2020年06月30日

友人の転居

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水無月晦日
シンガポールのサーキットブレーカーも第二ステージ、先日MRTに乗ったらすっかり人の出が元通りに戻っていた。そして今朝、5月1日から二か月間同居されていた知人が、転居していった。正確には、本来転居すべきだった場所に、移動していったというべきだろうか。
思い起こせば四月の末、
「河崎さん、転居予定先のガードハウス、転居を許してくれないんです。作業員をマンション内に入れることができないから。」
と、相談を受け
「今までは同じマンション内だし、我が家には一部屋使っていないお客用のベッドルームがあるから、それでよければどうぞ。」
と引き受けたのが、発端である。
ただ、本音かどうかはともかく、やけに小心な御仁で
「下手をすれば、住所不定で警察のお世話になるかも。そうなったら国外追放かな?」
とびくびくされていた。
それにしても、あちらこちらで転居らしき風景には出くわすので
「この緊急な時に、シンガポール国内での転居を許さないのはなぜだろう?」
といぶかしくも思ったけれど、それはそれとして、我が家への転居も無事終わり、郵便局への転居届も終えた頃には、すっかり元気を取り戻され、平常の生活を楽しまれるようになった。ただお互い在宅勤務で、四六時中顔を合わす可能性もあり、気まずい思いをすることも少なくなかったのは事実であるけれど、これも人を見るいい経験になったと、古希を越した爺の回想である。
この知人、最後の挨拶をされていよいよ我が家を去られるとき
「二か月間、警察に逮捕されないでよかったです。今日から住居は決まります。」
と、述懐されたのには
「本音で、心配されてたのか!?」
と、驚かされた次第である。
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2020年06月19日

思い出話 83

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私達は、窓際のテーブルに向かい合って席をとった。
信一郎君と呼ばれた男の子は、その人の隣にちょこんと座っていた。
「それにしても4年半ぶりですか?」
と、私はようやく口を開くことができた。
「最後にあったのは善一郎君が、予備校に通い始めた頃の5月だったから、昭和44年以来かな?」
と彼女は、返して私を見つめた。
私は、またまた何を言っていいのか分からなくなって、黙っていると
「恋焦がれていた女性と久しぶりに会って、嬉しくないの?何か怒ってるみたい・・・。」
「怒ってませんよ。でも何を言っていいか分からなくて。」
「成長していないなぁ。じゃ私からいろいろ報告するわ。結婚が5月、次の年の10月末にこの子が生まれたの。だから今信一郎は、2歳半。この子の名前は、私の好きだった君の名前から一部貰ったのよ。」
と一方的に話して、
「どう、少しは感激した。」
と私を覗き込むように、見つめた。私はようやく
「『信一郎挨拶しなさい』と仰ったとき、少し驚きました。まさか、僕の名前からとったなんて!」
と答えると
「正直言うとね、いくつかの名前の候補があった中で、私が信一郎を迷わず選んだの。これも何かの縁でしょ。」
と、その人は付け加えた。コーヒやジュースが運ばれて来た頃、私の緊張もようやく解けて、素直に話ができるようになった。
「北海道に転勤ですか。それにしても遠いなぁ。」
という私に、
「札幌市の豊平区って聞いてるわ、住所は。またはがきでも下宿に送るから。」
と言って
「夏休みじゃないの今は?」
と不意に話題を、私のことに切り替えてきた。
「来週には、大学院の入試があるんです。本当のところ、この三週間余り落ち着かなくて。」
という私に、
「へぇ、まだ勉強するんだ。来年には就職かと思ってたのに。」
と意外そうな顔で答えた。そして
「落ち着かなかったのは、まさか私のせい?」
と尋ねたので、
「これも何かの縁でしょう。」
と答え、
「時々見かけたって書いてましたが、声をかけてくれたらよかったのに。」
という私に
「旦那や両親と一緒にいるときに、昔の恋人に声をかけるなんてできないわよ、馬鹿ねぇ。」
とつぶやくように答えた。
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2020年06月12日

