2017年04月09日

シリア攻撃

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アメリカ合衆国がシリアのアサド政権攻撃のため、ミサイルを発射した。
国際法で禁止されている、化学兵器を用いたからというのが、攻撃の理由である。
攻撃を命じたのが、トランプ大統領。
そしてわが国総理大臣センセイが、いち早くアメリカ合衆国のこの対応を支持する声明を発表した。
何やら10数年前のイラク戦争を思い出す。
あの時は当時の小泉総理大臣が、いち早くアメリカ合衆国のイラク攻撃を支持して、ジョージブッシュ大統領との親密さを世界中に知らしめた。あの時のイラク攻撃・侵攻は
「大量破壊兵器を保持している。」
というのが理由。ただ結果としては、そんな大量破壊兵器は出てこなかった。哀れフセイン大統領が捉えられ、処刑されただけ。そしてイラクは混乱し、その混乱が中東に拡散した。早い話ISが興ったのである。
話を、シリア攻撃に戻せば、現時点ではアサド政権の化学兵器使用は確認されておらず、「攻撃の正当性」は担保されていない。だから攻撃を支持するといった意思表示は、時期尚早としか言いようがない。
個人的に
「アメリカよくやった!」
と応援する自由はある。しかし総理大臣センセイは、わが国代表であり、その意思表明はわが国の総意と世界中に受け取られてしまう。それゆえ、10数年前の失敗をわが国はまた繰り返すのかと思えてならない。
色々な場所で主張しているように、私はいろいろな主義・主張を持つ人のいる多様な社会が良いと信じている。ただ個人の主義・主張と、一度リーダーとして選ばれたときの公式の主義・主張は同じであってはならない。確かにリーダーとして選ばれるということは多数意見かもしれないが、全く反対の意見を持つ人を無視して良いというわけではないというのが民主主義。わが国は現時点では専制君主主義をとっていない。
総理大臣センセイは、そのことをご理解できていない。機密保護法、集団的自衛権を容認する安保法、そして最近の教育勅語、さらには共謀罪・・、すべてわが国の民主主義を否定するやり方で、文字通り強引に進めている。
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2017年04月08日

報道の在り方

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昨今の新聞やテレビの報道に関して思うこと。
政権与党が議席数で圧倒的優位になったころから、総理大臣センセイの「報道の公平性を守ること!」というマスコミ報道への要求は強くなった。おまけにその後ボウフラのように湧いて出てきた取り巻き有名人・お抱え知識人達の同調する傾向が強くなった。さらに随分と昔に朝日新聞が掲載した慰安婦問題の記事が捏造に近いものであることが発覚し、政権政党や世論がこぞって朝日新聞をつるし上げ、以来報道関係者の姿勢がおかしくなった。早い話、政府あるいは政権政党に寄り添った記事や放送が圧倒的に多くなってしまった。
ところで私は、
「マスコミ報道は、時の権力に常に批判的であること、いやむしろ対峙するぐらいであってもよい。そして、時の戦力はその批判を聞く耳を持ち、政策にフィードバックさせることが肝要。」
と考えている。時の政権が革新であれ保守であれ、マスコミ報道は批判的でなくてはならないのである。そして重ねて申し上げるが、それがマスコミ報道の使命なのである。
何故なら、選挙で選ばれて多数となって政権を任されるのは、決して全権委任ではなく、
「次の選挙までのかじ取りをお任せしますよ。」
といった意味合いであるから。言い換えれば多数派が数の論理を振り回す可能性を秘めていることが民主主義の弱点であり、それゆえ第三者が絶えず監視・牽制しないでいると、暴走さえ起こりうるからである。そして私達は過去の歴史で、そんなことが現実に起こったことを知っている。
しかるに現政権政党の姿勢はといえば、聞く耳を持たずまるで専制君主のごときだから始末が悪い。それにマスコミ報道が、委縮してしまって、批判的な姿勢が希薄となっていることが、ますます政権政党を増長させている。こんな調子では、第二次大戦前の専制政治に逆戻りするかもとさえ心配になる。というのも、教育勅語を小学校で教材に使うだとか、治安維持法に似た共謀罪法を成立させるだとか、集団的自衛権は憲法違反でないだとか、はたまた立憲主義の根幹である憲法を変えてしまうであるとか、背筋の寒くなりそうな意見がまかり通るご時世になっているからである。
総務大臣が放送局に、
「公平性をなくすようなら停波を命じます。」
なんぞという脅しは、絶対に言ってはならないのである。
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2017年04月05日

