2018年06月25日

沖縄慰霊の日2

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明け方5時頃から凄い雷雨。
今午前8時頃で、しとしと雨。まぁ日本の梅雨に似た降り方である。
あと一時間くらいで上がってくれないと、職場に行くのが億劫になるなぁ。ただ明日の予定を考えると、今日はどうしても行っておきたい。というのも明日午前は自宅付近で会合があり、午後も同じく別の会合があるから。
さて一昨日の沖縄慰霊の日。
改めてニュースを見たけれど、翁長知事抗がん剤を投与しながら、知事を務めていらっしゃるそうで、げっそりと痩せてしまっての挨拶、鬼気迫るものがある。それだけに
「辺野古埋め立てを止めさせたい!」
という信念は応援したい。
この爺とて、丸腰に近い状態で、つまり全くの防衛手段なしで国家の安全保障が担保できるとは思わないけれど、だからと言って
「なぜ米国海兵隊や米国空軍?」
の疑問がぬぐえない。つまり
「日米安全保障条約を堅持していかねば、本当にわが国の平和は担保できないのか?」
という疑問。政治家のセンセイ方には、一度真剣に考えてみてくれませんかねぇ。
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2018年06月20日

仮定の質問

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「仮定の質問には答えられない!」
という答弁をよく聞く。(誰の答弁かは、敢えて申し上げませんがねぇ!)
そしてそれがまかり通っているから、不思議な国だと思う。
卑近な例として、自動車の運転を教わるとき、
「わき道から子供が飛び出してくるかも、と考えながら運転しなさい。」
と習うはずである。あの指導者は、実際は答えたくないから、言い訳に使っているだけなのだろうと理解しているものの、悲しい国であると思えてならない。
そもそも指導者たるもの
「仮定の話だから、考えられない!」
のでは困る。仮定の上であっても、常日頃あれこれ思案を巡らせていないから、想定外の天変地異でパニックとなる。
指導者達の「想定外には対応できない!」という悪癖のため、我々の同胞が歴史上最も深刻な事態となったのは、想定外の地震・津波の東日本大震災で、8年経った今でも福島原発の処理は終わっていない。いやもともと完全廃棄には、50年、100年の時がいる難事業だから驚きはしないものの。
話がそれてしまったので本題に戻す。
だから指導者たるもの、常に予期せぬ事態の場合を考える習慣を持っている必要がる。いやそれが指導者の努め、だから
「仮定の質問には答えられない!」
なんぞというと答弁を、報道の記者達は許してはいけないと結びたい。
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2018年06月14日

不勉強な評論家達

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米朝会談の総括。
評論家先生は手厳しい。根拠のない約束ばかりだと。
我が国のマスコミ報道も、同様の評価。
まぁ将軍様の国は、今まで期待を裏切ることなく世界に空手形を発行してきた。
だから信用できないというのは、理解できる。
とはいえ、「ならず者国家」と、上から目線の対応ばかりではなかったのか。
「核開発を止めさせる!」
こんな言い様は、はたして合衆国なら言えるのか?
自分達が核の傘で守られていながら、ならず者国家には丸腰で振る舞えと言うの論理を、自己矛盾とは考えないのだろうか?
確かにわが国から無辜の民を何名も拉致したことは許せない。
非人道極まりない。如何に戦前のわが国に対する仕返しであったとしても、国のやったことを個人に仕返しして許されるわけがない。論理も無い。
ただそういった許し難い行為と、今まで孤立してきた将軍様の国をどう我々の世界に引きずり込むかとは別の問題であろう。確かに西洋花札大統領は甘いけれど、それは彼を大統領に選んだ合衆国国民の選択。会談の結論はこの爺にだって予想できていたのに、何をいまさら騒ぎ立てするのか、評論家先生達は。
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2018年06月10日

