2025年11月03日

忖度か八百長か

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わて昔、競争的資金の審査っちゅうもんをやったことあるんや。
まぁ国立大学の教授で、まともに研究と教育をやっとったら、定年前の十年くらいには、だいたいそういう仕事が回ってくるもんや。いわゆるピアレビューっちゅうやつやな。
そのときわてに仰せつかったんは、二次審査委員会の副委員長いう役目で、一次審査、つまり書類審査の結果を受けて、「採る・採らん」を最終的に決める面接審査をやる、ちゅうのが使命やった。
正確な数はもう覚えてへんけど、応募が二百件を超えてて、一次で四十件ほどを通して、最終的に二十件前後まで絞り込む、っちゅう段取りやった。
一次審査では五人の委員が、それぞれ独立に評価して四段階でランクつけする。ほんでその結果を合計して、順位づけした一覧が二次審査委員会に回ってくる。せやから機械的に上位四十件を対象に面接すりゃええ話なんやけどな。
そしたら委員長が言いはったんや。
「じゃあ、上位四十名に限って面接すればいいですね?」
そしたら、ある委員がすかさず動議を出してきよった。
「五十位に○○大学の◇◇先生の申請があります。この先生はこの分野の大御所ですし、今回は少し多めに面接してもよろしいのでは。ぜひ直接お話を伺ってみたいです。」
要するに、大御所の先生を一次審査落ちのままにはせんとこう、ちゅう話や。
誰も反論せぇへん。むしろ当然みたいな顔で、「ほな今年はちょっと多めに面接しましょか」っちゅうことになった。
──これこそまさに忖度やろ。
ほんで、もうひとつ続きがあるんや。
ひと月ほどたった面接審査当日。
委員長がいきなり言いはった。
「面接審査は、通常は一次審査の点に面接点を加算して順位を決めますが、今回は今日の発表内容だけで順位付けを行います。」
──おいおい、それ言うたら大御所持ってきた意味そのままやないか。
面接点なんぞ忖度の極みや。こうなったら採択間違いなしっちゅう筋書きや。
案の定、その大御所の申請は無事採択されたわ。言うまでもない話やけどな。
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2025年11月01日

官房機密費を考える 1

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もう数年前のことになるが、官房機密費(内閣官房報償費)の使途を公開しないのは不当であると、政治資金オンブズマンが訴えたことがある。確かに過去には上前をはねて着服していたけしからん官僚もいたし、さらに私は多くの場合現政権に批判的で、どちらかいうと左翼に近い考え方をする方だが、官房機密費に関しては、異なる考え方を持っている。そもそも国対国の関係で、高度な政治的判断の必要なこともあろうし、重箱の隅をつつくように上げ足ばかりを取っていたのでは、国益という観点でマイナスになることがあるのではなかろうか?だからかかる意味でも,こういった機密情報、一律30年で公表するといったような制度化が欲しいと考えたりするのである。
ちょっと古い話になるけれど、「特定機密保護法」が取り沙汰されていた頃、私は何度か米国の様に一律30年開示を主張した記憶がある。言い換えればどんな国でも、国益という観点から、実時間で公開できない情報があって当然。逆にそんな秘密もないような国なら、それこそ薄っぺらで面白くなかろう。
司馬遼太郎の坂の上の雲に出てくる、明石元次郎どこまで司馬遼太郎さんの創作かは知らないけれど、小説の上では日露戦争に側面から以上の貢献をしている。明治の事ゆえそのための資金の出どころの呼び名は異なるとしても,今でいう官房機密費に当たるものだったのだろう。何せ現在の金額にして十億円以上をかけて,帝政ロシアの秘密を探り,革命の火種をまき散らしたというではないか。このように申し上げても私は決して軍国主義者では,決してない。
官房機密費を白日の下に晒せ何ぞという要求は,
「大人が酒を飲むから,子供も飲む!子供に禁止を命ずるなら,大人もやめよ。」
といった要求に等しいというと,皮肉に過ぎるだろうか?
(この稿続く)
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2025年10月30日