政治家のあるべき姿

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「『戦争中は悪くなかったんだ』と肯定されたい方もいっぱいいる。」
と、官房長官センセイがお応えになったそうである。
そう、「教育勅語」を憲法に違反しない形で教材に用いても構わないという、全く理解しがたい閣議決定を問い質されたときの、国会での答弁である。
ここまでの強弁をされるのは、やはり国会議員数が圧倒的に政権与党有利という、数の論理なのだろう。
ただその一方で
「大東亜戦争はやるべきでなかった。」
と、反省されている方も、もっといっぱいいるに違いない。
そのことに目を向けず、自分の都合だけであれこれ答弁されるのはどう理解すべきだろう。
そもそも論ながら、政治家のセンセイ方は舵取りして日本という国を望ましい方向にリードしてゆくという使命がある筈である。ところが近頃の政治家センセイは、
「私が選ばれたのだから、私のやりたいようにやる。」
とお考えになっている節がある。何度かこのブログでも書いているように、郵政選挙の折
「私の意見に反対なら、私を総理に選ばなければ良い!」
とときの総理大臣センセイが大見えを切り、反対意見を公認せず、御自身の子飼いを、刺客と呼んでその選挙区に送りこんだあたりから、「専制君主的」振る舞いをするリーダーが目立つようになってきた。元大阪市長センセイや現都知事センセイも似たような戦略を取られる。悲しいことに一般大衆はそれでコロッと参ってしまい、ポピュリズムが盛り上がるのである。現政権の総理大臣センセイもご同様。だから少々のスキャンダルが足を引っ張ろうとも、支持率は依然として低くはならない。日本は本当に厄介な国になってしまった。
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2017年04月04日

李下に冠を、どうする?

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李下に冠を正さへんかったのご夫妻でしょ?!
日本国憲法の考え方に矛盾する「教育勅語」を園児に暗唱させていて問題ありそうな幼稚園に何回も行かれたん奥様でしょ。?!
奥様はそこで感激して涙まで流されましたよねぇ!
それから5カ月近くも、小学校に総理大臣の名前をつけていたし、奥様はつい最近まで名誉校長をやられてましたよね!
普通人の感覚なら、これって明らかに広告塔的な効用ありますよ。
それで騒ぎになったら、
「理事長はしつこい人や!強引な人や!」
と、涙まで流してほめた幼稚園やその理事長を否定して、このやり方トカゲの尻尾切りって、普通いうんですよ。
総理大臣の人気、ちょっとくらい下げてもええやないですか。
法的に間違ったことやってないんやったら、堂々と全部明らかにしたらいいんちゃいますか?
日本の指導者やという自負あったら、
「命惜しむな、名を惜しめ!」
やと思いますよ。それが日本の指導者ちゅうもんですよ。
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2017年04月02日

喧嘩の仕方

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大阪の小学校や四国の大学・獣医学科の話題は、もうほんまに食傷気味やから、これで最後にするけどな、今日もう一回だけ。
総理大臣センセイが、国会で大阪の小学校、四国の大学獣医学科のどっちの時も
「私が関係してたら、総理大臣も国会議員も辞職しますよ!」
とはっきり仰ってるんや。
せやから、国会質疑やったらそこ攻めな。
証拠書類があるとかないとか、寄付したとかせんかったとか、そんなんどうでもええねん。あったところで、酢だの蒟蒻だのちゅうて、お役人さんは出しはれへん。せやから、論理的に攻めてもあかんね。
みな忘れたんかな。民主党政権の時、現総理大臣センセイが、元総理大臣センセイに
「解散するとおっしゃったですよね!」
と迫ったあのやり口や。早い話国会の質疑ちゅうたら、喧嘩みたいなもんや。喧嘩するんやったら論理ちゃうで、気合やで。ほんで、相手の一番嫌がるとこ突くんや。せやから
「ソーリ、あなたはおっしゃったですよね?」
ちゅうて迫ったらええんかうんか。
「私や妻が命じたという証拠がありますか?」
と言いやるやろけど、命じてたら犯罪やし、命じてへんかっても「忖度」あったんやから、
「国会でおっしゃったことを守ってください!」
ちゅうて迫ったらええねん。
「忖度はありません!」
ちゅうてヒステリー気味にいいやるやろけど、「忖度」ちゅうんは心の中の問題やから、有る-無しなんか永久に証明なんかでけへん。
子供が、親御さんに
「勝手にしなさい!」
ちゅわれても、勝手にせぇへんのが普通や。勝手にしなさいちゅうのは、
「いうこと聞きなさい!」
ちゅうのがほんとの意味やから、子供が「忖度」するのんが普通や。忖度ちゅうんはそんなもんや。総理大臣センセイがいうた、いわんの問題ちゃうんや!
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2017年04月01日

銃剣道復活?

