2019年06月20日

体育の日考

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またまた大阪弁で書かせてもらう。
朝日新聞の「しつもん!ドラえもん」
「体育の日が、来年から呼び方が変わる。」
ちゅうのんがあって、その答えが
「スポーツの日。その理由は、なじみやすいように。」
ちゅうて書かれたった。
わいはカタカナ言葉を意味もなく否定するわけちゃうけど、この変更は気に入らんなぁ。
わいの親しい友達に、徹底的にカタカナ表現に逆らってるのんがおるけど、時代ちゅうのもあるんで、已むを得ないこともある。せやけど「体育」を「スポーツ」に変えて、親しみが持てるとは思えんし、小中学校の授業「体育」ちゅわんと「スポーツ」ちゅうんか?全く論理がないやんか。
話変わるけど、来年の東京オリンピックに併せて、呼び方変えておまけに来年だけ「スポーツの日」を、七月に移すらしい。カタカナ書きも腑に落ちんけど、オリンピック開催時期に移すちゅうのんも気に入らんなぁ。これも交通渋滞を避けるためちゅうてるけど、本音は国民総動員して馬鹿騒ぎ盛り上げたいからちゃうんか?そもそもスポーツの日(体育の日)と来年のオリンピックは、何も関係ないやろ。確か体育の日は、1964年の東京オリンピックを記念して、全国民の健康増進を図る意味から作られた祭日やろ。せやから毎年、体力測定なんかやって啓発に努めてんちやうんか。来年だけちゅうても、まさか真夏の炎天下で体力測定も出来んし、いやオリンピック中継見てたら、それこそ運動不足になって本来の狙いから外れてしまうんちゃうんか。今の内閣は、平気で長い休み作ったり、休みの日変えたりあれこれ閣議決定したり、全体主義のにおいがプンプンや。ほんまにこれでええんやでかいな。
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2019年05月31日

豚肉じゃないと思えば?

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「豚肉じゃないと思えば?」
と、モスリムに告げたというインターネット版の記事をよんだ。そして
「モスリムのことを、知らなさ過ぎた!」
という自己反省の分析も記載されていた。
これはとある日本の会社で、同僚にモスリムがいて食事時だろうか、ふと口をついて出た言葉なのだろうと、推測している。確かに、モスリムに豚肉を食べるよう強要するのは、明らかに間違った行動だろうと確信する。豚肉の摂取を禁止する文言が、彼らのコーランにあることも事実で、子供の頃からそのように教えられてきているので、豚肉に対しては乗り越えがたい障壁のあるのは事実だろう。
それでもとこの爺は考える。
豚肉を受け付けないのは、結構精神的なものであろう。実際わが国でも、明治維新の頃には牛肉を食する英米人を見て気持ち悪がったという話を聞く。それとモスリムの豚肉に対する障壁を同一視はできないけれど、一方モスリムの言う豚肉は体に悪いという論理は全くなりたたない。だから彼らも、豚肉に対する偏見を捨てることができたらよいのになぁと、この爺は考えている。というのも、かつてある晩さん会に招待されたモスリムの友人が、何も考えず飲み込んだという話を聞かされたことがあり、
「気持ちは悪かったけど、病気にはならなかった!」
と、付け加えていたから。宗教上のこういった禁忌は、論理的には無意味に違いない。ついでに言うと、ヒンズーの、牛肉だって・・・。
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2019年05月28日

化けの皮

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先日、全くの偶然で高名なお方のSNS記事に出くわした。
この爺、本質的に理科系とか文科系とかいう括りで縛ることは本意ではないが、それでもあえて言うなら「理科系」の分野で御高名なお方である。現役を引退され、なおかつ国の機関の要職に就かれているお方、園遊会や桜を観る会にも出られたと聞いている、そして出くわしたSNSには、本名で記事を記載されており、何やら文人を気取った雰囲気で内容であった。
「さすがになぁ!」
と一人感服しながら読み進むうち、
「・・・五月・卯月も終わる。」
と結ばれていたのには、若干いや大いに興ざめ。鼻白むだというべきだろうか?
「なんや、背伸びして書いてはったんかいな。無理せんでええのに!」
というのが実感で、そう考えて読み返すと、何やら薄っぺらい内容に思えてしまった。
話は代わるが、西洋花札大統領の「Reiwa One!」にもしらけさせられた。正しくは「Reiwa the first!」というべきじゃないのかなぁ。いやなに、大相撲の表彰式の「表彰状」の話ですが。
背伸びしても、化けの皮が直ぐ剥がれるという話です。
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2019年05月26日