たるんじゃったねぇ

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岸井さんの
「たるんじゃったねぇ!」
を、本当に実感するここ数日である。
そう、米朝首脳会談が明後日に迫り、報道番組で披露される「著名評論家」達のコメントを聞かされて・・。
「仮に朝鮮戦争の終結が合意されたとしても、在韓米軍の総数は減らさないように要求しなくてはいけません!」
早い話し、未だにロシアや中国を「仮想敵国」にしてのご意見なんだろう。
岸井さんの
「たるんじゃったねぇ!」
の嘆きは、政治家、マスコミ・報道や評論家、さらには我々国民の一人一人に発せられた警告なのだろう。政治家、マスコミ・報道、それに我々も、未だに北の将軍様の国を上から目線でしか見ていない。ところがどっこいあの国は、貧乏にあえぎながらも核開発を成し遂げ大陸間のミサイルまで持った。それが良かったか、悪かったかはさておき、親子三代の悲願で、
「米国と対等に交渉するにはこれしかない!」
といった、確固たる戦略を持っていたに違いない。
それが判るから合衆国も真剣に会談を持とうとしているのである。
明治時代期のわが国と、ある意味同じ戦略なのでは無かろうか。だから北の将軍様が、かつてのわが国の軍部と同じレベルなら、きっと失敗をやらかすだろううが、私にはとてもそうは思えない。花札大統領に名を取らせながら、実質は北の将軍様の大勝利となるんではなかろうか。
そして最終的にはわが国は大規模な資金援助をやっちゃうんだろうなぁ。
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2018年06月06日

大学入学試験考2

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昭和中頃の話である。さすがに入学試験においては無かったろうが、大学院の入学試験には多くはないが、時折あったというユニークな形。
受験生が教室で待っていると、担当の教授が駆けこむように入ってきて
「すまん、すまん。入試問題作るのを忘れていた。これから黒板に問題を書くから考えてくれ!」
といった具合で、黒板に
「4. ●▽〇について述べよ。」
「5. □◇の定理を証明せよ。」
「6. 自身研究方針について述べよ。」
と書き、監督の教員に
「よろしく頼む。」
と言いおいて悠然と出て行ったというのである。
いやはや古き良き時代というべきだろう。ただ問題自体基本的なもので、将来の研究者の資質を探るのに適したいたことは確かなのだろう。
あの当時ならすごい豪傑先生だねぇと感嘆されたものだろうが、今日なら懲戒免職ものかもしれない。
とはいえ私は、入学試験は優劣をつけることが目的である面と、受験生の資質を探る面の両面があってしかるべきだとりかいしており、今日のような管理の行き届いた入学試験
では所詮、望むのは無理だろうと理解している。
いずれにしても我々団塊の世代を境に、様変わりして管理の在り方がますます厳しくなっている。妙な方向に話を進めてしまったけれど、大学の入学試験の在り方を本当の意味で考えなくては、この国はだんだんだめになっちゃうんじゃないかなぁ。
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2018年06月04日

危機管理学部

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近頃世間を騒がせている、日大アメリカンフットボール部の事件。
それと関連して、日大の「危機管理学部」も・・。
そもそも危機管理学という学問分野があったのかどうか?
ただ関わっている教員は、マスコミ報道や警察関係者のOBがほとんどらしい。
このニュースを聞いて、二昔も近くのことを思い出した。
それは新しい世紀を迎えるころ、
「『工学倫理』、『企業倫理』の講義を大学でしなくては・・。」
という議論が多くの大学の工学部で話題となった。
おりしも技術系企業の不祥事が社会現象化し、文部科学省の指導もあって、
「工学系学部のカリキュラムに『企業倫理』の講義科目を入れるよう。」
といった機運が高まっていた。
余談ながら不祥事というか、データ改竄は今でも結構あって、工学倫理の講義をやった意義はと、私は疑問を抱いている。
話を本筋に戻すと、あの声が盛り上がった時、工学部の教授会では
「大学で研究をしてきた我々には、そんな講義はしょせん無理。技術系企業のCEOクラスに、広義を頼む以外方法はない。」
という意見が大勢をしめた。ただ私はそんな安直な意見には大いに反対で
「バブルがはじけ、失われた10年の責任は、大企業にある。そんな企業の方々に、かわいい学生たちの講義を任せたくない!」
と一人反対、
「ならどうするのだ?」
の問いに
「じゃぁ私がやります!」
と啖呵を切ってしまった。あの当時大阪大学の工学部には20余の学科があったけれど、自前の講義を主張したのは私以外にもう一学科。それは原子力工学科で、いうまでもなく原子力技術者には、はなっから倫理教育が要求されていたからに他ならない。
まぁその後10年近く電気系の工学倫理を担当したけれど、その話はまた別の機会に。
ただ私が考えたのは
「工学倫理といったって、少なくとも大学生ならして良いこと、許されること、いけないことの色分けは出来ている筈。それでも上司の命令で不正をせざるを得なくなった時の、自身の取るべき道を考える習慣を身につかせておきたい。」
から。果たして何名の卒業生が、私の意図を理解してと考えることもあるけれど、今回の危機管理学部も同じ根っこではないかと結論している。
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2018年04月08日