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森友とかいう大阪の小学校のスキャンダルで、マスコミ・報道が大騒ぎしてるうちに、えらいことになってるやないか。ひょっとしたらあの騒動は、政権政党の作戦ちゃうかとも思うてしまうで。
まずはやなぁ、「教育勅語」教科書に含めてもええちゅうて、政権政党が決めたらしい。ちょっと待ってーな、それってドイツでヒットラー復活させるよなもんちゃうんか。わいは天皇制そのものは否定せぇへんけし、教育勅語を信奉したい人はそうしたらええかも知れへんけど、学校教育の理念の一つにするんは、間違うてるやろ。こんなこと言うたら、「東京裁判史観」は間違うてるちゅう人もおるやろうけど、教育勅語は「天皇のために一命をなげうっても。」ちゅうて教えて、日本を国粋主義ちゅうか民族主義ちゅうかの国にしてもうたんや。
ほいで次はや、中学校体育の授業に「銃剣道」を入れるちゅうんやでぇ。
「銃剣」ちゅうたら、日清、日露で日本の兵隊さんが使うてた、鉄砲の先に刀付いたやつや。第二次大戦でも使うてたけど、1940年代ちゅうたら武器はもっと進歩してた筈やから、やっぱし時代遅れやったんやろうなぁ。そいでも男子中学校か男子高校かで兵隊さんが来やって、教練ちゅう授業で銃剣の練習したんやで。いうなら、敵を殺す訓練をしたんや。こんな話すると、与謝野晶子思い出すなぁ。
「君死に給うことなかれ!」
ちゅうて詩作ったんやけど、明治はそんな詩作ることできたんや。
次は小学校の道徳の教科書や。パン屋ちゅうんが「日本文化」らしいないちゅうて文部科学省からいちゃもんつけられて、出版社が忖度して和菓子屋に変えたんや。アスレチックも、問題になったちゅう話やなぁ。まるで第二次大戦中敵性語ちゅうて、野球の用語全部和訳させられたんやけど、なんや似てると思えへんか?
まだあるでぇ。「共謀罪」ちゅうんが閣議決定されて、国会審議入り近いらしいんや。第二次大戦前の、治安維持法みたいや。成立するあれ成立するとほんまに困ったことになるでぇ。
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2017年03月26日

森友学園問題の本質

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大阪の小学校の問題 現在の政権にとって、激震なのか微震なのかはともかく、ほとんど毎日のようにテレビ画面や新聞紙面をにぎわしている。政権政党の国会議員数圧倒的多数の中で、野党にしてみれば千載一遇の機会を得て、久々に攻める野党としての存在感を示している。とはいえ、総理大臣センセイや、防衛大臣センセイは、野党の攻撃を本音はともかく、全く問題にせず平気で証言を替える。最後には圧倒的多数の議員数で押し切る自身もあるのだろうし、変に歪められてしまった民主主義の理解とやらで、政権与党の面々は総理総裁には逆らえないらしいのだ。
余談ながら、誰がこんな風に民主主義を変えてしまったかといえば、郵政選挙を強行した小泉元総理大臣であることを忘れてはいけない。
「私の言うことに異を唱えるなら、私を選ばなければ良い!」
と言い切ったあれが、戦後の民主主義のターニングポイントになったと、この爺は理解している。
ただこの件は、また後日。
さて今回の騒動、総理大臣センセイの強気の姿勢を見れば、法的には多分クロに近いシロなのだろう。ただ道義的にはどのように考えてもクロとしか理解できない。総理大臣センセイは、法的には問題ないからと強弁されるけれど、一国会議員ならいざ知らず、一国の宰相ともなれば、道義的責任をうっちゃっておけるはずがない。自身の名前を冠した学校をつくって良い筈はないし、妻を名誉校長などには据えることなんぞもってのほか。当然官僚は慮る。そのことで官僚を責める訳にはいかないのは、それが人間の本質だろうから。ただ総理大臣センセイは、
「自分や妻は関与していない!」
と最後まで強弁されるのだろうが、まわりの官僚が慮ったことは明白だし、その官僚達はあくまでも法に沿って作業したと言い続ける。まさに戦前の全体主義ファシズム復活の芽を感じさせるのである。
そんなファシズムを目指すがごとき小学校に、一時的とはいえ肩入れしたことは、国民は彼を総理大臣として認めてはならない。
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2017年03月24日