大学院博士課程 3

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多くの教授は、「背に腹は代えられぬ」との言い訳のもと、安易にポスドク費用の獲得に走っている。結果として、可愛いはずの弟子を日雇いの知的労働者として抱える羽目になる。少なくとも私は、ポスドクという“農奴”的で理不尽な制度を肯定する気にはなれない。
だが現実には、多くのポスドクが「これで大学教授への道が担保された」と安堵しているように見える。皮肉な言い方をすれば、自らの博士号がいかに薄っぺらであるかを、暗に認めているのかもしれない。早い話、指導する教授にも、指導されてきた博士にも、双方に問題があるというのが、私の立場である。
私は自分の指導法が常に正しかったとは思わない。理想論で解決できる問題でないことも承知している。それでも私は、「働き方改革」の時代にあって、セブンイレブン教授を自認してきた。朝一番に研究室に入り、学生の机の上を見て回り、何を考え、何につまずいているのかを“スパイ活動”のように観察してきた。その甲斐あって二十余名の博士を送り出し、誰一人として就職に困ることはなかった。
この稿を終えるにあたって、改めて思う。私が大学教授として目指したのは、「学問を残すこと」、そして「学派を生み出すこと」であった。そういう立場を意識しながら研究室を運営してきたし、博士課程の学生はもちろん、修士や学部の学生とも向き合ってきた。理想と現実の距離は確かに大きかったかもしれない。だが、それでも博士課程を「お荷物扱い」にさせない唯一の道が、そこにあったと信じている。
最後に私の運の良かったのは、四年生で研究室配属されたとき、直接に指導して下さった当時の博士課程学生だった先輩達が
「善さん、博士課程まで進学する気なら、論文を三篇書くことは当然だが、研究分野の良い教科書を、博士課程在学中に少なくとも三冊は読破すること。それも原書で。それが君の厚みを増すし、それだけの時間は十分あるから。」
と背中を押してくれたことでなかったろうかと、この歳76歳になって思い出している。
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2025年10月28日

大学院博士課程

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先月の一時帰国の折、日経新聞に目を通していて、思わず手を止めた記事があった。
日本の博士課程のあり方を論じた内容である。
私は現役教授時代、長く研究室運営に関わってきただけに、他人事ではない。
しばらく記事を手元に置いて考えていたが、今日から数回にわたって、この問題を取り上げてみたいと思う。
記事の趣旨はこうだった。
「博士の学位を得ても就職が思うようにいかない。そのため国内の進学希望者は減少傾向にある。一方で大学にとって博士課程学生は研究を進めるうえで不可欠な人材であり、近年ではその半数以上が外国人である。しかも博士課程学生には総額一千万円近い支援が与えられるため、結果的に外国人学生に高額な支援を行っていることになる。」
なるほど、数字の上では筋が通っている。
だが、私は読んでいていくつもの“ひっかかり”を覚えた。
まず「研究を進めるうえで必要な人材」という表現である。
確かに博士課程の学生は、研究室を動かすうえで欠かせないピースではある。
しかし同時に、彼らは「教育される側」でもある。
だから私はあえて問いたい。
「大学の先生方、この点を忘れてはいませんか?」
博士課程に進んだ学生たちは、まだ“完成品”ではない。
時に教員をたじろがせるほどの理解力や議論力を見せることはあるが、それでも成長途上にある。
にもかかわらず、教員が彼らを“便利な労働力”として扱ってはいないだろうか。
「学位を授けてやるのだから、滅私奉公せよ」
そんな無意識の前提が、どこかに巣食ってはいないか。
博士課程は、単なる労働力の供給源ではない。
むしろ、研究者としての人格が形づくられる“揺りかご”である。
その本質を取り違えたままでは、どれだけ制度を改良しても本当の再生にはつながらない。
――次回、「教育と労働の境界線」についてもう少し踏み込んでみたい。
(この稿つづく)

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2025年10月27日

失われた40年

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故・安倍首相の“教え子”やと言われて、どうして支持率が上がるんやろな。
わが同胞は、ほんまにお人よしやで。
確かに岩盤保守層が高く評価する気持ちはわからんでもないけど、そもそも今の日本の停滞を招いたんは、安倍さんの「トリクルダウン」政策ちゃうんか。
わいはそう理解してるで。
低金利政策も同じや。結果的に円安を助長して、国民の生活を苦しめた。
「長いこと首相をやってた=ええ政治家」とは限らへんのにな。
ほんでや、「安倍政治の継承」ちゅうて二、三の新聞が持ち上げとるけど、
それってつまり「失われた30年」を「失われた40年」に延長します、いう宣言みたいなもんやないかいな。
もちろん、今の日本のていたらくは政権だけの責任やない。
産業界にも、そこに人材を送り出してきた学界にも責任がある。
つまり、日本全体の責任や。
せやけど、その日本を引っ張るはずの指導者があんなんでは、どうにもならん。
なんちゅうても、「教育勅語はええもんや」と信じてはる高市センセイやもんな。
戦前回帰を夢見とるんか、それとも岩盤保守層の歓心を買いたいんか。
どっちにしても、わいは気に入らんで、こんな指導者は。

