2020年01月07日

なんで国立競技場建て替えたん?

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七草粥 まさかこの地では期待できないだろうが。

東京2020が盛り上がっている。正確には、マスコミ報道が盛り上げに、一役も、二役も関わっているというべきだろうか。そんな中、個人的に気になるのは国立競技場。元旦のサッカー天皇杯決勝が、こけら落としだったのだが、どうして1964年に建設した旧の国立競技場を壊して、新に建てねばならなかったというのだろう。これが改築か増築だったというのなら、ここまで考えることはないのにと、思えてならない。
我が国日本は、木造建設が主要だけに、古くなった建築物は新たに建て替えるといった傾向もあるだろう。だからと言って旧国立競技場を解体して新たに建てたことには、全く合点が行かない。それに旧国立競技場は。決して木造なんぞではなかった。もし観客席が少ないというのなら観客席を増やすことを中心に考えれば良いのであって、それは今日の技術力なら不可能であるとは決して思わない。
それでなくとも、地球温暖化で警鐘のならされているこの時代に合って、原材料は少しでも少なくした方がよいのがあたりまえ。主催国として、新しいもので世界の客を招きたいという、はやる気持ちもわからないではないけれど、くどい様ながら私には、全く合点がいかないのである。
そもそも東京2020自体、私はあまり肯定的ではない。
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2020年01月05日

文を読む力

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文を読む習慣を持たずに、読解力のつく筈がない。
そんなことは言わずもがなだろうに、国語の受験指導に、
「文を読むことは後回し。設問にまず目を通す。」
と教えるらしい。実際You Tubeなんぞでは、そのような指導をしているのを、現実に見かけることが多い。そうすることで得点力が向上するらしいので、実力がついているということになるのだろうが、私には全く合点がいかない。いやずっと危惧すら覚えていた。そして案の定、
「日本の高校生の文章読解力が、OECD諸国の中で20位。」
という報告である。
先日、漫画やコミックは見て楽しむが、小説や物語を読まないそんな子供達が多いことを、日本の高校生の文章読解力の低下の因として取り上げた。私が小学生の頃週刊の漫画雑誌が発売されるようになり、漫画の功罪が活発に議論された。漫画亡国論を訴える識者もいたようながら、私自身はそこまでは考えることはない。本になじむという意味では、確かに意味があるとさえ思う。ただ漫画を見る習慣を、上手く本を読む習慣に移行できなければ、大仰ながら漫画依存症になってしまう危険性がある。そして現実に、例えば何かの取扱説明書だって、今日では漫画仕立てになっていることが多い程だから、ますますである。
上手いたとえ話かどうかは分らないけれど、柔らかい物ばかり食べていると、噛む力が発達しない、そういったごときなのではなかろうか。世界的な、漫画ブーム、コミックブームで、その発信元である我が国の文化とさえ持ち上げられ、日本という国の政策の一部に取り入れられるほどだから、読解力低下の歯止め策はなかなか実を結ばないような気がする。
議論を最初の話題に戻すなら、設問分をまず読んで試験問題で高得点を得るという術は、第三者の読解力をあてにした方法で、如何に高得点を得ろうとも、それは個人の読解力では、決してないのである。
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2020年01月03日

漫画で勉強ができるか?

