2026年08月13日

台風15号 2

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
迷走台風15号の影響をかすかに受けた貝塚市馬場の空
連続三日間の午前7時前後の様子。
上から、前日、当日、翌日。何となく納得いけるかな・・・。
IMG_0508.jpeg
IMG_0509.jpeg
IMG_0510.jpeg
余談ながら菩提寺の和尚さん、雨の中きのう午後2時頃来られた。
いつの間にか13日の先祖様お迎えが一日早くなってしまった。
昔は8月13日だったのに・・・。まぁ御先祖様には、ゆっくりと過ごしてもらいましょう。

lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年08月08日

長崎原爆忌

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
長崎原爆忌 昨日は立秋、暦の上では秋やで
この時期新聞には、眼がしらがウルウルとなる記事が多い。
一昨日のミカンの缶詰の話もその一つ。
そして昨日の朝刊には、頭痛を訴える息子を学校に送り出した父親の記事があった。
81年前の事で、今日なら、
「それなら学校を休みなさい。」
となるのであろうが、軍国主義の闊歩していたあの頃、
「学校に行けば自然と治る!」
といった調子で送り出し、登校させたのだろう。
果たしてその息子さんが、原爆の被害者になった。
爆心地から約800メートルの中学校では、427名の学生、教員が犠牲になったそうで、そのうちの一人となった。
父親にしてみれば、
「休ませておけば、被爆しなかったろうに・・・。」
の後悔が、終生ついて回ったろうことは想像に難くない。
これまた眼がしら潤む、話である。
戦争はともかく、悲劇しか生み出さない。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年08月02日

施餓鬼法要

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
早朝から菩提寺で「施餓鬼法要」
町内の檀家、といっても町内の95%は神護山・大福寺の檀家だから、ほぼ全戸から寺の本堂に誰かがやって来ることになる。
かつて私の町内の施餓鬼は8月8日と決まっていた筈だが、いつの間にやら8月第一日曜日になってしまっている。先日住職と立ち話をした際そのことを尋ねたら、
「勤め人が多くなって、平日だと集まりが悪いんですよ。」
との返事。なるほどと納得させられる反面、大いに割り切れぬものを感じていた。
一ケ月ほど前に、施餓鬼法要の焼香順がプリントして配られてきており、効率化に違いないのだろうが、これも割り切れないひとつである。実際280名に焼香してもらうとなれば、時間のかかることは当然で、だからこそ前もって焼香の時刻を知らせて、便宜を図ってお参りに来る家庭の数をあげようという事なのだろう。
が現実のところ、私の順番の時にはグループ全5家庭のうち参加者は2家庭だけで
「日程を日曜日にしてもあかんやん!」
というのが現実であった。
ちなみに一つ前のグループは3家庭が焼香に参加しており、かろうじて過半数を越していたに過ぎなかった。
そもそも先祖の供養を日曜に限るとは、
「冗談も休み休みいえ!」
とこの稿を閉めておこう。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年07月28日

小学校の同窓会

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
私・天邪鬼爺が葛城小学校を卒業したんは、昭和36年(1961年)3月。数えてみれば、もう65年も昔の話になる。
早いもんで、同級生はみな喜寿を越えた。残念ながら何人かは鬼籍に入りはったけれど、今なお元気に活動している旧友も少なくないみたいや。
そんな元気な女性陣の何人かから、十数年ぶりに故郷へ戻ってきたこの天邪鬼爺が、
「これが最後になるかもしれへん。みんなで同窓会れへんか!」
と焚きつけられたんや。
「それももっともや。」
と合点した天邪鬼爺、この一か月ほど爺なりに走り回ってきた。その甲斐あって、同級生の六割を超える人たちの消息が判明し、ようやく招待状を発送できるところまでこぎつけたのである。
その間、旧友たちと連絡を取り合う中で、半世紀どころか六十五年という歳月の重みを、しみじみと感じさせられる出来事がいくつもあったなぁ。
その一つが、六年生の時、席が隣でよう遊んだハッチャンとのやり取りや。
「河崎君と同じクラスになったこと、あったっけ?」
と問い返されてしもうた。
内心では、
「ハッチャン、それはあんまり薄情やで。」
と言いたかったけれど、六十五年も経てば、人の記憶もそんなもんなんやろうと苦笑いするしかなかった。
二つ目は、当時から相思相愛で、成人してから結ばれた同級生夫婦のこと。
「今は別々の老人ホームに入ってるんで、同窓会には行けそうにないなぁ。」
という返事やった。
若い頃、仲むつまじかった筈のあの二人、人生の終盤で別々の施設で暮らしているとは……。事情は分からへんけれど、なんとも複雑な思いにさせられたな。
そして三つ目は、何人かから返ってきた、
「もう人前には出たないねん。」
という、あまりにも消極的な返事や。
中には、小学校時代には学級の中心になって皆を引っ張っていた友人までおった。
人は歳を重ねると、体だけやのうて、心のありようまで変わってしまうもんなんやろか。
そんなことを、あれこれ考えさせられた同窓会準備の一か月やった。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年07月27日