即戦力

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先日、Face BookかTwitterで、ある大学教員の
「企業の卒業生採用にあっては、即戦力となる学生が期待されている。」
といった内容の記事を偶然見つけた。
この爺、大学を離れて5か年を経過したとはいえ、この種の言葉は、次年度卒業生の就職を担当したときには何度も聞いた。俗にいう「耳にたこ」ができていたとでもいえようか。だから「いまだに?」の印象はぬぐえない。旧聞ながらバブルがはじけ、失われた10年、20年と呼称された頃には
1. 日本の技術力に翳りがみえ
2. 国際競争力がすっかり弱くなった
上に、合衆国ではシリコンバレーをはじめとして、ベンチャー企業がそれこそ雨後の筍のように出現し、合衆国経済を活況化したこともあって、
「我が国も合衆国のように復活せねば!」
と、またまた合衆国の背中を追いかけることになった。そしてそのためにも、「即戦力となる大学卒業生」を育てねばといった共通認識が跋扈するようになったのである。以来大学の「職業訓練校」的傾向が幅を利かせ、大学が本来持つべきである「知の創造」という側面が、ともすればないがしろにされる傾向が、非常に強くなっていたような気がしている。
一方、先の議論と矛盾するようながら、依然として「大学は象牙の塔」であるべきとの知識階層からの要請もあり、例えばimpact factor の高い論文をいかに多く生み出しているかで、教員の評価がなされるという、わけの判らない競争原理がはびこっている。考えてみれば、即戦力教育とは二律背反、大学は今矛盾した社会となっているのであ。
ただ確かに米国の大学生、大学院生はわが国の学生に比べてはるかに積極的ではあるけれど、即戦力という観点からは、少なくともこの爺の関わっている分野における限り、大差ないというのが印象である。日本の場合、大学に入ることが目的である学生が多いのに対し、米国では入学して自分のやりたいことをやる学生が多いのが現実で、それが差に現れているのかもしれない。幸いなことにこの爺は、国立大学で教鞭をとっていたのだが、四年生になって配属されてくる学生に研究室のテーマに興味を持たせり、あるいは好きにならせたりする指導方針を取っている。だから取り立てて即戦力を要請するための指導方針を取ってきたわけで無い・・・。
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2018年04月07日

困った事態

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今を時めくジャーナリストのI氏。ジャーナリストという呼び方でいいのかどうかは定かではないが、いろいろな放送局で「ニュースを判り易く解説している」といえばお判りのご常連様が多かろう。氏は以前からそれなりの人気も有ったろうが、なんといっても朝日新聞のニュース斜め読みで、慰安婦問題の記事を「きちんとした取材に基づいていない!」と一刀両断したことが、さらに男を上げたと、この爺は理解している。確かに朝日新聞社も、当初は無視するといった対応の不味さもあったし、結局憶測に基づく記事という事を認めざるを得なくなったことは事実である。そして政権が「朝日新聞は捏造記事!」といった印象操作にうまく利用し、件のI氏はすっかり売れっ子になってしまったのである。
ただとこの爺は考える。あの件以降政権はすっかり強気になり、最近では「戦時中の慰安婦」自体が作り話であるかのように振る舞うし、さらにはマスコミ報道にえらくプレッシャーをかけるようになったのは、こまりものであると。そして少しでも政権に都合の悪いことがあると、「捏造だ!捏造だ!」と印象操作までするので、朝日新聞や毎日新聞はすっかり悪者である。しかしながら、これはわが国にとって本当に困った事態で、このままでは民主主義国家として成り立たなくなる。民主主義の民主主義たるゆえんは、いろいろな主義主張に対して聴く耳を持ち、批判を虚心坦懐に受け入れたうえ、反省すべきは反省、糾すべきは糾すといったところにあるというのは、爺の大いに理屈っぽい持論なのである。
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2018年03月24日

