2019年11月04日

英語修得 6

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英語修得の話題を続ける。
いや正確には、より一般的な言語の修得のつもりで書いているのだが、日本語を母語として英語を身に着けるということを、例として挙げているというのが正確であろうか。
私自身の本職は、雷放電物理、大気電気の研究で、言語学者ではないけれど、国際会議で発表したり欧米の雑誌に投稿したりしないことには、研究者として成り立たない。そんなことから、私なりの努力を続けてきたし、今でも続けている。というのも、言語の修得は笊で水を掬っているようなものと理解しているからである。正直に言うとこの理解は先輩研究者からの受け売りで、名古屋大学空電研究所に勤務していた当時教えられた。私自身は、そのような理解を明確には持ってはいなかったけれど、中学時代から続けていたラジオの英会話番組を相も変わらず続けていた。それを見た先輩研究者から
「河崎君、それならウォークマン買って、もっと英語に取り組んだら。」
と勧められたのである。1980年代のことで、ソニーのウォークマンが世界を席巻していた時代である。その際、笊で水を掬うようなもの、単語を忘れることを心配するのではなく、忘れる以上に覚えればいいんだと教えられたのである。自慢するつもりではないが、私自身いまだにNHKのラジオ英語会話やビジネス英語を聴いて、笊での水掬いを続けているのである。だから親御さんたちには、お子さんがこういった明確な意識を持つようになるまで、背中を押し続けてやるという努力を続けて欲しいと思うし、そのような助言を出してゆきたいと信じている。(この稿続く)

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2019年11月02日

英語修得 5

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日本人の英語での情報交換能力、とりわけ会話力のお粗末さを指摘したのは経団連だそうで、多分それが引き金となって、英語教育や入試の改革が進んでいるのだろう。ちなみにそのお偉方が若かったときはどうだったのだろう、とは天邪鬼の影の声である。
さて昨日の内容で、「識字率を考えればわかりやすい」と書いたけれど、言葉が足りなかったようなので補足しておきたい。
「読み書きができなくとも、話す聞くのできない人はまずいない。」
と言いたかったのである。
江戸時代の江戸の町の住民の識字率は世界に稀なほど高かったと聞くが、それも町人の間では読み書きそろばんを習わせることが、重要視されていたからである。
ところで私達が成長につれて言葉を身に着けていくのだけれど、まずは親を通じてで、食事を与えながら、「マンマ」と教えられた記憶はなくとも、大概の場合そのあたりからでことは間違いなかろう。ウグイスも親鳥が、ホウホケキョを聴かせなければ、上手く鳴けないで育つといった話も聞いたとは、示唆に富んだたとえ話ではなかろうか。
いずれにしても、言葉は聞く話すから入り、読む書くに進むのが自然である。
ところが我が国では中学に入って英語を初めて学ぶのだが、最終目標を多分読み書きに置いてきた。このやり方でも、問題なく英語習得できる人がいる反面、「語学音痴」を自認する生徒など、単位さえ取れればいいやと開き直って、ついつい投げ出してしまう。そしてその割合が多いから、本日文頭の経団連の指摘となるのである。
その結果の改革は、読む・書く・話す・聞くの四能力を伸ばす教育が要求され、さらには入学試験でもその四能力を確かめる試験でなくてはならないと、大真面目に取り組んでいるつもりだから、
「大学ではそんな試験を実施 いじりまわしてできない。だから民間機関による英語試験を。」
との提言を文部省が受けた結果がドタバタ劇なのでなかろうか?
ただ皮肉屋の私としては、如何に入学試験をいじりまわして、四能力を確かめる高校までのの教育や入学試験で実力を確かめたとしても、卒業までその実力を保持するには、さらなる一工夫、二工夫がいるのであって、何もしなければ雲散霧消なのではなかろうか。(この稿続く)
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2019年11月01日

英語修得 4

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考えるべき点が、いくつかある。
日本人の英語修得が芳しくないのは、そしてそれが真実だとして、
1. 大和民族の属性
2. 漢字、かな文化の特殊性
3. 英語教育の貧困

4. その他
あたりが考えられようか。
私見ながら先日も書いたように、我が国は外国との情報交換を、文書を読み書きすることに基礎をおいて行った来た。早い話、聴く・話すには長い間、重きを置いていなかった。その結果というべきだろうか、今日のグローバル化への不適合が、それこそ月単位、週単位で顕著となり、国を挙げての総懺悔となっている。大学入学試験の不必要な変更もその副産物であるというのが、皮肉屋の理解なのである。
これも先日書いたことながら、聴く・話すの修得のやさしさに比べ、読む・書くの修得のハードルははるかに高い。これは識字率を考えてみれば判りやすい。つまり我が国は、英語習得のための教育を、困難な方から始めて来たので、単位さえ取れればよいという諦めを無意識に持つ場合も多く、その結果
「八年間も英語を勉強してものにならない!」
という事態を招いているのだというのが私の理解で、民族の属性、文字の特殊性、貧困な英語教育のどれも、当たらないのではなかろうか。
私は、孟母三遷を地で行くご両親に
「お子様を何語で考える様に育てたいですか、何語で夢を見る子に育てたいですか?」
と、質問することが多い。というのもバイリンガルである当地の友人達に
「あなたが計算するとき、何語でやるの?」
と質問してみれば、しばし間をおいて中国語かなぁとか、英語かなぁと返ってくることが多く、両方の言葉で同じようにやるといった友人は、皆無なのである。つまりバイリンガルといえども、母語を持ったうえでもう一つの言葉を習得しているに違いないのである。(この稿続く)
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2019年10月31日

