2025年12月21日

冬至十日まえ

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
気になるので、Chat GPTに尋ねてみた。
「冬至十日前、阿呆でも知る。」
放送禁止用語の意味を、である。
祖母から半世紀以上も昔に教わり、長く信じ続けていたこの「諺」の本当の意味に関して。
「冬至の頃には、日が短くなって来るので、だれでも冬至の日の近いことが分る。」
というのが、祖母の解釈だったのだが、どうも少し違うらしいと気付き始めた。
果たして実際、Chat GPTの答は以下のごとく
「冬至も十日ほど前になると、日の入りが少しずつ遅くなるので、だれでも冬至の近いことに気付く。とはいえ日の出も遅くなるので、一日の日の長さとしては冬至が最短である。」
だそうで、この説明はこの説明で納得である。

lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

冬至

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
祖母がよく言っていた「冬至十日前、阿呆でも知る」。今日では放送禁止用語に違いない、古くからの言い回し。その冬至が明日だったか今日だったか?とはいえシンガポールに戻っているので、さすがに日の短さは気にならない。祖母の口癖は、中緯度に位置する日本ならではのこと。これがもっと高緯度なら、そう例えば北極圏内なら、全くお日様を見ない日が続くのだろうに。一方シンガポールのこの時期、雨が多くまさしく雨季である。そしてその分気温も低めで凌ぎやすい反面、我が家のワンコ達にとっては、散歩不足・運動不足の毎日である。
でも昨日の午後は漸く雨が上がって、アリスとシロは久しぶりのドッグランを楽しんだ。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2025年12月18日

後発地震?

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
「後発地震注意情報」が、昨日ようやく解除された。
ただ解除されたものの、「とはいえ油断しないでください!」とのコメント付きでの解除だけに、一般大衆の方々は「本当に、訳が分からない。」といったところだろう。寺田虎彦の名言に、「天災は忘れた頃にやって来る。」というのがあったように記憶しているが、気象庁の出す情報は、「天災の来るのを忘れないで!」といった具合で、皮肉な言い方をするなら「あつものに懲りて、なます吹く」といった具合に思えてならない。
ただこのブログでも何回か取り上げているように、地震発生の予知は実に難しい様だ。ところが阪神淡路の震災のあと、「地震電磁気学」が話題となり、その専門家の先生方は「予知可能である。」と何度も学会発表なさってはいるものの、なかなか地震の専門家の先生方には認知されず、現時点では宙ぶらりんの状態のような印象を、私天邪鬼爺は持っている。地震学者の先生方には、長年かけて「予知は難しい!」と結論しただけに、「電磁波で予知」といった話題が出てきて、メンツにかけてもといった具合なのかもしれない。岡目八目的には、両専門家が同じ土俵で議論しつくしたらと、この爺は考えているけれど、その機会は今のところ期待薄。困ったものである。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2025年12月16日

貝塚商店街

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
昨日南海電車貝塚駅界隈を歩いた。天邪鬼爺が生まれた市の、最大の商店街だった筈。あんなにゆっくりと時間をかけて、貝塚駅下がりを散策したのは、はたし何年振りだろう?
まず驚いたのは、貝塚グランドストア(私達の子供の頃は闇市とよばれていたっけ)の変わり様。本来いくつもの食料品店があった筈なのに、入り口付近に洋装品店が一店舗有るだけ。あとは全てデイケア関連の施設だった。よくよく考えれば、一番直近に入ったのは、高校を卒業した頃だったろうか。だからなんとまぁ半世紀近くも昔という事になる。だから、変わっていたからといって、そんなに驚くにはあたるまい。そもそも建屋自体平屋だったのが三階建てになっていて、二階には高校受験のための学習塾が出来ていた。少子化が問題となっているというのに、「塾がそんなにあっても、過当競争にならないのだろうか?」なんぞと考えながら、グランドストアを出て、駅下がりを西に向かう。「商店街」だというのに、まさにシャッター商店街。地方都市の勢いのなさを、しみじみ感じながら「月曜日だから休みなのかな?」なんぞとも考えた。祖母の弟が経営していた薬局がシャッターに名前だけをとどめていた。その付近にあった二軒の映画館も、きっちりとなくなっていた。四軒あったパチンコ屋も消えており、「ナポリ」というしゃれた名前の食堂だけが、無くならずに営業していた。「ナポリ名物オムライス」だったかなぁ。そして不意に、1964年の東京オリンピック、バレーボール女子が金メダルを獲得し、その主力部隊だった「ニチボウ貝塚」のパレードを、薬局の二階から眺めたことを思い出した。それとて、61年も昔の事だ。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2025年12月15日