お相撲さんの可愛がり

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大相撲の話や。
結局「貴乃花親方」が全面降伏ちゅうことになったようや。
「一兵卒から、やり直します。」
ちゅうてるらしい。
まぁ愛弟子が、付け人を殴ったんやから、同じ部屋同士やちゅうても、今回は世間が赦さへんやろう。そいで次の日から謹慎の意味もあって、殴った関取は休場や。せっかく十両になったちゅうのに、また幕下に逆戻りしてしまうんちゃうかな。
ほめられたことちゃうけど、日馬富士の事件が起こる前やったら、多分大した問題にもなってへんような事件やで、今回のは。いや日馬富士の貴ノ岩を殴った事件も、貴乃花親方が警察沙汰にせんかったら、謹慎はあったかやろけど、引退にはなってへん思うで。
何回も言うようやけど、気合を入れるちゅうような意味でありがちな事件やんか。ただ気ぃ付けなあかんのは、殴ってる方はだんだんエスカレートしてしもうて、、無茶な「可愛がり」にならんようにせなあかん点や。日馬富士も今回の若手の関取も、殴ってるうちに自分の制御が聞かんようになったんに違いないねん。
まぁ暴力事件の事はさておいてや、貴乃花親方は日馬富士の時、なんであんなにも頑なやったんかな?被害届を警察に出して、大相撲の理事会には被害に遭うた関取を会さんとか。おまけにそのことで理事降格させられたら、監督官庁の文部科学省に告発したり。ほんで自分の弟子が似たような事件起こしたら、全部取り下げてしもうたんやから、本音は暴力事件をてこに世論を盛り上げて、理事長選挙に勝ちたかったんちゃうかちゅうような、うがった見方してしまうなぁ。本当のところは闇の中やけど、わいにはそう思えてならへんなぁ。
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2018年03月04日

続 初等教育を考える

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昨日、書き忘れたことがある。
それは教育、とりわけ初等教育というのは、「社会実験」的要素が高いという点である。ところがこのことは意外と認識されていない。それゆえ自信満々小学校の低学年を指導している先生方には、敬服の念を禁じ得ない。
一方私自身、
「これが最適、これが理想。」
と自身を持って披露できる、確かなものがあるわけではなく、絶えず自身の中で葛藤しながら取り組んでいるというのが正直なところである。とはいえ、初等教育では教える側の「ふらつき」を、習う側は微妙に感じ取ることも事実だから、子供達の前に立てばそんな素振りを見せない様には努力している
これが大学の講義、授業なら私自身のあやふやさをさらけ出そうが、よしんば
「ここまでの内容はどうもおかしい。来週までにもう一度考えて来るから、・・・。」
と謝っても、学生の諸君は笑い飛ばしてくれるし、だからといってこちらの立場に傷がつくわけではない。(毎回毎回、謝っていてはだめだが・・・。)長年大学で教鞭をとってきた経験から判断すれば、大学での講義というのは、知識の共有が主眼であるからなのだろう。
しかし初等教育は、いうならば真っ白なキャンバスに初めて色を付けるような作業であり、子供達は何色にも染まりうる可能性がある。そして彼らはその色を基本として、長く人生を歩んでいくことになる。それゆえ初等教育は、やり直しがきかないし、成功・失敗の評価だっておいそれとできる訳ではないからこそ、初等教育は、はるかに難しいというのが私の本音である。
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