英語修得 3

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幼児期からの英語教育の重要性は、なにも最近になって指摘されたのではなく、随分と昔から議論されていた。実際私が高校生当時近所の幼稚園で、園児に英語を聞かせるようなプログラムが既にあった。50年以上も昔のことで、
「英語の発音を学ばせるには、幼稚園児でも早すぎることはありません!」
といったうたい文句で、近郷の小学校就学前の子供達を集めていた。
その当時から皮肉屋だった私は
「親の自己満足にすぎないのに・・・。」
何ぞと冷ややかに捉えていたのを覚えている。そしてあの頃の幼稚園児達、私より一世代若い年代が、英語が達者だと聞いたことはなく、毎度の様に「幼児期英語教育」の重要性が繰り返されている。確かに幼児の頃から取り組めば、英語を聞く耳ができるだろうが、生物学的には、その手の聞く耳は、その時限りで、すぐになくなってしまう。ものの本によれば、それにも個体差があり、語学の修得は7,8歳から11、12歳の間に身に着けたもの以外は、練習を怠るとたちどころに雲散霧消するという。
だからというつもりはないが、教育ママ、パパという意味ではなく、家庭での父母による環境作り、つまり常に英語を意識させるといった協力無しでは、とても実現しないのである。あるいは本人が意識して取り組む姿勢を持つようなと、言い換えてもよいかも知れない。早い話、それなりの努力なしでは、バイリンガルには十中八九は成り得ないのではなかろうか。(この稿続く)
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2019年10月30日

英語修得 2

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英語を母国語にとする国に住み、子供達に英語教育をしてバイリンガルとして育てることをよしとする風潮がある。そのためにわざわざ、シンガポールに居を移すという、まさに孟母三遷を地で行く家庭に何度かお目にかかっている。転居とまではいかずとも、夏休みを利用してのホームステイ、流行しているのは言うまでもなかろう。日本の英語教育が、まるで信用されていないことの裏返しであろうか。ただ論点は、果たしてこれでうまく事が運ぶのかということである。
現地の学校に入学する、あるいはインターナショナルに入学することで、日常的にシンガポール英語を身に着けることができる、それは当然であろう。が、それなら本来の母語である日本語の修得はどうだろう。ここシンガポールには、日本語補習校というのがあって、地元の小学校や、インターナショナル校で学ぶ子供達に、母語である日本語を教えている。週一日3時間ほどの授業で、それだけで足りる筈がないので、家庭での協力がっ要求されていると聞く。両親が日本人なら、家に帰れば日本語環境、学校では英語と中国語の環境だろうから、バイリンガル、トリリンガルたる素地はできやすかろうが、片親がそうでない場合、親も子もかなりの覚悟と努力がいる。いやそれなしでは、母語たる日本語の修得は本音で困難に近い。そう、主張したいのは、お気楽な態度では、良い環境に身を置いたとしても、バイリンガルには、おいそれとはなれないという点で、小さいうちから始めるということは、それだけ親の手がかかるということなのでは無かろうか?(この稿続く)
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2019年10月29日

英語修得

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ディパバリ、インド系シンガポール人の祭日。ヒンドゥー教のお正月。昨日は、シンガポールではナショナルホリディーであった。

さて昨日の話題をもう少し続けたい。
気取って言うなら、言葉の修得に関わる教育についてである。
この地シンガポールにきてしみじみ知らされるのは、この地に駐在している家庭の語学教育に対する有り様である。皆が皆というわけではないのだろうが、
「日本の英語教育はだめだし、これからの子供が国際的に活躍できるよう、シンガポールにいる間に、バイリンガルとなるよう教育しておきたい。」
といった風なのである。実際日本では、中学校で三年、高校で三年、大学で二年の都合八年間も英語の勉強をして、ほとんどものにならないと指摘されてきた。昨今の若者達は若干改善が認められるようだが、それでもアジアの隣国と比べれば一目瞭然、若者達といえども我が国の英語会話力は劣っていることは明らかである。ただこれをして、我が国の語学教育がだめと判断するのは大いに早計であろうと思う。実際国営放送局のラジオ番組には、卓越した英語教育番組があるし、学校での教育も最近では会話重視に舵を切っているように思われるからである。つまるところ、かつての英語教育は長い間、文書を読んで情報を得るための英語教育であった筈で、これは会話力を身に付けるのに比べれば、ハードルが高く身に付き難い。そもそも聴く・話すに、重点を置いていなかったのだから、英会話が上手くないのは当然の結果なのである。
論点がすっかりずれてしまったけれど、英語を身に付けさせたいと、シンガポールに住みインターナショナル校に通わせる、その結果
「それなら母語である日本語は修得できていますか?」
と切り返すと、はなはだ心もとないというのが実情ではなかろうか。となると、本末転倒なのではなかろうか?(この稿続く)

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2019年10月28日

圭語か敬語か?

