2021年01月13日

仮定の質問に答えて欲しい

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「仮定の質問には、答えられません!」
ちゅうて、しゃあしゃあとしてる政治家のセンセイおるらしいけど、ほんまにけったいな話やで。政治家のセンセイ、とりわけリーダーになるような人は、先を見越す能力が肝要やし、ほんでいろんな可能性を考えて、
「こうなった場合は、こう対応。ああなった場合はああ対応!」
ちゅうて、なんぼも引き出し持ってなあかんちゃうか。
早い話仮定の質問に答えられへんちゅうことは、指導者の資質ちゅうか能力が無いちゅうことを、自分で認めてるようなもんなんやで。
朝のテレビ番組のコメンテーターの一人が、今日の新型コロナウィルス禍を
「第二次大戦中のガダルカナルを彷彿させます!」
ちゅうてく限定してるけど、この爺も全く同感やで。
それにしても、未曽有の惨事ちゅうような状態になると、指導者の資質がようわかるし、悲しいけど、こんな時に限って指導者が頼りないんや。
太平洋戦争の時もこんなんやったんやろな。
長いもんに巻かれるちゅうか、忖度するちゅうか、こんな時こそマスコミ報道はその使命
「時の政権に対して、常に批判的である。」
事を守らなあかんでちゅうのが、爺のお願いや。
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2021年01月12日

表現の自由とは

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シンガポール気象局の発表によれば、元旦からのこの長雨は、シンガポールでは30年振りの珍事だそうな。今朝も9時半頃には篠突く雨である。
さて今日の話題。
アメリカ合衆国トランプ大統領のツイッター、無期限使用禁止となった。
その理由は、大統領支持者に国会乱入を煽ったからだという。一方で
「使用禁止措置は、表現の自由の剥奪にならないか?」
との指摘もある。
ただ古臭い言い方ながら「政府転覆」を煽るような表現には、自由は認められるべきでなかろうというのが私の理解である。
「政府転覆」とまでは言わないでも、例えば
「第二次大戦中にナチ巣によるガス室はなかった。」
といった表現は、今日ドイツやフランスでは罪に問われるという。主義主張に対する自由と、歴史認識や主権者(国民)の安全を覆すような言動に、自由のないのは当たり前だろう。
翻って我が国、未だに隣国とは第二次大戦中いくつかの事例で、未だに論争が続いている。いくつかの隣国にしてみれば、大戦中に受けたいくつかの仕打ちは、独立国家としては耐え難いものがあるだろうに、我が国政府は戦後処理は終わっているという認識でありながら、一方では
「帝国陸軍は、そのようなことをやっていない!」
と主張する政治的指導者もいる。そんなだからいつまでたっても。あれこれ非難されているのじゃぁないだろうか。
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2021年01月09日

コロナとの戦い??

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食傷気味やけど、またまた新型コロナウィルス禍の話題や。関東の4都県緊急事態宣言や。いうなら戒厳令みたいなもんやな。日本ちゅう国には、戒厳令は無いけど今後罰則も盛り込むちゅうてるから・・。ほんで近畿3府県も、緊急事態宣言を政府にその発令要求したちゅうニュースや。なんせ大阪の昨日の新規感染者数600人超えやし。それにや亡くなる方の数、大阪は東京に比較くして多い。重症化率ちゅう意味からは、大阪の方が高いんやから、大阪も緊急事態宣言ほしいのいみわかる。しかしなんで大阪の方がちゅう点は不思議な気ぃするなぁ。
話変わるけど、新型コロナウィルスで日本が大変なこんな年に限って、日本海側では大雪や。気象異常の記録的ちゅう修飾語聞き飽きたけど、新潟の長岡や秋田の横手では記録的な積雪やちゅうニュースも入って来てるで。ついでにいうと、日本海側に雪が仰山積もると、本州の東西の荷重のバランス悪なって、大きい地震が起こりやすいちゅう話もある。阪神淡路の大震災起こった年、確か大雪やったで。弱り目に祟り目ちゅうんは、言葉だけやのうて、きちんと原因と結果になってるんや。
ところでや、首相が
「新型コロナに打ち勝って!」
ちゅう、威勢のええこというてるけど、そもそもウィルス勝つなんちゅうのは、科学者の端くれの理解としては、ほんまに夢物語なんちゃうかな。なんせ相手は考えて動いてるんちゃうしなぁ。自然に逆らわんと種の保存をしてるだけやもんなぁ。そんなウィルスに勝つなんておこがましいんや。
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2020年12月29日

