2015年05月22日

関東地方の激雷

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
今日は専門的な話ながら,いささか皮肉っぽい話題である。
日本のテレビ放送を楽しんでいたら,
「関東で雷が猛威!」
とのニュース。
さてそのニュースの中で,
「雷がものすごく激しくで,マンションの窓ガラスが割れた。」
と報じていた。
専門外の方々は,このニュースをご覧になったら,
「さぞかしものすごく大きい落雷が!」
と理解されるだろうが,これは全くの感違い。勘違いは決してご常連ではなくて,誤解を招くような報道をする放送局なのである。
実は雷放電(落雷)は,放電路と我々の読んでいる雷電流の通り道を一瞬で加熱するので,衝撃波が発生する。それゆえ落雷地点がガラス窓に近ければ,よほどの強化ガラスでない限り割れて必然なのである。放送局の方々は専門家でないとはいえ,科学部もあるだろうから間違っても
「ガラス窓が割れるほどの強烈な落雷でした。」
何ぞといった報道をしないで欲しいものである。
早い話雷活動の激しさと窓ガラスの割れるのとは,何の因果関係も無いのです。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究

2015年04月25日

広帯域干渉計2

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
昨日から,VHF波帯広帯域干渉計という,雷放電を詳細に二次元(もしくは三次元)で,目に見える形にする装置の事を話している。
大仰にいうなら,私が雷放電の研究,大気電気学の研究に取り組むようになって,定年で大阪大学を退職するまで,ひたすらその装置を改良し,観測を実施しながら,改良に努めてきたという事になる。
私自身の中で明確に干渉計という装置を意識したのは,1985年6月のフランスの国際会議で,フランス人のフィリップ リチャードの発表を聞いた時だから,今年で30年という事になる。運が良かったのは,その当時所属していた研究所の隣の研究室に,太陽電波写真儀という大型装置を研究しているグループがいて,その原理が電波干渉計そのものであったことであろう。一方当時の干渉計は,今でいう「狭帯域干渉計」であったし,私自身最初はフランスの装置のデッドコピーから取り掛かり,1990年代中頃になって「広帯域干渉計」という阪大グループのオリジナルな装置を手掛けたので,実際には丸20年というのが正確かもしれない。
昨日も書いた様に,最近は他の研究グループでも「広帯域干渉計」を用いる様になってきており,ここに至るまでの紆余曲折はともかく,苦労のし甲斐もあったと正直思っている。
さらにはここにきて,いわばライバル側のスタッフであったニューメキシコのマイケル君が「干渉計の方が面白い!」
と,我が方のグループに参加し,究極のVHF波帯広帯域干渉計を目指して取り組んでくれている。究極とは,1秒間100万点から200万点の放射源を3次元でそれも実時間で推定してしまおうという,稀有壮大な取り組みである。マイケル君と私の理解は,
「これが出来れば,非常に時間分解能の高い,受動的なレーダともいえそう!」
といったところにあり,今からおおよそ半年間の研究が鍵となりそうなのである。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究

2015年04月24日

広帯域干渉計1

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
たまには、雷放電研究の話題を取り上げたい。
夏の風物詩である雷活動は,古来より信仰の対象でもあったようで,「風神雷神」という名画も江戸時代に描かれている。実際尾形光琳や俵谷宗達の傑作を,ご覧になった方も少なくは無かろう。そんな雷放電が,自然科学の対象となったのは,1750年代欧米で行われた実験,中でもベンジャミン・フランクリンによる雷雲下での凧揚げの実験であろう。フランクリンはこの実験で,
「雷放電は,雲の中の電気的な現象である。」
事を証明している。ただ何人かの科学者の中で,ベンジャミン・フランクリンの名のみが現在にまで残っているのは,彼がその対策として避雷針を考案し,それが今日でも利用されているからであろう。
余談ながら,我が国にも1800年代初頭に,ベンジャミン・フランクリンと同様の実験を行った中環(なか・たまき)という学者が、泉州は熊取にいたことをご存じだろうか?鎖国時代の我が国にあって,僅か50年遅れで実験されているというのは驚きであるけれど,私の理解では,当時唯一の貿易対象国であった,オランダ(蘭学)を通して知り得た情報という事になる。
そんな雷放電が,再び自然科学の対象となるのは,技術が進み様々な光学観測が可能となった1930年代で,アメリカ合衆国や南アフリカの科学者たちが,「ボイズカメラ」を利用して,雷放電の進展速度を計測するようになって以降という事になる。その後,雷放電の放射するラジオ周波数の電磁波を利用した研究が1970年代になって実施され,俗にいう落雷位標定装置が実用化されている。この装置は落雷位置を,ほとんど実時間で地図上に表示できる装置で,米国で実用化され,その後我が国にも電力会社を中心に導入され,今日では国内ネットワークが実現されている。
今まで雷放電と一語で表現して来たけれど,正確には雷雲内の電荷が大地の導かれる「対地放電(落雷)」と,雲の中で放電が完結してしまう「雲放電」の二種類がある。両者とも,雷鳴と電光を伴うのが普通で,先に述べた光学観測や落雷位置標定装置は,対地放電に対する研究であり,科学者の常として
「それなら雲の中ではどうなっているのだろう?」
との疑問が沸いてくる。そして研究者達は,テレビ周波数帯の電磁波(VHF/UHF)に注目するようになり,1980年代後半以来日米欧で取り組まれることになった。この電磁波は,雷放電が進展するその先端から主として放射されるので,専門家が放電路と呼んでいる「雷様の走る様子」が,電磁波により可視化される。透明度が悪く,光学観測では見ることのできない雷雲の中の様相まで,くっきりと描像できるのである。我田引水ながら「VHF波帯広帯域干渉計」と呼ばれる装置は,私達大阪大学 環境電磁工学領域の発案になるもので,今日世界各国の研究者達が利用するようになってきている。嬉しくもあり、誇らしくもある。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究