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いささか旧聞に属する話題ながら、
「主語はどれで述語はどれという点も含めての文章の読解力は、日本高校生はOECD 加盟国の内かなり下位(20位だったかなぁ)になっている。」
のだそうで、昨日に続いて我が国に関しての危機的状況である。ただし先の順位、数学や科学に関しては依然として一位だそうだから、この爺の心配も取り越し苦労かもしれないけれど。
取り越し苦労だったとしても、文章の読解力の原因に関しては、この爺一言も二個とも申し上げたい。それは日本発の文化ともてはやされているポップアート、早い話漫画である。最近は、歴史や科学などにも漫画が一役買っていて、子供達の興味を煽るよう工夫されている。そのこと自体、つまり導入部を平易にするという意味において、あながち否定できない部分もあるが、その平易さに慣れてしまって、まともな文章を読む習慣が、後々つかないのではないだろうかという危惧が頭をもたげる。それに高校受験、大学受験を考えたら、こういったやり方で、子供達を鼓舞するのは手っ取り早いのは間違いなかろうが、同じことを文章を読んで、あれこれ思案を巡らし、それぞれの頭の中で論理を組み立てる習慣の欠如が、文章の理解力をお粗末にするに違いない。
ついでに言うと、活字離れを嘆いている出版社だって、名作・古典を漫画化して売らんかなのビジネス展開をしている。そしてそれが世の保護者の多くに喜ばれているから、いかんともしがたい嫌いがしている。
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2019年12月24日

製造業の生産性 4

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非常に穿った見方をすれば、アメリカ合衆国の口車にすっかり乗ってしまって、日本人の多くが、消費文明を基礎とする享楽型社会を追求するようになったことが一番の原因ではないだろうか。
昨日も書いたように、「青年よ大志を抱け」が死語となり、「末は博士か大臣か」なんてちゃんちゃらおかしい時代となってしまった。大志を抱かないから生産性が下がるというわけではなかろうとの反論も聞こえそうだが、国の最高責任者が、テレビタレントを集めて浮かれているようでは、話にならないとつくづく思う。
爺の私はああいった傾向はいかがなものかと考えるけれど、若い人達の何割かは、
「総理大臣は、話の分かる人。身近な人であり面白い人である。」
と理解するようで、親近感を感じるらしい。
古いといわれるかもしれないが、額に汗して働くことが馬鹿々々しいとは思わないまでも、尊いと考える若者が少なくなっていることは、まぎれもない現状だろう。
そしてそういった風潮を作っているのが、国の指導者だったら、これはもう右肩上がりの社会を期待する方が無理ではなかろうか。
確かにお題目として、働き方改革、教育改革、女性が輝ける社会等々を並べていたって、それは掛け声だけに終わるのは、それは当然だろう。(もう一回続きます)
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2019年12月22日

製造業の生産性 2

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「製造業の生産性が、最近20年で著しく落ちているらしい。
その原因の一つが、我が国がデジタル化の時代に後れを取ったからである。
それゆえ、大学入試にAI科目を入れるべきだろう。」
なんぞという、識者の発言。
この短絡的発想って、我が国の若者達の英語で会話したり議論したりする力が乏しい。だから大学入試の英語に、書いたり話したりする能力を確かめる必要。だからセンター入試英語科目に、外部機関の英語試験を使おうと短絡したことと、全く同じ思考パターンだし、さらには国語や数学のセンター入試に、記述式の問題を盛り込むとした案とも同じである。
センター入試のことはさておき、前回にも書いたように
どうして識者といわれるえらいお方は、入学試験制度を変えれば、問題が解決すると、考えるのだろう。
本当に変えたいのなら、教育の有り方、学習の有り方を考えるべきと言いたいのだが、そうなると、世の親達は塾や予備校に子供を送ることとなって、本当の意味での教育や学習の改善にはつながらない。理想論ながら、学校での教育が基本であるべきで、塾や予備校での「学校より一歩先ゆく」教育は、何かいびつじゃないだろうか。そしてこういった世の中の仕組みが、残念ながら大学に入ることを目的とする、我が国のくだらない受験制度をゆるぎないものにしているに違いない。だから大学生になってからの研鑽は希薄な学生諸君が多く、次なる目的は就職することとなって、大学三年生ともなれば学業より就職活動という、本末転倒の社会現象を生み出しているのじゃないだろうか。(この稿続く)
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2019年12月15日

多数決で!