球梅雨近し

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先週からプロ野球の練習試合が始まっている。長距離の移動を避けるべく東地区8チーム、西地区4チームに分かれての練習試合である。3月のオープン戦が終わって、さて一週間後にペナントレース開幕となった頃の自粛要請、甲子園春の選抜が中止になる等して、プロ野球の開幕の延期が決まった。野球狂としては、曰く言い難かったけれど、現時点では安全距離を保っての社会活動以外の妙案はない。それゆえ已むを得ぬ仕儀と、諦めていた。
それでもとうとう、6月19日からのセパ両リーグの同時開催が決定し、球春ならぬ球梅雨と相成っている。ただ当分は、無観客での試合になるのだろう。この間、プロ野球選手にも数名の感染者が出ていたけれど、さすがというべきか彼らは重篤化はしなかった。
無観客といえば、相撲3月場所は無観客だった。競馬も無観客で開催されている。ヨーロッパでは、サッカーの試合も無観客だという。プロスポーツが無観客で実施されたら、団体としては収入激減。テレビの放映権があるとしても、入場料収入の皆無は馬鹿になるまい。アメリカ大リーグでは、開催可能試合数が例年の三分の一程度の50試合になる模様で、だから給与も三分の一と経営者側が発表、選手側から猛反発が出ていると、マスコミ報道が伝えている。金銭が絡むと、エゴとエゴのぶつかり合いになる、とりわけ狩猟系民族は。
そんなことよりも、アメリカ合衆国の差罰主義に対する抗議、なかなか収まりそうにない。給与闘争なんぞより、もっと深刻な問題だろうに・・・。

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2020年06月04日

トロントCNタワー

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6月4日(1989年)は、天安門事件の起こった日である。
あの頃の私はといえば、名古屋大学から大阪大学への転勤を一か月後に控えていながら、カナダトロントへの出張で慌ただしくしていた。CNタワーへの落雷を、光学観測しようと提案して、トロント大学やマクマスター大学から招待を受けていたのである。
転勤前の3週間ほどをトロントで過ごしたのだが、この時はすでに鬼籍に入られた空電研究所技官の長谷さんと出張した。空電研究所での先輩のNM さんが設計した、雷放電の進展速度を光学的に測定する装置を、トロント大学の屋上に設置してCNタワーへの落雷を観測した。ただこの年1989年の成果は皆無で、1993年までの5度の夏を経て、大いなる成果を出し、それが一番弟子WDさんの学位論文の一部となっている。
この観測に至った経緯は、その前年1988年スウェーデンのウプサラで開催された国際大気電気学会(ICAE)で知り合った、今はこれまた鬼籍に入られたマクマスター大学の張教授から、
「NMさんや河崎さんの光学観測なら、CNタワーを狙うのが最適だよ!」
と教えられ、Canadian National Science Foundation に張教授に応募して頂いたら採択されたというのが本当のところなのである。トロント大学ヤニセフスキー教授が招待主ということで、大学の宿泊施設に泊めていただいて、電気工学科の研究室に毎朝通った。ヤニセフスキー教授の研究室にはマイク技官がいて日本のアニメーションオタクで、それでも技術的にはいろいろ役に立ってくれた。早い話長谷さんが装置の概念や稼働法を詳しく教え、私達が帰国した後でもきちんと操作可能なように手配した。装置が稼働しだすと天気の良い日は大いに暇で、CN タワーを訪問したり、ナイアガラの滝を訪問したりしたものである。

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2020年06月03日

サーキットブレーカー緩和

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シンガポールでの、サーキットブレーカー緩和の第一ステップが昨日から。
いやはや道路上の自動車は、ほぼ以前通り。とりわけ走っているタクシーの数が多い。
ということは、通勤者の数が増えたということだろう。
半面、昨夕のパシリス公園、散歩する人の数が大いに減ってしまった。コロナ効果で健康維持を目指して、朝夕に散歩する人が多く、多数が健康志向だったのが、社会が平常に戻った途端(?)、生活がほぼ元通りになってしまうということか?
喉元過ぎれば熱さを忘れる、つくづく人間って、愚かだなぁと思う。
ただ有り難いことに、現時点ではこの国での感染者の劇的な増加は報告されていないようだ。
一方日本もほぼ同じ時期に緊急事態を解除したが、途端に東京では30名を超す感染者が出て、一日後の昨夕に緊急事態宣言が再び出される始末。
そもそも、今回の新型コロナウィルス、感染か否かの意味で、存在の検知ができるとしても、本質的なことは未だ霧の中じゃないか。感染者数が減ったのは、経済活動を制約して、安全距離をとるようにしているからだけであって、どこぞの総理がおっしゃっているように、決して新型コロナウィルスを制御できているからではないことは明々白々。
ここは我慢強く、安全距離を忘れずに、根気よくワクチンのできるのを待つしかないというのが、私の理解である。
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2020年06月01日