世界一のひまわり

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
昨日夕方、ワン子達と町内を歩いていたら「ひまわり」の立て看板を見つけた。
十年程前から、世界一高いひまわりを目指し、がんばっている老人が同じ町内に住んでいて、マスコミ報道でも取り上げられ、それなりに知名度が高くなっていた。
ところが今年は七月半ばになってもその立て看板が見えず
「今年はどうなったんやろう?体調でも崩されて断念かな?」
と、訝しく思っていた。
町内の何人かに尋ねてみたも
「今年は立て看板もないですねぇ。やってないんですかねぇ?」
と否定的な返事が返って来るだけで、残念に思っていた。
だから遠くから「世界一高いひまわり」を見にやって来られたという観光客から尋ねられ
「残念ながら今年はやってないようですよ。ただ例年の場所に一度行って見られたら。」
と返したら
「狭い農道をこの車で走るのが怖くて、戻ってきました。」
との事。
だから私自身、一度例年の場所まで出向いて行って確かめようと考えていた矢先の、昨夕の立て看板である。
今年三月末で、週末に開催されていた町内ふれあい喫茶が休止となり、この種の情報交換が全くできなくなっていたので、昨夕の立て看板は、大いに朗報。
260727 ひまわり2.jpg
出向いて言っての写真撮影、かくの如くである。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年07月24日

メディアの在り方

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
二日続きながら、朝日新聞・天声人語氏(昨日)から。
私・天邪鬼爺が常々申し上げている
「マスコミ報道は政権に対して常に批判的であれ。」
に、ほぼ同じ内容の
「メディアは常に『野党の仕事』をしないといけない。」
と主張しておられる。さらには
「権力が報じられたくないことを報じるのがジャーナリズムであり、それ以外はすべて広報に過ぎない。」
とさえ結んでいらっしゃる。
そしてここから先の内容は、天邪鬼爺の最近の私見ながら、現総理やその現総理が師匠と尊敬していた元総理は、マスコミ報道の批判・批評を、毛嫌いされているようにしか思えない。実際現総理が総務大臣であったときテレビ報道の種々の批判に対し
「政府に対しての過度の批判は、電波免許取り消しになり得る。」
なんぞといった、恫喝まがいの態度を示したことがあったといった記憶もある。
ところがこういった政治指導者の在り方が、不思議なことに我が国では一般大衆に大うけする。実際元総理にせよ現総理にせよ、政権の一強多弱状態を導いているではないか。こんな風に思案を巡らすとき、
「日本という国は、本当の民主主義の育たぬ国ではないか!?」
と危惧してしまう、天邪鬼時事である。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年07月20日

暑いなぁ

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
ほんまに、暑い日が続いてるなぁ。
梅雨明けして二日ほどしてから以降、ずっと熱帯夜やで、里山にある我が家でも。
日中も35度にはちょっとだけとどかんけど、真夏日の30度は越しまくりや。
我が家のワンコ達2匹、熱帯シンガポールの生まれで育ちやのに、暑さには閉口してるみたいやで。せやから昼間は、冷房の効いた部屋で大体寝とるな。母親のアリスは、冷房の風が噴き出してくる先の椅子の上に陣取ってることが多いな。せやからここんとこ毎日、日が暮れてから町内一周の散歩に連れ出したるねん。小一時間ほどかかるけど、二匹ともすっかり道を覚えたみたいで、一所懸命歩きやる。昼間の運動不足解消ちゅうところかな。
260719 夕方の入道雲.jpgほんでこれが昨日夕方見かけた入道雲、大阪府に雷注意報出てたけど、貝塚界隈は夕立もなかったな。それにしてもこんな雲見ると、心がざわついて来るんは職業病に近いなぁ。因果な商売やなぁ、研究者ちゅうのんは。

lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年07月12日

戦争止めんかい

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
またぞろイランの戦争が、激しくなっているようだ。
二週間ほど前に停戦の協定が出来て、二か月ほどかけてまとめ上げると合意していた筈なのに、イランが先に攻撃したとか、アメリカがイランの施設を攻撃したとか・・・。
いずれにしても、武力による国際紛争の解決は原理的にはありえないと、天邪鬼爺は考えている。大東亜戦争のように、片一方が無条件降伏するほどに、一方的な結果とならない限り終わることが無い。それに今回のは戦争というより、交渉中にアメリカ合衆国とイスラエルの連合軍が、いきなりイランを攻撃。考えようによっては、繁華街での出会いがしら、アメリカ合衆国がイランの横っ面をひっぱたいたようなもの。最悪だったのはその先制攻撃で、イランの最高指導者が命を奪われることとなり、イラン国民の怒りは生半可ではなかった。だからアメリカ合衆国250年建国記念の日にぶつける形で、指導者だったハネメイ師の国民葬を挙行したに違いない。そしてこの戦争は、西洋花札大統領の思い上がりで開始したのだから、公平に見てアメリカ合衆国が手を引かない限り収まるまい。そもそも論ながら、人の命を大切に思わない、西洋花札大統領に指導者の資格はないと、天邪鬼爺は考えている。
いい加減に戦争止めんかい!
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年07月07日

国破れて 2

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
今日は、七夕
ここでいきなり55年前に時代を戻す。このシリーズの題名を思わせぶりな「国破れて」としているのは、おいおいわかってもらえるだろうから、今しばらくはただただ読んで頂くことにしよう。
私は、1971年の4月にそれまで育ててくれたおばぁさんの家を出て、阪大吹田キャンパスの近くに下宿することにした。母が他界したのが1961年8月末だったから、おおよそ10年間の居候生活であったという事になろうか。おばぁさん、このブログで何度か紹介している筈だが、私がそう呼んでいたのは祖母の妹にあたる人で、孤児となった私を実子、いやそれ以上の愛情で育ててくれた。ちなみにこのおばぁさんには子供が無く、小さな甥や姪を数多く育立たのは、太平洋戦争前後未にはごく普通であった、大家族制の名残もあっての事だろう。
家を出るにあたって、おばぁさんが一番気にしたのは、
「この子に下宿を許して自由にして、きちんと大学を卒業できるだろうか?」
という点であった。これは今でいうトラウマの一つで、戦前のことながら、親類の秀才が早稲田大学に入学して東京で生活、数年後には身を持ち崩して帰ってきたという事実があったからである。実際下宿の許可を出しながら
「ええか土曜日の晩は帰って来て、馬場で泊まるんやで!」
と、しつこいほど私に言い聞かせたのである。そして私はこの約束、週末には貝塚に帰るという約束だけは、忠実に守った。早い話、おばぁさんの心配を私自身、理解していたからでもあった。
おばぁさんが私に下宿することを認めたもう一つの要因は、親友のゲーヤンが同じ下宿することにしたからであった。ゲーヤンは南海沿線の泉佐野が実家で、それまでにも何度か私を訪ねてきたこともあり、おばぁさんの信頼も高かったのである。
ともかく以来55年、今年3月3日に帰国して定住するまでは、故郷をある意味ないがしろにしていたのかも知れない。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2026年07月06日

ルツボとサラダボウル

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
いきなりやけど、アメリカ合衆国は、世界各地からやって来た移民によって築かれた国やと言われてきた。
せやから例えばニューヨークは、かつて「人種のるつぼ」と表現されたもんや。「るつぼ」とは、いろいろな金属を溶かして合金を作るための器具のこと。さまざまな民族や人種が混じり合い、一つの社会を形づくっていることの比喩やったんやろう。
ところが昨日の朝日新聞「しつもん!ドラえもん」によれば、近頃では「サラダボウル」という表現が使われることが多いらしい。いろいろな民族が同じ社会で暮らしてはいるものの、それぞれが自分たちの文化や価値観、アイデンティティを保ちながら共生している、という意味なんやそうや。
時代も変わったもんやなぁ、としみじみ考えさせられた。
私らの若い頃は、「アメリカンドリーム」に憧れ、移民してアメリカ人になること自体を夢見る若者も少なくなかったように思う。
ところが今では、「アメリカで成功したい」「ひと山当てたい」と考える人はおっても、自らの文化や民族性を捨ててまでアメリカ人と同化したいと思う人は、以前ほど多くはないのかもしれへん。
ほんの数行の「しつもん!ドラえもん」やったけど、そんな時代の変化まで考えさせてくれた一コマであった。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活