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NHKの俗にいう「朝ドラ」で見た一シーン。
ヒロインの結婚話に父親が反対し、娘の恋人に会おうともしない。父親以外の家族はみな賛成で、一番下の高校生の娘が提案する。
「多数決で決めよう!」
時代設定は昭和30年代の中頃だから、ようやく民主主義が定着し始めた頃だったろうか。私自身も、小学校の児童会では会長を拝命し、あれこれ議論ともつかぬ議論をしたあと、
「では採決します。」
とやったものである。この年になって考えると、なんとも間の抜けていたと考えるのだが、今日の国会も似たようなものとの実感が否めない。悲しいことながら、指導者のセンセイ方も、その程度の意識しかない様、つまり国の運営は多数決でやればいいという理解しかない様なのである。これは大いに憂うべきで、まるで小学生並みの理解力の方々が、国の指導者になっていらっしゃるということになる。ついでながらアメリカ合衆国の大統領も御同様で、それでも今回下院で弾劾裁判を行うことが決議されたというから、少しは朗報と考えている。民主主義は、多数意見が国を動かすシステムではあろうが、少数意見とも議論を尽くして、という原則が守られなければ、かえって悪いことになってしまうのじゃぁないだろうか。
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2019年12月05日

私はうそをつく筈がない

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この爺は今の総理大臣に、どうしても好感が持てない。
ついでに言うと、自民党をぶっ壊しときの総理大臣や、維新の会を立ち上げた元市長・元知事も。さらには、今のアメリカ大統領もである。余談ながら、自民党をぶっ壊した総理大臣、今はすっかり変わってしまったと、この爺は評価している。
実はこの四人には共通点がある。
それは、自分が選ばれたのだから、自身の意見が大衆の意見であると、ある意味思い上がっている点である。現総理なんぞ
「私は総理大臣だから、嘘をつく筈がない。」
と仰っているし、
「私は、三権の長である。」
とも仰るし、さらにはことあるたびに「閣議決定」してそれで世間が納得すると考えていらっしゃる。
最初の頃、こういった現総理の態度は、ある意味パーフォーマンスであろうと考えていた。
「総理たる私に、ヤジを飛ばすとは何事だ!」
と、真剣に腹を立てていらっしゃる。そう、総理大臣の言うことは、庶民派はひれ伏して聞くべきで、
「私の言葉は、天の啓示なのである。」
常識的に考えれば、まったくナンセンスな理解なのだが、元総理や元知事・元市長は確信犯だろうからともかくとして、現総理はそう信じていらっしゃるだろうし、その程度のご理解なのであろう。そんなお方を指導者に選ぶ政権政党は、いったいどうしてしまったのだろうか。そうそう、アメリカの現大統領も、おそらく御同様で、このお二人には政治家たる資格は多分ないのだろう。
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2019年12月02日

入学試験騒動考2

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博士を育てるのは、本当に骨が折れる。
多くの先生方は、博士課程学生は一人で育つべきもの、と考えていらっしゃるだろうと思う。しかし日本の教育、大学教育の有り方は、欧米とは根本的に違っているので、手をかけないと、博士号はとったけれどハテサテという博士が出来上がる。即ち欧米と違ってリベラルアーツを修得させるような教育ではない。つまりリベラルアーツとは、広い視野を持てるための基礎教育で、博士号をとった時点で一角の研究者になれるようプログラムされているのである。翻って我が国はというなら、博士課程学生は教授や助教授の、体の良い共同研究者で、現実には実験や観測の代理人であることが多い。理論研究なら、先生に代わってのプログラマーなのである。(ただしすべてとは言いません。)だから指導教員の初期の目的を達成できたら、その貢献に対して博士号を頂けるのである。(とまで言いうといいすぎかなぁ?)
我田引水になるが、だから私は当然のことながら、野外観測を学生の皆さん達と一緒に行ったし、観測結果についてはとことん博士課程学生と議論した。ただ議論するだけではなく、観測結果は天からの贈り物。その結果をどう解釈して新しい発見をするかは、教授も助教授もはたまた学生諸君も同じ立場だから、競争なんだよと教え諭しながら、観測結果から何が分かるか、何が見つかるかを話し合ったのである。たとえ私が分かっていたとしても・・・。そんなだからともかく時間がかかったのである。
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2019年12月01日