おおやけとパブリック

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朝日新聞天声人語氏から。
「おおやけ」と「パブリック」、本来同じ意味である筈なのに、どこか語感が違うとおっしゃる。それで語源を調べられたら、「おおやけ」はもともと「おほ(大)やけ(宅)」で、本質的には「お上」だというのである。一方「パブリック」はラテン語の人々から派生したそうで、「公共」の意味が生き生きしてくるとあった。逆に言うと、我が国の場合は、お上が知らしめるという意味からの「おおやけ」だということなのである。
「お上」のお達しを我々の先輩たちは忠実に守った。とりわけ江戸時代以降はそうだったのだろうが、なぜか大坂人達はそんなお達しに、結構意図的に逆らったようだ。だから大阪のおばちゃんたちの衣装が派手なのだという、テレビ番組を見た。時は天保、「倹約令」が出て、「華美な服装はさけるように!」のお達しも、馬耳東風、大坂商人の経済力で知らぬ顔の半兵衛を決め込み、それが現在の派手な衣装の原点だというのである。かかる意味で大阪の人達の行動は、パブリックに近いということになるのだろう。
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2019年05月19日

讖緯思想

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昨日の余韻から。
十干十二支、たぶん古代中国人の考案なのだろうが、実によくできていると感心する。今年の我が国日本の元号の改元で、その印象が特に強い。というのも、古代中国当時は今日のような「西暦」なんてものはないし、世界も小さかったからでもあろうが、それでも「一年」という認識はあったろう。だから何年か前の出来事、何年か後の計画といったことを考えるのに、「甲子から始まって癸亥で終わる」60年は、当時の平均寿命よりはいくらかは長いこともあって、十分に機能したろう。これにこれまた彼らの考案になる元号と合わせれば、確実に年を特定できることになる。
確か高校の日本史で「讖緯思想」というのを習ったはずで、17条の憲法が甲子の年に当たり、そこから逆算して神武天皇の即位年を作り上げたのだ、と教わった記憶がある。少し話が飛躍してしまったが、
「歴史は60年毎に繰り返す。これは小さな繰り返しで、60年の21回分1260年で大きく歴史の展開が変わり新しくなる。」
といった内容であったと記憶している。つまり歴史の教師の仰りたかったのは
「神武即位後皇紀2600年(昭和15年)なんてものは、歴史的には甚だ怪しい!」
と、教えたかったのだろう。
まぁそんな批判的な話はせておき、60年をひとくくりにする年代の数え方は、中国の発送。そして時代は移り変わり、モバイルの5G論争、これまた中国が合えりか合衆国を一歩リードとは、やはり歴史は繰り返すようである。
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2019年05月13日

飛翔体その後

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アメリカ合衆国の西洋花札大統領、今回の北の将軍様の火遊びには
「信頼を損なうことはない!」
のだそうな。大陸間のミサイルでないから、危険は合衆国の本土には及ばないということなのだろう。しかしだ、火遊びを許す、許さないの線引きはそんなところにある筈がないのは当然。ただ追従総理は多分右へ習えで、
「条件を課さないでの面談」
をと、希望され続けるに違いない。
それにしてもと思う。
「外交に自国の考えというか戦略というかがないのか?」
あまりにも条件闘争的なのである。
これでは、我が国と北の将軍様の国の問題は一向に前には進まない。
拉致家族の問題だって北の将軍様は
「すでに解決済み!」
と公言してはばからない。これとて我が国外交の主体性のなさ、アメリカ合衆国依存体質の故なのだろうとは、私の理解である。
アメリカ合衆国大統領が右というから右、左というから左というお追従外交では・・・。
おりしも大相撲五月場所、花札大統領が優勝力士に記念品を贈呈するそうだが、これとて大統領の人気取りのお先棒担ぎに他ならない。
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2019年05月06日

イスラエルとパレスチナ

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イスラエルとパレスチナ、ますますエキサイトしとるがな。
2000年以上も続くごたごたやから、おいそれと片付く筈はないけど、火に油注ぐよなことしてんのは、アメリカ合衆国のトランプ大統領やろ。首都の移転をいきなり承認したり、アメリカ大使館を新しい首都に移転したりと、パレスチナの神経逆なですることばっかりやっとる。
そもそもや、よその国のことにあれこれ口はさんだり、特定のグループに肩入れしたりすることはタブー、絶対したらあかん。人道的に許されへんグループの暴挙があったとしても、内政干渉は混乱を助長するだけや。混乱させてその国を乗っ取るつもりがあっても、今のご時世やったらそれは許されへんこっちゃから、トランプ大統領もそこまでは考えてへんやろうし。
ついでに言うと、ベネズエラもなんやきな臭いなぁ。現政権はどっちか言うと反米やし、反政権は親米やこれまた介入するんかなぁ。
そんな風にして世界中にごみまき散らしてんの、アメリカ合衆国なんやでぇ。
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2019年05月04日

