穏やかな元旦の朝を迎えた。
ただテレビでは二年前に起こった能登半島の大地震をとりあげ、いまだ復興半ばに至っていないと報じていた。ある村では多くの住民が出て行ってしまって、元の85%以下になってしまったともあった。人口流出が止まらなく、インタビューに答えるスーパーマーケットの社長
「問題となっている少子化の、15年〜25年先が一挙に来てしまった感じです。」
とも答えていた。そして加えての
「スーパーの経営は、インフラそのものです・・。」
とのコメントが、私・天邪鬼爺に限界集落に近い状態となっている、生まれ故郷を思い出させた。
生まれ故郷の村は戸数二百五十戸余りで、そんな村にかつて八百屋三店舗、駄菓子屋二店舗、そして魚屋一店舗あった。この爺が大学生になった頃だから、もう半世紀以上昔の事である。ちなみにこの爺の育った家は、その村の八割五分以上の家庭にプロパンガスを供給していた。実質的にはプロパンガス販売に関しては、独占状態であったという事になろう。そしてあの頃から村の人口は、少しずつ減り始めていたというのが、本当のところだったろう。
そんな過疎化のはじまり始めていた生まれ故郷の村のはずれ、実際には隣村に、25年ほど前に和歌山県に本店のある、スーパーマーケットの支店ができた。村の人々は勿論、二つの隣村の人々は重宝がり、歩いて行ける距離のスーパーマーケットを利用した。そして15年ほどの間に、爺の生まれ故郷の村の店舗は、魚屋を除いて廃業に追い込まれた。隣村も同様で、多くの店舗が店じまいとなり、さらにそのスーパーマーケットも、店じまいとなった。老人が多い限界集落寸前の爺の生まれ故郷、今では日常の買い物に難儀をかこっている。
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