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2025年10月26日

Universityを考える

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「副専攻を選択して、より広い視野を──」
細部の文言は記憶が定かではないが、概ねその様な趣旨の動きが大学にある。
もっとも「副専攻」という言葉は、大学関係者以外にはやや耳慣れないかもしれない。大学では、専門的な教育単位を「学科」あるいは「専攻」と呼ぶ。小中学校における「学級」に近い概念である。「副専攻を選択して」とは、学生が自らの専門分野に加え、もう一つ別の分野を学ぶことを奨励するものであり、専門分化が進みすぎた大学教育の反省に基づく施策と理解できる。
いわゆる「失われた20年」「30年」を経てなお、経済活動の停滞感がぬぐえない日本において、「学際的(multidisciplinary)な教育こそが閉塞打破の鍵である」との理念が、文部科学省主導で唱えられたのか、あるいは大学側の自己改革の発想から生まれたのかは定かでない。いずれにせよ、こうした副専攻制度や複合領域プログラムは、近年多くの大学で導入されており、時代の要請に応じた「画期的」な取り組みとして受け止められているようである。
しかしながら、私にはどうにも違和感が拭えない。
そもそも University の理念は、その語源である Universe が示すように、広い視野に立脚した教育と研究を包含することにあったはずである。であるにもかかわらず、「副専攻を設けて広い視野を養おう」と呼びかけること自体、すでにその理念が機能していないことの自己告白ではないか。言い換えれば、大学が自らの「大学たる所以」を放棄し、専門学校化、さらには職業訓練機関化の方向に傾斜している現状の表れとも言えよう。
無論、教育を理念論のみで論じるつもりはない。
実社会との接続や技術的即応力の涵養もまた、現代大学の責務であることは否定できない。しかし戦後幾度となく繰り返されてきた「教育改革」と称するものの多くは、結果として、大学を本来の意味での University から遠ざけてしまったのではないか。そう考えざるを得ない。
「副専攻を通じて広い視野を」と学生に促しながら、一方で「社会に即戦力を」と迫る。
この二つの相反する命題のはざまで揺れ動き、理念と実利の狭間で漂流している──。それが、現在の日本の大学の姿ではないだろうか。
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2025年10月25日

鬼畜米英いうてたなぁ 2

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昨日の話題を続けるで。
何も日本ちゅう国が、中国、ロシア、北朝鮮みたいに、共産主義国家になった方がええなんていうつもりは全くない。実際共産主義国家は、人間の本性考えたら経済的には破綻してまう事を、歴史が証明したもんな。それにこれらの国は、共産主義体制ちゅいながら、専制主義国家になってるもんな。
岩盤保守のセンセイ方、共産主義国家が攻めて来んように、アメリカの核の傘が大切やちゅうて、「強固な日米同盟」を守れちゅいはるんやろ。せやけどな、核の傘なんて抑止力には絶対ならへんし、ひとたびどっかの国が核兵器使ったら、もう人類滅亡に近うなることは、ほぼほぼ確実やろ。せやから時間かけながらでもええよって、核兵器を廃絶していくようにせなあかへんね。早い話「強固な日米同盟」は形だけでええねん。
それにや昨日も言うたように、中国が日本に攻め込んで来たからちゅうて、アメリカちゅう国家が、盾になってくれるとは思えへんで。共産守護の嫌いな、わいも好きやないけど、アメリカが沖縄に軍おいて眼ぇ光らせてるんや。以前はやった言葉でいうと沖縄はアメリカ合衆国にとっての「不沈空母」や。せやのに西洋花札大統領は、「駐留の費用をもっと出せ!」ちゅうて、日本から金むしり取りはんね。わいにしてみたら「海兵隊が沖縄に居るんやったら、家賃出せ!」ちゅうてやりたいで、ほんまに。日米地位協定も、急ぎ見直しやで!
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2025年10月24日