2015年03月29日

落雷電流を測る実験

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
たまには,私の専門の話題を取り上げたい。
ひょっとしたら,一,二ヶ月前にも取り上げたかもしれない話題。ただ年齢を重ねると,色々なことを忘れやすい上に,話しがくどくなるものなので,その点はご容赦を・・・。でもって,話題は俗にいうFlash densityに関して,つまり統計に基づいて1年に1平方kmあたり,果たしてどれくらい落雷数があるだろうかと点についてである。それも私の現在滞在している,シンガポールに関してである。
何の統計によるのかは明らかではないものの,当地の耐雷・防雷の専門家は,Flash densityを20という。ちなみに雷雨日数は200日以上というのも,もっぱらのうわさ(?)である。
本題のFlash density に戻せば,20/year/km2 と表すことができる。この20を多いと考えるか,少ないと考えるかは,専門外の方ならかなり主観によることになるのだが,専門的観点からいうなら,多いと断定して間違いは無い。そしてこの判断は,私一人では決してない。
この判断をよりどころに,仲間が200m×200m程度の更地に,ちょっとした鉄塔を建設して落雷電流を測ろうという実験を実施した。Flash density 20を勘案すれば,この広さへの敷地内への落雷は,1年に一回程度というのが統計の教えるところで,さらにいかに鉄塔を建てようとも,この敷地内への落雷の10度に1度くらいしか塔には直撃しまい。
(これも統計的な推論であるが,詳しい説明は省略する。)
さて先ほどの実験,丸三年を経過して二つの塔への直撃を合計3度と聞いた。塔を100m以上も離して立てているので,敷地内に可能性のある落雷(一年一回だから,三年で三回)を,都合良く全て捕捉したということになる。まぁ高いものが被雷しやすいということを,証明したようなものになるのだろう。だから実験としては,まぁ効率的であったというのが私の判断,ただ仲間の何名かは
「シンガポールは,雷が多いというのに,あの地域は実験には向いていない。思いの外あの地域は雷が少ない!」
と,不満たらたら。さらに三年の実験継続が決定されそうなのだが,実験場所を変えようかと主張する人もいる程である。私は,実験場所を変更するのは,得策ではないと主張しているけれど・・・。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究

2015年01月23日

降れば土砂降り

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
職場の同僚,Jさんから尋ねられた。
「経験から判断すると,頻繁に雷活動の無いときの方が,雷被害が大きいように思えてならないのだが。何か矛盾しているよねぇ!」
というのである。この質問を聞かされて,私は即座に10年以上も昔,アメリカの地球物理学会誌に採録されたTRMM/LISの論文を思い出した。そして
「エルニーニョの時,インドネシア西部では雷雨日数が減るのに,そんな時の方が激しい雷雨となるという論文を書いたことがある。だからJさんの経験による理解は,きっと正しいですよ。」
と答えた。
この論文は,インドネシアからご夫妻で私の研究室に留学されていた,Rさんの奥様Eさんが,衛星観測の結果を一年半分,それもインドネシアに拘って解析した結果がもとになっており,当時としては関連研究者の間でちょっとした話題となった知見である。まさかシンガポールの耐雷・防雷関係会社の同僚が,いかに経験に基づくとはいえ,一昔以前の論文内容に迫る様な知見を持っていようとは,大いに驚かされたしだいである。ちなみにこの一見矛盾したような現象,私は
「降れば土砂降り!」
と理解して,Eさんに解析の間違っていないことを保証した。この場では表現しきれないけれど,他の観測結果も併せて,矛盾のないことを確認してある。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究