ゲーヤン来る

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
昨日午後、友人のゲーヤンが訪ねてきてくれた。
いつの頃からか、一時帰国の私を週末に訪ねてくれるようになって、午後の小一時間をとりとめのない話で過ごしている。コロナパンデミックの折にはそのような往来はなかった筈だから、多分最近四年といったところだろうか。そして今日の「与太話の中心話題」は、ゲーヤンが、定年間際の数年間に、大学から高専そして私大へと、職場を慌ただしく変えるようになった顛末であった。私大は福岡県にあり二年間か三年間かは、丁度その頃サービスの始まったLCCサービスを利用して、毎週往復していたと聞かされた。ちょうど同じころ私天邪鬼爺は、エジプトアレキサンドリアに赴任していて、経緯を詳しくは知らなかったので、ある意味驚きというと大仰ながら、新鮮な気がした。
ゲーヤンは、以前にも紹介してあると思うが、岸高の一年後輩で入学してきたのだが、私が高校二年おり網膜剥離を患い、結果的には一年留年となったので、卒業は同じ年度。そこから予備校、大学、大学院(博士課程まで)と一緒で、60年を越す付き合いである。付き合いというより、腐れ縁というべきかもしれない。自分でいうのも妙な気がしているけれど、いやはや長い友人関係である。家人は彼と私をからかって、「恋人以上やねぇ!」とのたまう。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2025年12月13日

老人病の総合商社?

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
赤穂浪士討ち入りの日
とはいえ、江戸・元禄の頃は太陰暦だったから、季節としては後一か月ほど先だろうが。


昨日、一昨日と二日続けての午前六時起床。午前七時水間観音駅発貝塚行に乗るため。つけても昨日の朝は実に寒かった。今冬一の寒波来襲との天気予報通りであった。それでも自宅から水間観音駅までを15分で歩けたのは、76歳11か月の爺の身には大いに嬉しい気がした。高校生時分ですら15分かけて歩いていた筈で、ある意味喜ぶべきかもしれない快挙であったろう。
さて二日続けての早起きは、淀川キリスト教病院での検診目的で、初日は血液検査のための採決に続き、皮膚科、泌尿器科、そして眼科、二日目は循環器内科、高血圧と、洒落ではないが「俺は老人病の総合商社か?」とぼやきたくなる程。処方されている薬は、朝夕で毎日10錠も飲まされている始末。高血圧とは大阪大学に赴任して5、6年足った頃だったから、かれこれ30年の付き合いとなっている。ちなみに今朝病院で測ったら、最大108、最低59、脈拍64とあったから、すっかり正常値であった。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2025年12月10日

大学改革の失敗 9

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
つい最近も、「国立大学で再び授業料値上げ──苦境に立つ国立大学経営」なる見出しを、インターネット新聞で目にした。科学技術・学術審議会(旧・科学技術総合会議)の助言を受け、文部科学省が大学改革を重ねれば重ねるほど、大学の状況が悪化していく。この矛盾には、もはや「いやはや」と言うほかない。
本来、大学教育とは未来への投資であったはずだ。江戸から明治へと時代が移り変わったとき、明治政府が西洋の近代国家から学んだのもまさにその点である。最初に設立された東京帝国大学は、官吏を育て、国の将来を担う人材を輩出することを期待された。その後、これに対抗するように京都帝国大学が創設され、さらに五つの帝大が順次誕生していった。こうした歴史を振り返るなら、大学間に序列があるのは自然なことであり、元大学人としても「序列ゆえの不利を被った」と感じたことはない。
それゆえ、大学の横並び化を目指す改革を否定するかのように登場した「国際卓越研究大学」構想には、どうにも腑に落ちないところがある。つまるところ、明確な序列付けにほかならないからである。しかも公募形式で改革計画を提出させ、その内容で順位を付けるという手法は、あまりに唐突であるように思われる。
大学の歴史や研究者の名声があったとしても、提出された計画自体が「卓越」しているとは限らない。その意味では今回の審査方式は、公平といえば公平であろう。しかしながら、そもそも「国際卓越」にふさわしい内容かどうかを、一体誰がどの基準で判断できるのだろうか──そこに大きな疑問が残ってならない。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2025年11月25日