鬼畜米英いうてたなぁ

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わいは戦後生まれやから、太平洋戦争そのものは知らへん。
せやけど、あの戦争の名残みたいなもんは、よう憶えとる。
おかんの従兄に、大陸へ徴兵されとったおっちゃんがおってな。
その人が「鬼畜米英!」やら「ちゃんころ!」やら言うてたのを、子どもの頃よう聞いたもんや。
中学・高校で日本史や世界史を習ううちに、
「あぁ、戦前の軍国教育であんな言葉が口をついて出たんやなぁ」
と理解できるようになったけどな。
そやけど驚いたんは、そのおっちゃん、早稲田大学文学部出身やったっちゅうことや。
学のある人でも、時代の空気には逆らえんかったんやなと思た。
ほんで今日は、その「鬼畜米英」の話や。
いまの岩盤保守層の指導的立場におるセンセイ方の中には、
戦争の記憶がまだ鮮明に残っとる人もおるやろ。
そんな人らが「強固な日米同盟」なんて、ようしゃあしゃあと言えるもんやと、わいは感心してまうわ。
「中国が攻めてきたら、アメリカが守ってくれる」
──ほんまにそう信じとるんやろか。
わいにもアメリカ人の友人は少なくないし、個人的には仲ようやっとる。
けどな、国と国の話になったら、あいつらめっちゃんこシビアやで。
「シンゾウの路線を継ぐ高市女史は、強い女性だ!」
なんてリップサービスも欠かさへん西洋花札大統領もおるけど、
わいはあんなもん、信用してへん。
まぁ、わいが信用しようがしまいが、
来週の首脳会談でもまたシャンシャンと終わって、
日本はどっさりお金を出さされるんやろけどなぁ……。
わいら日本人は、あのあほみたいな戦争引き起こして何学んできたんやろうかな?
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2025年10月20日

暴論やけど

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ひさしぶりに、ちょっと暴論めいた話でもしてみよか。
茶髪とか眉そりしてた受験生を不合格にした校長さんが、更迭されたっちゅうニュースがあった。
合格点取っとったのに不合格にされた子には、そら気の毒やと思う。見てくれだけで合否決めるなんて、そら理不尽やわ。
ほやけどな、わて個人的には茶髪、あんまり好きやない。
鼻が丸くて目ぇギョロッとした日本人には、どうも似合わん気ぃすんねん。
若いもんに「なんで茶髪にすんの?」て聞いたら、「個性です」「自己主張です」言うけどな、よう見たら茶髪ばっかり群れとる。
そない個性的でも自己主張でもないやんけ、と思てまう。
せやから高校が「茶髪・眉そり禁止」言うても、わてはある意味納得やねん。
高校生ゆうても、まだ親に頼っとる身やし、判断力もまだまだや。
なんでもかんでも「自由にしたらええ」っちゅうのは、ちゃう思うんや。
そら言うたら今の子らに、「子供の権利を無視する気か!」て言われそうやけどな。
もしその場に居合わせたら、わてはこう言うやろ。
「これは教育の一環や。教育される側から見たら、時に理不尽に思えるもんや。教育っちゅうのは、そもそも理不尽なもんなんや!」
この話してると、今はもう四十路越えた娘が高校生やった頃、よう口喧嘩したの思い出すわ。
あの頃の娘は「子供の権利」ばっかり主張してな。
わては言うた。「親にも育てる義務があるんやぞ」って。
教育する側が義務を忘れたら、若いもんはどんどん野放図になってまう。
せやからこそ、あえてこの“暴論”を書かしてもろたんや。
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2025年09月01日

関東大震災の日

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長月の朔日や。
去年の今日は、迷走台風10号で故郷のことを心配しとった。せやけど真夜中0時に熱低に変わったちゅうニュースを聞いて、一安堵しとったなぁ。
せやけど今日は関東大震災から102年の日や。
あの時、「朝鮮人が放火した」という流言が飛び交うて、何人もが命を落とした。その事実は、どう足掻いても消すことはでけへん。
加害者側の日本人として、わてはこう考えてまう。
−−許されんことには違いないけど、ああいう蛮行は混乱期には避けがたい一面もあったんやないか、と。ちゅうてもあの蛮行を認めてるわけちやうで
けどな、そやから言うて都知事がその事実を無かったことにする姿勢には、とても納得できへん。右寄りの支持者の顔色うかがうてのことやろけど、票のために歴史をねじ曲げる政治姿勢は、天邪鬼爺には到底受け入れられへんのや。ほんで残念なことに、そんな政治家が、何や知らんけど力持つから、かなわん。いやな時代やなぁ、ほんまに・・・。
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