
ほんまに親しゅうなったのは、卒業してお互い浪人してからや。
シンゴ君は大阪のミナミ、阿倍野の予備校。
わいは北の土佐堀の予備校。
場所は違うけど、帰りの南海電車でよう会うたもんや。
ある意味、それが縁ちゅうもんなんやろうな。
シンゴ君の家は南海貝塚駅の近くやったから、
わいは水間鉄道で一つ二つ乗り外して、
シンゴ君の勉強部屋に寄っては、ようしゃべったもんや。
あの頃の娯楽といえば、映画かテレビ。
シンゴ君は「男はつらいよ」が好きで、
わいは「網走番外地」や「唐獅子牡丹」派。
なんで急にそんなこと思い出したんか言うたら、
週末にテレビで「お帰り寅さん」をやってて、それたまたま見たからや。
シンゴ君はよう、渥美清の口調をまねして言うとった。
「私、生まれも育ちも葛飾、柴又。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでふうてんの寅と発します。」
それ聞くたび、
「いや、わいはやっぱり高倉健やで」
と反発したもんや。
けど今となっては、「寅さん」の世界はえらいもんやな。
笑いも涙も、人の情も、まるごと古典や。
高倉健ももちろん名優やけど、
「網走番外地」や「唐獅子牡丹」を今見ても、
どこか遠い時代の風景に見えてまう。
同じ昭和レトロでも、
今でも通じるレトロと、ほこりかぶったレトロ。
その違いを、ようやく分かるようになった気ぃするわ。
それにしてもや、シンゴ君の慧眼には、いまさら脱帽や。
しかしシンゴ君、元気にしとるかな?
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長かったシンガポール暮らし(13年)も今年度で終わります。早ければ12月、遅くとも2月末には本帰国です。帰国したらぜひお会いしたいですね
善拝