年の瀬に思ふ 2

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進駐軍が我々日本人社会に教えたと考えられている「民主主義」が、戦後75年を経過して、変質してしまった。いや正確には、指導者層の多くが理解できないでいるという方が正確かもしれない。
私事になるが、私が定年する前の数年間、ある部署の長になる機会があった。一歩100名程度の構成員の部署であったが、年功序列的な意味合いもあったけれど、長は選挙で選ぶのが慣例であった。都合4年間その部署の舵取りをやらせてもらったのだが、仲間の一人から
「河崎さん、もっと好きかっ手をやっ、ていいんですよ。なんといっても部門長なんだから!」
との言葉を頂いたが、私にはどうも好き勝手ができなかった。つまり私が小学生時代以来身に付けてきた民主主義は、あくまでをかじ取り役を任されているだけであって、好き勝手に部署を運営していいわけではないといった、基本中の基本なのである。確かに皆の声を聞くあまり組織が右往左往するのは考え物ではあるが、少なくとも私には、組織の長といえど専制君主的にふるまってはならないという、確かな理解がある。
私事はさておき、ここ数年の我が国の執政者の有り方はどうだろう。
「総理大臣だから、嘘を言うわけがない。」
「閣議決定しタカラ、公人ではない。」
「私の意見に反対なら、選挙で選ばなければよい。」
等々の、暴論が目立ち、その暴論を長の指導力と理解しているきらいがある。
いやこの傾向は我が国に限ったことではなく、世界のあちらこちらで見受けられる。民主主義の変質なのだろうか?はたまた「民主主義」に対する理解が足らないのだろうか?いずれにしても大変な時代になっている。そしてその大変な時代に、新型コロナウィルスが世界中を震撼させているのも、単なる偶然ではないような気がする。
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2020年12月28日

年の瀬に思ふ 1

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今日は、爺の勝手な歴史解釈を蘊蓄したい。
日本という国では、「市民革命」は起こったことがない。戦国時代の一向一揆など、その芽らしきものはあったのだろうが、残念なことに政治の仕組みや有り方を変えてしまうような、革命には至っていない。欧米の国々では、一般市民が蜂起して圧政を強いる王侯貴族を処刑し共和制を成し遂げた革命や、君主制を残しつつも主権を民衆の手に握らせるという革命が、少なからず起こっているというのに、
「なぜ日本では?」
と不思議に思えてならない。もしかすると日本人の心の底に共通してある「諦観」が、最後の最後には勝ってしまうのかもしれない。
まぁかろうじて「革命」の範疇の端っこに位置すると言えるのが、下級武士を中心とした統幕・明治維新なんだろうが、結果としては主権在民とはならなかった。
民衆の手による革命ではないものの、大東亜戦争の敗戦は、進駐軍の手によるある種の「革命」で、ようやく大英帝国に模した「立憲君主国」が走り出し、小学生だったこの爺に至るまで「民主主義」というお題目を唱えるようになった。それでも一般大衆の意識としては
「政治は、お上の手に委ねるもの。」
といったところにあり、大戦後75年を経て政治の有り方に軋みがあると考えるのは、この爺だけではあるまい。前総理大臣のやりたい放題を誰も糺せないし、現幹事長はかつての闇将軍張りの権勢を誇っている。だからこの爺など
「もう一度戦争でぺっしゃんこになって、一から出直さねば日本という国の政治は変わるまい!」
と過激に考えてしまうことも少なくない。
が、現実のところ、この時代に戦争が起これば、局地戦ならまだしも、下手をすれば全面核戦争にもなりかねない。ただ今年の新型コロナウィルス禍、考えようによっては戦争みたいなもので、この禍が転じて福とならないか、一般大衆が政治の仕組み、社会の有り方を真剣に考えるようにならないか、と夢想する年の瀬である。
(この稿明日も続く)
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2020年12月23日

