東北・白神山地のブナの古木が、とうとう力尽きたちゅう記事を読んだ。
樹齢四百年超。ちゅうことは江戸の初め、まだ徳川さんが「これからやでぇ」と言うてた頃に芽ぇ出した木や。人間の都合で区切る年号なんぞ知る由もないのに、ようぞまあ四百年も立ち続けてくれたもんや。
とどめ刺したんは数年前の台風。関西空港の連絡橋に船をぶつけて、「自然の猛威」とテレビが連呼してた、あの騒動の主役や。あれが日本海に抜けて北上し、その余波で古木の幹が折れてしもうたらしい。
その後も何度か芽ぇを吹いて、「まだや、まだ終われへん」と言わんばかりやったそうやけど、ついに枯死確認。――合掌、やな。
何でもかんでも地球温暖化のせいにするのは好かん。流行語みたいに振り回すんは、知性の敗北や。
せやけどや、日本海を北上する台風が常態化しとるんは、やっぱり気候が変わっとる証拠やろ。天邪鬼爺が覚えとるのは一九九一年。青森のリンゴがえらい目に遭うた年や。「わけありリンゴ」がスーパーに山積みになっとった。ああいうコースの台風は、十年か十五年に一度あるかないか、ちゅう印象やった。それが今やどうや。珍しさが売りやったはずの異常が、すっかり日常顔やないか。
ほんでや。
「人間の営みも自然の一部」やて?
そらそうや。人間も炭素でできとる。せやから化石燃料掘り出してガンガン燃やして地球を温めるんも、自然の摂理の一部や、言われたら理屈の上では否定でけへん。
せやけどな、「自然やからしゃあない」で済ませるんやったら、文明なんぞ最初から要らんのや。原因を突き止め、影響を減らす工夫をする。それができるんが人間やろ。
ブレーキ踏める生き物が、アクセル全開で「これは自然や」と言い張るんは、ただの開き直りや。
せやから、気候変動を「でっちあげ」扱いするどこぞの大統領の態度は、どう考えてもおかしい。
四百年立ち続けたブナより、よっぽど寿命の短い政治家が、未来を軽んじる。
なんとも皮肉な話やないか。
天邪鬼爺は、木ぃ一本の死を美談にするつもりはない。けどな、四百年の時間を思うたら、人間の「今だけ、金だけ、自分だけ」は、あまりにもせこい。
せめてブナに笑われん程度の知恵は、持っときたいもんやな。
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