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週末土曜日午後、講演会に行った。
主題は「帰国子女の外国語保持と大学入試制度改革」である。後者の話題はさておき、外国語能力の保持に関しては、素人ながらあれこれ腐心している。よくよく考えてみればそれは、外国語能力保持に限ったことではなく、外国に住んでいる日本人の日本語能力保持にも繋がる問題だろうと確信している。
さて私、自身の経験から、外国語の習得には、母国語のきちんとした能力が必要だろうと固く信じており、かかる意味でいま日本で進行中の早期英語教育の実施には、あまり賛成ではない。いやむしろ反対している。確かに幼児の内から英語圏で生活し教育を受けると英語は達者になるのは事実だけれど、それなら母国語である日本語の能力はと考えてみれば、これはいやはや心もとない。とはいっても、二か国語を身に付けること、バイリンガルになることは無理と主張したいのではなく、あくまでも英語を母国語としない者が、きちんと英語を習得するには、まず日本語をきちんと使いこなして、かつ母国語で論理的に考えることができなければと、くどい様ながら確信しているのである。ちなみに日本人であっても、英語圏で育って、英語で論理構成ができるなら、その後日本語を習得すれば良いのは当然のことである。
こんなことをついつい書きとめる気になったのは、笑い話として講演会の帰りに、保護者の方から聞かされた次の話からである。
ご子息の名前は、K君。漢字では圭と書くらしい。そのK君、 
「敬語は何か知っているか?」
と尋ねられ、
「それは、僕の言葉(圭語)だ!」
と答えたというのである。冗談だったのか、本気だったのかはさておき・・・。
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2019年10月26日

野球狂の独り言

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日本シリーズは、ソフトバンクホークスの完勝で終わった。
三年連続で日本一だそうである。
ただペナントレース二位のチームがといった非難めいた意見もあるが、ルールにのっとっての結果だから、この爺は個人的には異論はない。いやむしろ代表決定のポストシーズンマッチに、ペナント一位チームに一勝のインセンティブは必要ないとさえ考えている。実際昨年、今年と二年続きで、一勝のインセンティブの恩恵を受けることなく西武ライオンズが敗退しているのだから…。
そして語らないはずの敗軍の将の西武の辻監督が、
「選手層の厚さが違う!」
と、負けを認めているのだから。
話は変わるが、そしてこれはある名監督の受け売りながら、
「短期決戦は、強いチームが勝つ。ペナントレースは、戦い方の妙で弱いと優勝は無理でも、そこそこ強ければ、優勝はできる。」
と信じている。今年のパシフィックリーグはまさにそれで、だからといって西武ライオンズの、ペナントレース優勝の価値が下がるわけではないのは当然である。だから、ソフトバンクホークスが黄金期ともてはやすマスコミ報道に対しては、
「それじゃぁ二年続きでペナントレースを勝ち取ったライオンズはどうなの?」
と、水を差したいものだと、天邪鬼が頭をもたげている。
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2019年10月24日

伝統と格式

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「天皇の即位の儀式、あれって唐?、明?はたまた清?の皇帝の即位の儀式を真似たものじゃないのか?」
とシンガポールの友人から、真顔で尋ねられた。
ちなみにその友人は、中華系のシンガポール人で華僑に属する、まぁ裕福な階層である。
その友人は常々
「中国の文化は、シンガポール人が中国人以上に継承しているんだ!」
と常々、誇らしげに「吹聴」している。
さらにはその友人は
「私は中国人は嫌いである。」
と公言して憚らない。私は
「同じ血が流れているのに。」
とからかったりするけれど、本人はいたく真面目に、
「彼らは、共産主義となって、宗教を捨てた、文化を捨てた。」
とにべもなく、早い話中国の方達の生き様が好きではないらしい。
さすがに自分たちが、中国の文化を継承していると主張しているだけに、日本の今回の儀式についても、日本独自のものと理解するのは間違いなのかもしれない。
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2019年10月23日

報道記者の質

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今朝のテレビ報道を見て、天邪鬼な爺は
「それはないやろう。報道記者さん質悪いでぇ!」
といいたくなった。それはいきなり
「世界が注目する中・・・。」
の修飾語ではじまった即位礼正殿の儀の報道である。
まず修辞語としては「世界中が注目する中!」は安易すぎやしないか。
それに、残念ながら世界中が注目しているわけではない。日本人としては注目して欲しいという気持ち、わからないわけではないけれど、実際シンガポールの友人に
「天皇の即位は、5月に終わってんじゃぁないのか?」
と尋ねられ、
「即位したということと、それを諸外国に正式に通知するというのは、日本のしきたり上別物なんだ!」
と説明したけれど、意味が分からないと不思議がられた。
日本の経済力、影響力を誇示するという意味合いもあろうが、考えようによっては自己満足に過ぎないと、明らかに冷ややかな反応だったのである。
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