言論の自由

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昨日は、朝日新聞阪神支局を「赤報隊」が襲撃し、記者の一人が犠牲者となって32年目であった。1987年5月3日が事件の発生日なのである。
それにしてもと思う。
主義主張は個人によって違うのは当たり前。私自身個人的には左寄りが好ましいと考えているけれど、右寄りから左寄りまでいるから社会が回るとさえ考える。今はやりの言葉でいうなら、多様性(ダイバーシティー)が、我々の社会には肝要なのである。それゆえ主義・主張が違うからと言って、相手を抹殺するのは赦せない。とはいえあの事件はもはや迷宮入り。さらに悲しいのは、あの事件はもはや風化し思い出すお方も少なかろうという点である。その一方では、改元と絡んで日本中が馬鹿騒ぎをしている。確かに人間は記憶を永久に持てるはずはないけれど、あの事件だけは忘れてはいけないと強く思う。憲法記念日に、言論の自由を否定するような暴挙をマスコミ報道に対して起こし、だからというわけでもないだろうが、ここ十数年政府は言論の自由を奪いような法律を立て続けに成立させているではないか。そしてマスコミ報道は、政権に忖度してか、批判の切っ先が極めてぬるい。
私の持論ながら、マスコミ報道の使命は、政権に対峙すること。それができないマスコミ報道なら必要はない。そのためにも今日の風潮の端緒となった、朝日新聞阪神支局の惨事は忘れてはならない。合掌
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2019年05月03日

ほんまにめでたいんか?

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平成から令和へ、日本中が大騒ぎ、馬鹿騒ぎ、空騒ぎ。テレビも新聞も付和雷同・・。
天邪鬼の爺としては、鼻白んでしまうなぁ。
それにしても、なんであんな風に、ほんまに単純に、なれるんやろう。
「あれって日本人の属性なんやろうか?」
なんちゅうてしもうたら、それで終わりやけど・・・。
ほんまのとこ、こんな印象を持つこと、少のうないんや。
群れてる若い連中がや、俄か愛国主義になるときなんかが、そのええ例や。
爺が鼻白むんは、あんなんの行き着く先は、全体主義の暴走に繋がるんちゃうかちゅうて心配になるからなんやで。
今度の改元、どんくらいの人がめでたい思うとるんやろ。
皮肉っぽいこと言うようやけど、雰囲気に流されてるだけとちゃうんか?せやからマスコミ報道も、ちっと真面目に考えてほしいもんや。まぁ視聴率さえ取れたらちゅう、質の落ちた報道関係機関になってしもうたんで、考えてほしいちゅうても無理やろけどな。
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2019年05月02日

主権在民

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平成の天皇が退位され、令和という新しい時代が始まった。
天皇制に関しては、肯定的な右寄りの方や否定的な左寄りの方がいて、改元と相まって、日本国内は大騒ぎである。ただつらつら考えるに、天皇が政治的な意味で非常に重きをなしていたのは、平安中期以前と明治維新以降だけではなかろうか。だから近世に限って考えるなら、江戸時代末期の開国以降、欧米列強に追いつけ追い越せと富国強兵を国是としたのだが、その際政府や軍隊が「天皇」を利用したのじゃないかというのが、私の理解である。そしてその最たるものが、大陸への進出であり太平洋戦争なのである。それゆえ大東亜戦争に関して言うなら、戦争責任は最終的には天皇ということになるとはいえ、だからと言って天皇制はすなわち「諸悪の根源」となる筈がない。くどい様ながら、天皇を利用して大陸に進出し、世界における日本という国の存在位置を高めようとしてのは、大日本帝国の政治や軍部であるとは、私の理解である。
ひるがえって、千年以上も国の長として家系がそれなりに続いている国は皆無であろうし、国家主義に走らないという意思、主権在民を固く守る限り、ことさら天皇制を廃止してしまうメリットは私にはわからない。国の象徴として存続していくのが、我が国にとって肝要だと信じている。
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