水無月朔日

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水無月朔日
シンガポールのサーキットブレーカーが続いている。
完全なロックダウンではないものの、外食や集会は禁止だし、安全距離確保に関しては、それなりに厳しい。ただ今日からいくらかの制限解除もある。会社への出勤は、かなり緩和されるとも聞く。ただ私のような高齢者は、もう一か月、自宅からのオンライン勤務を強いられているらしい。これはCEOのアンカウさんに直接確かめたから間違いはないようだ。
「まさか、このまま首になるんじゃないでしょうな?」
と冗談半分で尋ねたら
「もうしばらくは、働いてもらいたい。」
と、笑顔が返ってきた。
テレビ会議は、相手の顔も見え真意を確かめやすく、これだから有難い。
サーキットブレイカーという名目下での、在宅勤務が始まって一ヵ月半、おかげでというべきだろうか、夕方の近くにあるパシリス公園への散歩がすっかり習慣化した。そして5月の一日平均が10,000歩を超えたのは、我が事ながら目出たくもある。かみさんとアリスの三人(?)で夕方6時前から出かけ、一時間半ほど歩く。公園内で、アリスはかみさんの自転車と競争して爆走、すっかり走ることに興味を覚えてしまったようだ。
それなのに犬を怖がる悪癖は依然として抜けない。公園までの道すがら、他の犬に会おうものなら尻尾を巻いて逃げまどっている。爆走中は出会う犬は目に入らないらしいので、どうにかこういう状態を保てないものかと、あれこれ思案している。
しかし困ったものだ。可愛がって育てたのはいいが、アリスは自分を人間と信じているのかもしれない。だから他の犬を怖がる、臆病者になってしまったのだろう。犬嫌いの犬なんて、まったく有り難くないものなぁ。
日本では、小中学校の休校も今日からはあらかたとけると聞く。
とりあえず、一歩前進か?
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2020年05月29日

弟子三号

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弟子たちの話をしていたつもりが、話題の中心がどんどん発散してしまった。
もう一度弟子達との思い出に戻りたい。
博士号指導という意味での一番弟子は、中国からのWD君、二番弟子はWM君、その次の年度は五十音順にUT君、OJ君、KM君に加え韓国からのLJ君と4名同時に博士課程に進学して、まさに大所帯となった。先日も紹介したようにKM君は、絶縁診断・予防保全が研究主題で、他の三名は雷放電の研究である。
このうちUT君は、四年生の卒業研究配属(1992年度)で松浦研究室に配属されてきた、俗にいう内部たたき上げの博士課程学生で、大阪大学にとっては「金の卵」であった。ただ四年生の配属時には、絶縁診断・予防保全のテーマでやってきたのだが、あれこれ話し合ってみれば、くじで外れた結果の卒研テーマで
「雷放電の研究に興味がある。」
ということであった。そこで大学院入学試験後修士進学が決定した時点で、直接の指導教官として私は、松浦教授に対しての造反を試みた。松浦教授は、研究室内の研究テーマに関しては、常にバランスを考慮される方針であったのに対し、私は学生の希望に合わせ延びる方向に育てることに重きを置いていたので、造反に舵を切ったのである。
「造反」と、いささか大仰な言い回しをしたけれど、UT君はまだ四年生で何の罪もなく、卒研を始めるにあたって、私は松浦教授に
「本人は、将来博士課程にまで進学する意思があるようですし、雷放電に興味があるようですから、テーマを変えさせてもらいます。」
と願い出た。松浦教授は、少し不快感を示されたけれど
「絶縁診断・予防保全は、留学生の李さんとで、今のところ十分回っていますから。」
と付け加え、ある意味強引に納得してもらった。
ただ研究室の談話会で、他の教官が
「UT君は、絶縁診断が卒研のテーマではなかったですか?」
と、詰問され本人は浮足立っていたようだが、松浦教授の
「了解していますから。」
の一声で、この件は沙汰止みになった。
ちなみにUT君は、現在大阪大学の教授として教鞭をとっておられ、あの時の造反はあれでよかったのだと、今更ながら納得し安堵している。
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2020年05月23日

