2026年07月26日

雷から身を守るには

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今日隣の町内にある桜のテラスで、久し振りに、本当に久しぶりに「雷から身を守るには」の講演をやらせて頂く。
大阪大学に在職当時の平成10年代には、夏の風物詩の如く声がかかり、多い年には吹田市や豊中市、はたまた高校への出張講義等々で、一夏で五回も六回もやらせて頂いたものである。それでも雷による悲惨な事故は、一向に無くならなかった。それゆえ大気電気学を生業にしている身として、責任の一端を感じていた。確かに、この天邪鬼爺一人の努力だけで、被雷事故が無くなる筈もないし、それでも努力は無駄にはならないと信じての啓発活動であったと記憶している。
ただ今日の講演は、生まれ故郷活性化の意味もあって、「すいてつ沿線魅力はっしん委員会」の依頼でやらせて頂くのだが、講演会場の都合もあってパソコンを使わない講演となる。それ故大気電気学会で編纂した小冊子「雷から身を守るには」を講演会参加者に配布させて頂いてやらせて頂くことになっている。資料に沿った講演で、天邪鬼爺自身、そのような形の講演は初めてで、久しぶりのこの種の講演という事もあって、心なしかハイテンションの天邪鬼爺なのである。
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2026年06月20日

落雷日変化

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今朝の朝日新聞第一面、全国の落雷分布を解析し
「時刻・地域に偏りがあり!」
と、大々的に報じている。
へっぽこながら大気電気研究者・雷放電研究者の天邪鬼爺としては一言二言申し上げねばならない。早い話、第一面トップの記事は、もう何十年も昔の大先輩達が、調べつくし明らかにしていた内容で、何をいまさらといった気がする。雷活動の「日変化(一日24時間の落雷分布の移り変わり)」といわれるもので、国内はもちろん世界中の同様の分布が明らかにされている。天邪鬼爺なりの理解では、1930年代であったろうか、カーネギー博士が示した「カーネギー曲線」が一頭最初ではなかったろうか。
確かにあの当時の測定機器は、今日のそれに比べ性能的には大いに見劣りすることは事実ながら、定性的な観点での一日の雷放電活動、地域分布が明らかにされている。最新の装置で定量的に明らかにしたという観点では評価するものの、夏場午後4時頃から6時頃にかけての雷活動を伴う夕立として、一般大衆にも知られている。地域的な偏りも国内では、群馬、栃木の雷活動の多さ、世界に眼をやればアフリカ中央、東南アジア、ブラジルが世界の「三大煙突地域」として知られている。煙突の意味は、積乱雲が対流圏界面を変えて発達し、赤道帯の熱エネルギーが高緯度地域に輸送されていることからの比喩である。
今回の記事、夏をひかえての啓発活動としての意義はあることは間違いないけれど。
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2026年05月10日

ロケット誘雷実験

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母の日
数日前、マレーシアのロケット誘雷成功したことを紹介したやろ。
今週初めの5月3日月曜日の事や、と報告受けた。
誘雷実験やっとるんは、マラッカ海峡に近い実験サイトやで。
ただ難儀なんは、マレーシア側の都合で、午後7時以降でないとロケット発射でけへんらしい。そもそも雷活動なんちゅうよなもんはお天道さんが決めるんで、人間の都合で時間決められたら、ほんまに成果は上げ難い。まぁマレーシア側の都合から言うたら、一般大衆の活動時間は、ロケット打ち上げんで欲しいちゅう言い分も、あるんやろけどな。打ち上げの高さは、地上100mちゅう制約もあるらしいんで、これもまた難儀な制約やな。それからもうひとつ、この時期の雷活動は、マラッカ海峡より、ちょっと内陸のクアラルンプールの方がずっと活発や。そういう意味では、北東モンスーンの10月〜12月の方が、誘雷実験に向いてるんかもしれへん。マラッカ海峡を移流してくる雷雲が、夜中から明け方にマラッカ界隈で雷活動活発やから。次の実験は10月以降にと聞いとるんで、成果を期待やな。
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2026年05月07日

マレーシアでも誘雷

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近畿大学のマレーシアグループとの国際プロジェクトSATREPS(Sponsered by JICA &JST)で、ロケット誘雷実験で初の誘雷が成功したそうだ(May 3, 2026)。本来ならこの爺も現地で誘雷実験に参加していて、仲間達と喜びを分かち合いたかったところながら・・・。
ともかくインドネシア・プンチャパスでの誘雷成功(1991年4月)以来、35年の時を経ての赤道帯(低緯度)での成功で、めでたいの一語に尽きる。加えて言うなら、プンチャパスは海抜2000m近い高地で、雷雲の電荷位置に比較的近いという環境での誘雷あったのに対し、今回はそのような高地ではないので、雷放電物理の研究という意味ではより適しているのではと理解している。
ロケット誘雷実験は、我が国では名古屋大学にグループが、1980年代90年代に石川県河北潟や獅子吼高原で200回近い成功を記録し、その後アジア諸国に技術移転をと目論見、インドネシアのバンドン工科大学、インドネシア宇宙研究所やインドネシア電力と7〜8年に及ぶ共同研究を行っている。この共同研究で10数回の成功を成し遂げ技術的な移転は終っていた筈なのに、日本チームが参加しなくなると、インドネシアのグループが消滅してしまって、今日では影も形もない。そこで愛弟子のタケシ君をたきつけての今回のSATREPS,
こんどこそ東南アジアに、このロケット誘雷が根付いてくれることを願っている。
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2026年04月16日