脆弱な多数決

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アメリカ合衆国大統領選挙結果、まだ若干のくすぶりはあるものの、大勢は決してしまったと理解するのが正しかろう。そうなるとマスコミ報道は、選挙前の予想と選挙結果とを比較して、あれこれ反省をするらしい。今朝もネット新聞の片隅に
「劣勢を予想されたトランプ候補、なぜここまで接戦になったのか?」
といった見出しを見つけた。
私自身は
「ドナルドトランプが、ひょっとしたらまたぞろ勝つのじゃないか?」
と本音で気を揉んでいたので、マスコミ報道の反省の有り方が気懸りである。
かくいうこの爺自身、4年前には
「こんな無茶苦茶なおっさんが、民主主義の先進国のアメリカ合衆国で勝つわけがない。合衆国のリベラルな多数がきっと・・。」
と期待した。そして四年前のあの結果である。
だからこの爺は、
「半分のアメリカ人は、白人優位主義というか選民思想を持っている。残りの半分はリベラルであっても、多数決で決める民主主義なんて脆弱なものだから、何を彼らが選択するかについて、大きな期待は持つべきではない!」
と考えるようになった。入れ札で決める民主主義は、正しいことが選ばれるとは限らないと、大仰ながら悟った次第。
実際この日本だって、好き放題やっている現政権が過半数はおろか、3分の2以上の議席を占めているではないか。森友、加計、サクラ全て犯罪まがいすれすれでありながら、誰も裁こうとはしない。そしてそれが「民主主義」ってものなのだから、
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2020年12月22日

Japan as number one!

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久し振りに、朝日新聞天声人語氏の内容から。
ジャパンアズナンバーワンの著者エズボラ・ホーゲルさんが亡くなったことに関係して、その内容を紹介していた。この爺が気になったのは、ベストセラーになったその書籍を、
「日本では発禁処分にした方が!」
と、ライシャワーが評したという事実である。その根拠は、日本人が思い上がるからだったそうで、
「なるほど、さもありなん。知日派、親日派と評判の高かったライシャワーですら、そうなんだ!」
と、一人納得した。早い話、先日も話題に上げた
「戦勝国は、どちらだ!」
のあの一言、1960年代で第二次大戦後15年以上も経っていたのに、というのがこの爺の実感で、いずれにしても、白色人種の選民思想は私達日本人が考えている以上にすごいのでは無かろうか。
これはいつも書いているけれど、個人的な付き合いでは親友扱いを受けてはいても、組織対組織となった途端そうはいかなくなるのが常で、この爺は何度もそんな経験をしている。
さらには、ジャパンアズナンバーワンに関連して言うなら、1980年代の終わりごろでまだ日本が絶頂期だった頃、
「私達アメリカ合衆国が日本を守っているので、お前達は軍事費用も使わず経済発展や研究三昧に打ち込めるからだ!」
と、手厳しく言われた経験がある。アメリカ人との付き合いは、かかる意味で難しい。
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2020年12月20日