2015年01月17日

BOLTサイトサーベイ

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
今日はこの爺の,満66歳の誕生日,月並みながらめでたくもあり,めでたくもなし。
その根拠,敢えて説明の要なしと存ずる。
さて昨日,奈良県の五條まで出かけた。BOLTのアンテナサイトを求めての遠出である。サイトサーベイというべきだろうか?同行は,ポスドクのW君とマスター学生のA君で,貝塚の自宅から阪和道・近畿道を駆って阪大吹田キャンパスへ。そこで両名を拾って,近畿道を逆戻りし,南阪奈道を経由して御所にでる。さらに南下して最終目的地の五條に到着したのが,ほぼ予定通りの午後12時50分頃だったろうか。そもそも五條には闇雲に出かけたのではなく,奈良県元職員のNさんにお願いし,候補地の選定をお願いしておいたというのが実際のところ。お蔭で二つの候補地を,比較的短時間に訪問が出来,私は二番目に訪問した候補地が最適と判断した。この判断はWさんも同じで,結論として二番目に訪問した候補地に,BOLTのアンテナを置かせて頂こうということになった。
こういった候補地へ訪問は,私にとって久し振りで,雷放電研究に取り掛かった頃先輩のNさんに連れられて北陸界隈を駆った頃を思い出した。あの頃はそれこそ闇雲以下のいい加減さでサイトサーベイに出かけたものだが,昨今ではGoogle Earth何ぞという気の効いたアプリケーションがあり,遠出に先立っての,机上見当も可能である。有難いものである。
帰路には,奈良県中部のBOLTのアンテナサイトを巡って,吹田キャンパスに戻り,午後六時から千里阪急ホテルで,チームの結団式を兼ねたM君の歓迎会を実施。シンガポールで知り会って以来,プロジェクトの立ち上げに不可欠となったKさんも駆けつけてくれ,それなりに盛会となった。M君W君ら若い人達との語らいは,ついつい萎えかけるこの爺の気持ちを鼓舞してくれ,大いに勇気づけられた。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 10:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 雷の研究

2015年01月16日

LIVE一か所三次元

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
昨日は,久しぶりに元の職場でフル稼働。
10時過ぎに出勤(?と表現するのも何やら妙だが・・)し,あれこれ書類の整理。昼食は,在職当時あれこれ世話になったO媼の居室にテイクアウトのカレーを持ち込んでの談笑。O媼は,かれこれ70歳後半でボランティア同然の条件で,キャンパス内で働いて下さっているお方である。その後は午後一時から,メーカーと打ち合わせ。M君の野心的挑戦を実現するには,アンテナの設計を変えねばならない。そのための打ち合わせで,M君の話す英語を日本語に訳して,メーカーの担当者にお願いをした。
その後は,エジプトの留学生T君と面談。放っておくと,素知らぬ顔で手抜きを決め込むT君だけに,箸の上げ下ろしにまで言及せねばならない。案の定,
「この二週間頑張りました!」
との自己申告は立派ながら,どうも眉唾な話ばかりする。
余りのいい加減さにうんざりで,適当に切り上げ,4時からのM君との議論に備える。そしてM君とは,LIVEのReal time化やさらには高精度化,さらに可能なら一か所三次元化の方策を,まさにホットな議論。ただしM君,実用化より科学利用目的に立った理論武装で,
「科学より,利用者の利便性!」
と常日頃,シンガポールの仲間達に非難されている言い様を,ついつい言ってしまう。
ただ米国人の凄いのは,そんな私の注文にも,素早く体制を立て直して臨んでくるてんで,日本人ならこうはいくまいと,全くの一人合点であった。
いずれにしても蒲距窒フスタッフが漸くそろってきた。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究