入学試験騒動考

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センター試験改革のすったもんだの末、多くの国立大学が英語民間試験の導入をやめることにした。ともかく来年の入試では、受験生達はセンター入試の英語科目を受験することになる。個人的にはこの爺は、良い方向に向かったと信じている。とはいえ、この中止決定は問題が顕在化したことによる当面の策で、いずれ民間試験や民間委託試験になっていくんだろう。大学人、いや正確には元大学人としては、悲しいところである。
「我が国の大学教員、高等教育に携わっているという自負心がないのか?」
こういう問いには、
「やるべき業務が多すぎて、時間がない。とても入学試験まで、手が回らない。」
と返ってきそうだし、私も大学人だったからこういった不平・不満は分らないでもない。ただその忙しすぎる膨大な業務は、大学人自身が招いたのも事実である。
気障なようだが、私が大学で教鞭をとっていた時の私自身の思いは
「良い研究をする。そのためには良い弟子を育てる。」
といったところにあり、そのため「セブンイレブン」も辞さなかった。つまり研究室には午前7時ころには行き、午後11時ころまで居ることが多かった。効率が悪いのじゃないかと、問いただされそうだが、大学の事務仕事、学会の事務仕事をそれなりにきちんとこなしていたら、8時間の業務時間が終わってしまう。だから博士課程学生との議論、討論には勢い業務時間外となるし、新しい論文等の調査は早朝にやるしかなく、「セブンイレブン」となるのであった。また学会運営の会議は東京で開催されることが多く、そうなると新幹線の移動ではまる一日かかってしまう。だから出張規定をある程度無視して、伊丹・羽田の航空往復をやっていた。羽田6時発に乗ると研究室には8時過ぎには到着できるので、それから博士課程学生との議論になるのである。そんな時間まで残っているようにと指導したら、今ならパワハラ、アカハラになるかもしれないが、たとえその可能性があったとしても、私なら今でもそうすると信じている。(この稿続く)
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2019年11月17日

大学入試共通テスト 6

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英語修得や大学入試共通試験をまとめねばならない。私の中では両方とも根っこは同じで、突き詰めれば「日本の教育のありかた、とりわけ高等教育の有り方」ということになろうか。私は持論として、「大学生サバティカル論」というのを、折に触れ紹介してきた。今一度披露しておくと、大学に合格するまでの猛勉強の反動で、大学に入って二三年はあまり勉強しない。むしろアルバイトに明け暮れるのが、よりありがちなパターンであろうか。笑えない冗談に次のような笑い話がある。
母:あんた今からどこへ行くん?
子:学校に行って、友達と講義に出るねん。
母:アルバイトにも行かんと、あんた暇やなぁ。
いやはや、ご父兄の過半数が、大学に入学すればアルバイトを中心に生活できると、理解していらっしゃる向きがある。ほかには、大学での勉学は社会生活の役には立たないと仰る、企業人がこれまた結構多い。
しかしこれでは、本当は困り物なのである。
このように疎んじられる一因は、かつての教養課程の教育であったろうと、私は理解している。それゆえ、如何にすればいわゆる教養教育を、習う方からも教える方からも魅力ある形にできるかが鍵になるのだろうが、現時点では妙案は考えつかない。それでもかつて
「共通教育の講義は受講していて楽しかった。専門の講義は受けるよりも、自分で専門書を読んだ方が身に付いた。」
といった話を聞いたことが、何度かある。そしてこのような印象を持っている学生ほど、博士課程3年間の成果は優れていたように思うのだが。つまりそういう学生ほど懐が深く、博士課程で論文作成するのに、より広い視野を持っているからだろうとは、私の偏見も含めた理解なのである。
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