大和民族

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もう30年以上も昔のことになろうか、
「日本は他の国々とは違って、大和民族の単一民族国家だから・・。」
と口を滑らせ世界の多くの国から顰蹙を買った政治家のセンセイがいた。日本単一民族国家か否かはさておき、アメリカ合衆国には、色々な民族が居住しており、それでも「アメリカ人」としてのアイデンティティ〜は、持っているのだろう。というのも、小学校や中学校ではアメリカ合衆国に忠誠を誓わすような教育をしていると聞くから・・・。
一方中近東の国々では、一つの国内で宗教的な対立があってそれが民族・人種間の対立となっているようだし、さらにはアフリカの色々な国で部族間の対立が、国内戦争となっているようでもある。こんな風に考えるとき、国としてのアイデンティティと、人種・民族・部族としてのアイデンティティは、一般論としてどちらが強いのだろうと考えさせられてしまうことが多い。
例えば中華系シンガポール人は、漢字を読むし、中国語を話すけれど、
「私は、中国人を嫌いだ!」
とはばかることなく公言する人がすくなくない。
穿った見方ながら、これって共産主義国家としての中国が、嫌いなだけではないだろうか。その点を除けば、同族意識はあるんじゃなかろうかと、この爺はついつい考えてしまう。もう少しありていに言うなら、イデオロギーとして共産主義を否定しているだけで、中華民族、漢民族としての同族意識は高いのじゃないだろうかと思えてならないのである。
この爺自身、決して民族主義者ではないけれど、長く日本という国を離れシンガポールに住んでみて、ますます日本人としての自身のアイデンティティを思う自身を感じるのである。
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2020年12月15日

映画からテレビへ

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昨日の話を、今少し続けたい。
テレビ放送一億総白痴化は、今となっては暴論に近いものがある。ただ当座は、書物を読んで知識をため込んでいくという文化からは、容認し難いものだったのだろうと、勝手に推察している。評論家の大御所大宅壮一に加え、松本清張も似たような批判をしていたと聞く。とはいえ今日では、色々な意味で映像文化の一翼を担っていることも事実であり、新しい知識を仕入れる術ともなっていることは、紛れもない。
こういった現状を考えるなら、一番の被害を受けたのは、映像文化の勇であった映画で、昨日も書いたようにほどなく映画会社が幕引きを始め、まず大映、日活が淘汰されてしまった。かつて映画の俳優さん達は「五社協定」に縛られて、映画の華やかなりし頃は、所属する映画会社以外の作品には出演できなかったけれど、映画の衰退と相まってやがて五社の縛りは緩くなり、銀幕からテレビ画面へと転身していくのを、この爺の年代の大人達は、生き証人として知っている。爺にとって一番印象の強いのは、日活の大スターだった石原裕次郎が、「太陽にほえろ」「西部警察」でお茶の間のファンの心を鷲掴みした点である。加ええて、テレビで放映されるドラマも、映画並みの二時間ドラマが主流と1なっていくのであったが、21世紀もその5分の1を過ぎる最近では、その流れも徐々に変わりつつあるようである。
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2020年12月01日

仮定の質問

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師走朔日
私が大学に入学した頃は、学園闘争がほぼ終焉期を迎えてはいたものの、それでも数か月にわたっての過激派学生による封鎖が続いていた。学舎の封鎖が、大阪大学の場合には機動隊の護衛付きながら学生と教員によって1969年の秋に解除された。それでもその後、何度か学生ストライキが実施され、私なりにあれこれ悩んだのは事実である。結論からいうと、私自身は過激派シンパに近く、一方で天皇制などくだらないと切って捨てるほどドライではない。つまるところ今日では支持政党はないものの、意識的にはアメリカ合衆国の民主党左派に近いといったところだろうか?
私個人の政治信条はさておき、そんな私が腹に据えかねているのが、政治家センセイ達の
「仮定での質問には、答えられない!」
というあの答弁である。答えない言い訳として使っているのだろうが、政治なんてものは先を予測して、可能性をいくつか想定し、こうならこの方向で、あれならあの方向でと仮定をいくつも並べ立てて、前もって対応策を考えておくべきものだろう。この程度のことができないから東日本大震災では福島が大変なことになったのじゃないか!仮定で考えられないなら、即刻議員を辞任したらといいたい気がする。仮定で答えられないといわれて黙ってしまう、野党も全くだらしがない。こう考えると、与党も野党も質が悪くなったものである。
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posted by zen at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の主張