仲間の事

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大阪大学に転勤して数年間は、ともかく我武者羅だった。
雷観測だけでも、私自身が計画したカナダトロントでの光学観測、これは夏6月から9月、名古屋大学グループが中心であった晩秋から冬の初めにかけての、奥獅子吼でのロケット誘雷実験、松浦研が古くからやっていた雷観測、年明けから二か月間福井県と滋賀県の県境山中峠でとあり、年中研究室を留守にしがちであった気がする。ただ名古屋大学空電研究所当時と違うのは、学生に対しての講義の義務があることで、一週間は休講で切り抜けたとしても翌週には帰阪しておかねばならなかったのはある意味辛かった。
その反面有り難かったのは、松浦教授が、
「フィールドの仕事は、研究室の学生が全員手伝うこと。卒研のテーマが雷放電であろうがなかろうが・・。」
といった方針を貫いていてくださったこと、えてやん、いっちゃん、K君達と仲良くできたのも、野外観測で寝食を共にする機会が多かったからであろう。ちなみに山中峠での観測は、今は鬼籍に入られてしまった山本さんが仕切っていらっしゃった。山本さんは温厚な性格の反面、頑固一徹な一面もあり何度か衝突もしたけれど、長く良好な関係を築けたと信じている。
この山中峠の観測は、私の転勤後二冬続いたと記憶しており、私自身も何泊か観測に参加した。敦賀界隈は、冬季雷の訪れが遅く、卒業研究にその成果を盛り込もうと考えている学生諸君には、いささか酷な条件であった。研究を委託してくれている電力会社の基幹送電線が、冬季雷の被害を受けて以来だったが、やがて山中峠の観測はやらなくなってしまうのであった。というのも科学研究費でアメリカでの観測が採択され、その流れからオーストラリアダーゥインでの観測が、これまた採択され、山本さんが協力してくれることになったからである。
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2020年05月18日

季節の変わり目?

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昨日は、午前中の雷雨に続き、終日雨模様であった。
夕方には、二時間ばかり曇天だった。
その曇天の間をついて、アリスをパシリス公園まで散歩に連れ出したけれど、帰宅途中には雨が降り出していた。そして夜中頃まで、しとしと雨が続いていた。
当地の友人によれば、雨季から乾季への変わり目で、この時期雨天が多いけれど、
「その内安定するよ!」
ということらしいのだ。
ただ一言愚痴を許してもらえるなら、年中夏のこの国では、我々が抱いている季節感は乏しく、年ごとに友人の仰る内容が変わる気がする。とはいえネット検索によれば、乾季は4月から11月とあるので、友人の先日の言葉は、あながち間違ってはいなかったのだろう。ついでにネット検索の結果を披露するなら、統計的に一年で一番あついのは4月11日とあった。
今年はロックダウンで、出勤はしていないけれど、去年までの経験によれば、この時期の朝の通勤時は結構爽やかな風が吹いていた筈。
「気象は常に異常」
であることを考慮すれば、今年は乾季への移行が例年に比して遅くなっているということになろうか。
ともかく今朝は、朝から風も吹いて快晴で心地よい。
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2020年05月17日

辛い記憶

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夕焼け空を見て、遠く離れている故郷を思う気持ちが普通だろうに、
「夕焼け空は、原爆の惨状を思い出させるから嫌いだ!」
といった話が、新聞のコラムにあった。
そういえば、ずいぶん昔の友人ながら
「クリスマスは、嫌いだ!」
というのがいて、子供の頃の体験から来るのだろうと勝手に想像、その原因を尋ねることが憚られたこともあった。思い出からの連想は千差万別だろうから、自身の価値観を押し付けるのは、確かにどうかと思う。そんなことを考えていたら、中学校に入学した当時のことをあれこれ思い出した。
私の通った中学校には,当時近郷の三小学校から進級していくことになっていた。仲の良かった一人が、大阪市内の私立中学に進級していったけれど、残りの仲間は地元の中学校に進級したと記憶している。その中の一人に、小学生時代には秀才で、リーダー的存在で人望の厚かった同級生がいた。小学校からあるいて10分程度のあたりにその同級生の家があった。小学生時代には一緒に大阪市内まで、中学受験の模擬テストを受けに行ったこともあった筈である。
その同級生、中学一年の中頃から急に勢いを無くし、高校に進学する頃にはすっかり輝きを無くしていた。後々考えるに、そのきっかけは体育館での全校集会の事件にあったのだろうと、私は理解している。何の集会だったかは覚えてはいないが、ともかく長くつまらない行事だった。その集会でその同級生が粗相をやってしまったのである。居眠りしていたためか、どうにも我慢ができなかったのか、いずれにしても大した問題ではないはずなのに、多分本人は、心に大きな痛手を負ったのだろう。
風の便りでは、数年前に鬼籍に入ったとも聞いたけれど・・・。
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