マレーシアの雷放電

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近畿大学主導で行われているマレーシアでの雷観測(SATREPS)。
ハイスピードカメラで傑作が記録できた。

いやはや嬉しい限りである。
詳細な説明は、専門的過ぎるので省かせてもらうけれど、この記録の時間長は、一秒にも満たない短時間であることを、強調しておきたい。

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2025年12月31日

誘雷したでぇ

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大晦日 2025年も今日でおしまい。21世紀の四半世紀が終わる。

石川県・河北潟でのロケット誘雷実験、昨日未明二回成功しやった。マレーシアから何人も研修かねて来てるちゅうのに、そもそも冬季雷が無かったんやから、どないもならんかった。責任者のタケシ君にしてみたら、気が気でなかったやろう。天邪鬼爺がシンガポールにおって、誘雷に気ぃ付いたんは、マレーシアのハジク君が、スチル写真をフェースブックにあげやったから。それに岐阜大のウさんが稼働してるFALMAが、日本海を南下してくる雷活動を捉えてたもんな。ともかく、誘雷実験は雷活動がやって来んことには、人間の力ではどないもでけへん。ひたすら機会を待つだけや。タケシ君を手伝ってるユウジ君もほっとしてるやろな。まぁとりあえずめでたいこっちゃで。ほんで気になるんは、その誘雷を河北潟で稼働してるVHF干渉計がきちんと記録できたかちゅうことやけど、これはマナブ君に確認してもらうんやけど、丁度年末年始の休み期間中やよって、確認までに時間かかる。まぁしゃぁないなぁ。ひたすら待つしかないかなぁ・・・。
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2025年12月25日

VHF LCI

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VHF波帯広帯域干渉計を、私達はVHF LCI (Lightning Channel Imager)と呼んでいる。つまりこの装置は、雲放電であれ対地放電であれ、放電開始のかなり早い時期から放電の終焉まで、その進展の様相を捉えることが出来るように設計されている。しかしマナブ君やマイケル君が機能を高めてくれた当時は、実時間処理よりも研究室にデータを持ち帰っての詳細な解析と理解に重きをおいていた。というのも我々は放電のすべての過程を観測結果を通して明らかにしたいと考えていたからである。専門外の方から見れば、雷(雷放電)は「かみなり」だが、大気電気学に関わる我々は、放電の初期過程、放電の進展と枝分かれ、放電の進展中に密度の高い逆極性の電荷群に遭遇した場合の振る舞い、さらには大地に到達して対地放電となった場合、引き続いて起こる多重落雷、ここでは専門用語はあえて示さないけれど複雑なのである。(この稿続く)
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2025年12月24日

SATREPS

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「国際卓越研究大学」構想、どなたが考えたんだろうと、シンガポールに居て思案を巡らせている。そのついでにといっては何だが、私・天邪鬼爺が長年取り組んだ、VHF広帯域干渉計の研究に思案が及んだ。
大阪大学を定年退職して来年3月で13年となる。その間前半は一般の会社の籍を置いて、研究とは無縁の6年間を過ごした。そして最近7年間は私立大学で教鞭を取っているタケシ君を応援して、JICAの公募SATREPSの立ち上げに貢献した。そもそも研究に再び目を向けるようになったきっかけは、東南アジアで開催されている国際会議で、「VHF波帯広帯域干渉計」に関する研究論文の発表を偶然見かけたからである。本家本元の大阪大学では、もはや誰も続けていないというのに、正直驚いた。そして年甲斐もなく負けず嫌いの性格もあって火がついた。確か古希を迎えた年であったろう。
そしてあれこれ調べてみると、大阪大学で工学博士の学位をとって、バンドン工大に帰って行ったレディーさんが、2007年だか2008年だかのこの地での国際会議で発表したのがそもそものきっかけであったと聞かされた。さらにはICLPという国際会議で、ニューメキシコ鉱工科大学のマイケルさんが、マナブ君との共同研究で格段に機能をあげることに成功した新バージョンを発表し、東南アジアでのVHF波帯広帯域干渉計のブームに火をつけたと聞かされた。マレーシアからインドネシアにかけて、雷活動の激しいことは紛れもない。その地で我々の干渉計が役立っている。いやはや嬉しいことこの上ない。とはいえ本家本元が貢献していないというのは、何か違う。それがタケシ君を応援してのSATREPS立ち上げのきっかけとなったのである。
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2025年11月12日

