久米宏さんが亡くなったという報。
1980年代に始まったニュースステーション(テレビ朝日、朝日放送で)で、彼がニュース番組の在り方をすっかり変えてしまった、というのが私の理解である。ニュースは公平でなければならないという暗黙の了解もあるけれど、一方では報道は常に権力者(権威者)に対して、批判的であれという考え方もある。私など本音で後者の方が持論に近く、その通りを実践されたのが久米宏さんだったと理解している。それにニュースステーションが始まった頃の民放の「多くの報道番組」は、芸能人ネタやゴシップを中心にすすめていて、バラエティ番組に近かったようにも記憶している。それをすっかり変えてしまったのが、久米さんのニュースステーションであった。
だから私は、あの番組ニュースステーションを、毎夜の楽しみにしていた。
昨日の朝の報道番組で、久米宏さんの特集を組んでいた番組で、あるコメンテーターが、私の持論に近い発言をされていた。今日の政権与党には、そんな報道の在り方に異を唱え、放送局に圧力をかける方がいる。いやはや昭和10年代の、大政翼賛会の如きであると、嘆かわしくも思う。そして久米宏さんの言葉
「私は、民報が好きなんです。なぜなら民報は全て第二次大戦後に生まれており、どの民報も太平洋戦争開始へのミスリードに関係していないから。」
いやはやけだし名言である。合掌
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後を継げる人が出てこれなくなっている今の世の中は大丈夫だろうかと心配になっています。
お久しぶりです。
13年住んだシンガポールから三月には本帰国します。
本当に最近の風潮は困ったもんですな。
風塵雷人