2015年01月14日

官民イノベーション

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
ニューメキシコからM君がやって来た。
官民イノベーションのプロジェクトで,起業するのにどうしても必要な戦力である。
このM君,今は東京の電通大で職を得ているA君と一緒に,VHF波帯広帯域干渉計を理想的なレベルにまで引き上げるのに貢献してくれた。本来ならA君と二人を雇用して,製品化の加速度を上げたいところだが,A君にはA君の都合もある。ちなみにこの干渉計,製品として売り出すときにはLIVE(Lightning Imager by VHF Emission)と命名の予定で,実時間での稼働を目指している。
官民イノベーションで考えている製品化にはもう二つあり,それらは弟子たちが作り上げてくれたBOLT(Broadband Observation network for Lightning and Thunderstorm)と,エジプトの連中と設計したTED RADAR (Tsunami Early Detection RADAR)である。TED RADARは正直なところ,今少し研究をといった具合の開発途上機器ながら,生来の楽天かゆえか,年内には目鼻がつくだろうと,たかをくくっている。
いずれにしても,ほぼ出来上がっているBOLTはこれまたポスドクのW君が担当,TED RADARは不肖小生が担当し,ともかくも前進3〜5年をめどに上場しようという,野望に近い決意で,官民イノベーションに臨んでいる次第。
話しを先頭に戻すなら,LIVE製品化そのための必要不可欠な戦力がM君なのである。
そしてW君は,BOLT製品化に,TED RADAR製品化はこの小生が担当させて頂くのである。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究

2014年12月25日

邂逅1

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
今年2014年も余すところあと一週間。
今年もここシンガポールで越年して,帰国は1月9日の予定。
昨日も書いたように,この地の年末年始風景はこの爺には,いささかというより大いに違和感がある。思い越せば,この違和感を初めて持ったのが,冬季雷観測で越年した1983年11月末から1984年1月中旬のノルウェーの小漁村セリエ村での事であったろうか。
11月23日に成田を発って,ソウル,パリ,オスロと乗り継いで11月末にはスカンジナビア半島西端の碑もある小さな漁村セリエ村に到着。ノルウエー・トロンハイムにある電力研究所のヒュッセ氏が,多分交渉して準備してくれていたのであろう,避暑用の一戸建てを借り切っての観測となった。当時この爺もまだ30歳前半で,未だに研究者として自分の進む道を探しあぐねていたとの記憶がある。その1〜2年前ころから,同じ研究室の先輩Nさんに北陸での冬季雷観測に「お手伝い」という名目で連れて行かれるようになっていたので,雷放電の研究に対しての私なりの興味も湧き始めていた頃で,今から考えればあのノルウェーでの観測が,私の背中を強く推すことになったに違いない。
同行はその冬季雷観測のリーダーで,今や故人となられた竹内助教授一人,セリエ村での一か月余りの生活は,大いに味気ないものであったと記憶している。それに竹内助教授は,研究者にしては観測機器音痴で,我々がスローアンテナ,ファーストアンテナと呼んでいる装置の接続は,手を後ろに組まれて見ていらっしゃるだけで
「河崎君,意外とやるねぇ。観測はこれで二度目,三度目?さすが工学部出身だけあるんだねぇ?」
と,妙な感心をされていた。
ただ雷放電が起こった後には,記録されているデータの再生に,驚くほど夢中になっておられたのは事実である。
いやはや年の瀬になってのふっとした邂逅で,明日からあの時の顛末を続けてみたい。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究

2014年12月08日

雷雨

⇒⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
大東亜戦争,開戦の日。そんな今日,シンガポールはいきなりの篠突く雨。おまけに,経験した中でも一二かという程の,雷である。この時期シンガポールは雨期,現地の人々は,Monsoon season という。ともかくも一日一度は雨が降り,さすが熱帯を実感させる。そんなこの地で,何とか雷観測をと努力の毎日であるが,一年三ヶ月を経て未だ実現していない。
愚痴はともかく,雷の凄かったこと。
何度もこのブログで紹介している様に,この爺大学教員時代は,豪州ダーウィンで15年にわたり雷活動の地上観測を行ってきた。あの折の雷活動もかなり激しく,雷鳴の切れ目を知らなかった程である。一緒に観測を行った学生のK君は,
「まるで,ディズニーランドのエレクトリカルパレードだ!」
と,言った。私は残念ながら,ディズニーランドに行ったことが無く,パレードのなんたるかも知らなかった。ご常連様は,エレクトリカルパレードをご存じだろう。雷鳴の切れ目が無いだけでなく,電光ですら切れ目が無い程である。そのダーウィンの雷活動にも負けない雷活動が,このシンガポールでもあるのだ。早い話,文字通りオーバーヘッドの雷活動で,窓ガラスは震え,それも一二分おきに近くへの落雷なのである。だから,少し遠くの雷放電も含めれば,ピカピカが光りっぱなしなのである。たまたま,昼間の雷活動だったから,雷鳴は聞こえても電光は切れ目なしの印象は得難かったけれど,これが夜間だったらと思えてならない。だからこそこの地の雷活動を観測したいのである。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷の研究