ブラジルで竜巻 2

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「ブラジルで竜巻!」の報を聞いて、その話題をもう一日続ける気になったのには理由がある。私が天職としている雷放電は勿論ながら竜巻も「積乱雲」がその原因で、もう20年程も昔に
「『降雹、豪雨、落雷、突風、竜巻』の五現象のいくつかをあるいは全てを伴う。」
と、電気学会誌の解説論文を執筆したことがある。これは気象関係者にはほぼ常識かも知れないが、私のもう一つの活動の場である、電気・通信・電子工学の関連者にとって、落雷被害以外は直接かかわりのない事ゆえ、是非とも認識してもらいたいと考えたからである。かみ砕いて言うなら、「積乱雲」は大気の不安定がきっかけとなって上昇気流が発生、その速度がある程度以上になると大気の断熱膨張となり大気温が下がる。その結果大気に含まれる水分が氷結、成長して雹・あられ二へと成長、そしてその雹・あられが電荷分離に貢献、雷雲となる。やがて雹・あられが落下を開始し、落下中に溶けることになり周囲の大気の温度を下げることになる。気温の下がった大気は下降流となる。一方「積乱雲」成長の過程でねじれがあると、その甚だしい場合には竜巻となるといった具合なのである。ただ残念ながら、警鐘を鳴らしたつもりでいたのだけれど、あまり認知度が上がっていないのが正直な現状である。あの当時「雷嵐(らいらん)」という造語まで作ったけれど、気象の専門家の方々には不評で、彼らは「極端気象」という造語でいまでは席巻している。
ひがんだ話はさておき、今日社会現象化している「線状降水帯」も、雷放電(大気電気学)の専門家としては、水分量の観測的理解は勿論肝要と認めたうえで、雷放電活動もパラメータの一つに加えてもらいたいというのが本音なのだが、残念ながら道程はまだまだはるか先といったのが私の理解である。
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2025年10月23日

雷放電について

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夏の風物詩である雷は、古来より畏怖と信仰の対象でもあった。「風神雷神」の名画に象徴されるように、その姿は人々の心に強く刻まれてきた。江戸時代に描かれた尾形光琳や俵屋宗達の傑作を、実際にご覧になった方も少なくないだろう。
雷が自然科学の研究対象となったのは、18世紀半ば、欧米で盛んに行われた実験の時代である。中でも有名なのが、ベンジャミン・フランクリンによる「雷雲下での凧揚げ実験」である。彼はこの実験を通じて、
「雷放電は雲の中における電気的な現象である」
ことを初めて実証した。さらに、雷の危険を防ぐ手段として避雷針を考案し、その実用性を世に広めたことで、今日に至るまでその名が記憶されている。
余談ながら、我が国にも19世紀初頭にフランクリンと同様の実験を行った学者がいたことをご存じだろうか。中環(なか・たまき)という人物である。鎖国の只中にあって、わずか半世紀の遅れでこのような実験が行われたことは驚嘆に値する。当時唯一の交易国であったオランダを通じて、蘭学の知識として伝わったと考えられる。
さて、雷放電が再び科学の焦点となるのは、1930年代のことである。技術の進歩により光学観測が可能となり、アメリカや南アフリカの科学者たちは「ボイズカメラ」を用いて雷の進展速度を測定するようになった。
さらに1970年代には、雷放電が放射するラジオ周波数の電磁波を利用した研究が始まり、いわゆる「落雷位置標定装置」が実用化された。この装置は、雷撃位置をほぼリアルタイムで地図上に表示できるもので、アメリカで実用化された後、日本でも電力会社を中心に導入され、今日では全国ネットワークが構築されている。
雷放電とひとことで言っても、その実態は「対地放電(落雷)」「雲放電」の二種類に大別される。前者は雲内の電荷が大地に向かって放電する現象であり、後者は雲内で完結する放電である。いずれも光と音を伴うが、先述の光学観測や標定装置が対象とするのは主として対地放電である。
科学者の探究心はそこにとどまらず、
「では、雲の中では何が起きているのか?」
という新たな問いを生んだ。
この疑問に答えるべく、関連の研究者たちはテレビ周波数帯(VHF/UHF)の電磁波に注目した。1980年代後半以降、日米欧で進められたこの研究では、雷放電の進展先端から放射される電磁波を観測することにより、「雷の走る様子(放電路)」を可視化できるようになった。特に、光学的には見通せない雷雲内部の様相までも鮮明に描き出すことが可能となった点が画期的である。
中でも「VHF波帯広帯域干渉計」と呼ばれる装置は、大阪大学において発案されたものであり、現在では世界各国の研究者が利用してくれている。
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