復活!花粉症

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
一か月ほど前から、アレルギー性鼻炎、俗にいう花粉症に悩まされている。
花粉症と、私天邪鬼爺との付き合いは長く、半世紀に及んでいる。当時は未だ「花粉症」が広く世間に知られる前で、耳鼻科で診察を受けたら
「急性の蓄膿症です!」
といわれ、大いにショックをうけた。博士課程在学中の1975年前後のことであり、先に述べた「付き合いは半世紀に及ぶに」の根拠である。大いにショックを受けたのは、小中学生時代の同級生が、蓄膿の手術を受け長期間学校を休んだのを覚えていたからである。
当時「セカンドオピニオン」を求めるといった習慣があったかどうかはともかく、別の耳鼻科を訪ねたら、「スギ花粉症です。」と診断され、「スギ花粉に対しての防衛反応が過剰すぎるための症状です。」と教えられた。そして投薬とは別に、診察後温かい塩水で鼻を洗う処置を受けた。鼻に温かい塩水をパイプで送り込んで、もう一方の鼻から塩水を出すという処置で、これが結構つらかった。耳鼻科処方してくれる薬は、残念ながらあまり効くこともなく、あれこれ試された挙句、ツムラの漢方薬が一番私にはあったように思う。ともかく夏の声を聞くと鼻水が収まり、翌年の一月末頃までは嘘のように、穏やかな日々が過ごせたものである。
ところがそんなスギ花粉症、世紀の替わる頃には、煩わされることがすっかり無くなった。世紀の替わる頃といえば50歳になった頃で、勝手に「老化で感受性が落ちたからだろう!」なんぞと自己診断していた。それに丁度教授への昇進の時期でもあって、「精神的に落ち着いたからかなぁ?」なんぞとも考えていた。
そんな「花粉症」、喜寿・77歳を前にまたまた復活。いやはや困ったものである。ただ家人が用意してくれた鼻を洗う市販薬、生理食塩水でかつての様に処置するのだが、やってみても全く鼻の奥が痛むという事はない。半世紀の時を経て、すっかり改善されたのには、うれしい限りである。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2025年11月23日

問題児シロ

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
昨日昼過ぎから家人と一緒に、二匹のワンコ・アリスとシロを連れて、East Coast Park (ECP)に出かけた。ECPにはフェンスで囲われたドッグランは無いけれど、陽射しを避けてピクニックの出来る東屋がそこかしこに点在し、その周りが結構広い芝生広場になっていて、ワンコ達を自由にしてやることが出来る。それに20mか30mも海岸に向かって歩けばJetty(桟橋)と呼ばれて多くのコンテナ船が停泊する港があり、シンガポールの活力を目の当たりにできるうえ、チャンギ空港に頻繁に下りてくる航空機を見るのも、なかなかのものである。ともかく180度は開けており、解放感は申し分ない。それに海に近いだけにそれなりの風も吹いて、熱帯のわりには涼しいので、ピクニックには最適(?)である。
ただ問題は、我が家のシロは結構攻撃的で、近くにほかの犬が寄ってくると吠え立てる。相手が犬好きのお方なら、吠えて追いかけても、最終的にはお互いに適当な「ソーシャルディスタンス」をとることをご存じで問題は無いのだけれど、過保護な飼い主さんはすぐ自分の「お犬様」を抱き上げる。となるとシロはますます図に乗って、その飼い主のかかとやズボンに噛みついたりするのである。実際昨日もそんな悶着を起こしてしまって、止むを得ず後半はリードでつなぐという羽目に相成った次第。この噛みつき癖を治す方法ははてさて無いものか?
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活

2025年11月13日

熱い水?

⇒⇒⇒⇒読後に投票願います!
シンガポールの友人としゃべっとってな、「hot water(熱い水)」いう言い回しが気になってしもたんや。
日本語やったら、湯と水は別もんやろ。
多分やけど、中国の人らも湯と水はきっちり分けて使うはずや。
もともと漢字そのものが中国から来たもんやさかい、当然っちゃ当然やけどな。
ほんでシンガポール人の場合、英語と中国語を両方使うやん。
せやから、湯と水は別もんとして扱いながら、英語では「hot water」「cold water」
この両立、どないして頭の中で矛盾せんのか、不思議でしゃあなかったわ。
思い出したんが、数年前アメリカ人の友人と「手のひら」「手の甲」について話したときのことや。
日本人は「手の表と裏」やなんて言わんやろ?
それぞれ別の呼び方がある。
せやけどそのアメリカ人、しばらく考えてから「the front and back of the hand」言うてきたんや。
掌と甲、漢字文化ではちゃんと区別されとるのにな。
別に「漢字文化のほうが優れとる」と言いたいわけやない。
けどな、細やかな表現ができるっちゅう点では、やっぱり東アジアの言葉文化、あなどれんで。
lanking.gif
クリックして読後の投票を!


posted by zen at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活