教育勅語考

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何度も同じことを取り上げて恐縮ながら、今や巷で話題の「教育勅語」についてである。教育勅語は、大東亜戦争前の我が国を「軍事色一色」に染めるための、手段の一つに使われた。私が小学生だったころ、亡くなった近所のおばさんが、時折そらんじて聞かせてくれた。ただたとえ聞かされても
「我が皇祖皇宗国を肇ること・・・。」
の意味すら分からず、それでもあの頃はそれなりに覚えていた。
近所のおばさんが「教育勅語」を利かせてくれるようになったのは、小学校の担任の一人が、天皇の名前を初代から覚えるよう生徒に命じ、皆で
「神武、綏靖、安寧、懿徳、・・・」
やっているのをみて
「善ちゃん、ほんならこういうのを知ってるか?」
といった具合に始まったとの記憶がある。
私が小学生6年といえば、大東亜戦争終了後16年、今となって思い起こせば、戦前の教育を受けて育った世代が、息を吹き返しつつあった時代だったのかもと考えたりしている。とはいえ、そんな教育勅語をそらんじるまで覚えたのは数人で、その後中学、高校と進級するうちに
「これは大東亜戦争でわが国を泥沼に引きずり込む、一つの原因になったのだ。」
と理解するようになった。つまり全体主義というか国家主義というかを、ともすれば一般大衆に強いることにもなると・・。
だから私は、政治家それも国を引っ張って行く責務の有る指導的立場のセンセイ方は、教育の場に「教育勅語」を持ち込むべきではないと信じているのである。くどい様ながら、個人的に信奉するのは認めるけれど、指導的立場になったら、それを封印すべき義務はあるに違いないのだ。
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2017年03月22日

何のためのオリンピック開催

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2020年の東京オリンピック、2025年の大阪万博(こちらはまだ確定していないが)、天邪鬼のこの爺はいずれの開催をも快く思ってはいない。というのも、わが国のような成熟した社会にあって、
「何故右肩上がりの経済成長の象徴である、オリンピックや万国博覧会を開催する必要があるのか?」
と、反語的意味をこめて疑問に思うからである。
1964年の東京オリンピック、大東亜戦争の敗戦からようやく復興し
「もはや戦後ではない!」
が流行語になった1956年、池田内閣の所得倍増計画とあったけれど、政治家センセイの達成感は、必ずしも一般庶民の実感ではなかった。そして東京オリンピック開催の成功は、高速道路、東海道新幹線、さらにはカラーテレビ放送の充実等々、目に見える形で庶民の手の届くところとなり、国民全体を高揚させることとなった。それから6年、大阪での万国博覧会は東京の繁栄ぶりを関西地方にももたらすこととなったというのが私の理解である。実際あの頃楽隠居の身となり旅行三昧していた祖母が飛行機に乗った時の印象として、
「東京の夜景はすごいけど、大阪に着いたら暗い感じや!」
とこぼしていたのが、やがて
「大阪も明かるなったでぇ!」
と吹田万博の頃からいうようになっていたので、私の理解もまんざらではないと信じている。くどい様ながら、この種の企画は経済発展途上にある国にとって、確実にカンフル剤的役目を果たすことは間違いない。
がしかしである。
今日の日本に、本当に必要だろうか?確かに国民全体の意識高揚に役立つことは認めるとしても、オリンピック特需、万博特需は必ずしも後に続くわけではない。
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2017年03月21日

公文書を破棄するな

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国会での論戦が燃え上がりそうで、何やらきな臭い。気の早い御仁など、「すわ衆議院解散か?」なんぞと云ったりもしている。
大阪の小学校開設の問題、愛媛県の大学獣医学科の問題、スーダンに派遣されている自衛隊の日報破棄の問題と盛りだくさんなうえ、答弁が二転三転してマスコミ報道を喜ばせるネタが次から次から。まぁ討論は国会に任せておけばいいのだし、解説はマスコミ各社にお任せして、私は私なりの存念を披露したい。
それは「公文書破棄」の問題。
わが国、大東亜戦争で無条件降伏を受け入れたとき、軍部では証拠書類を燃やしてしまったと聞く。実際そんな光景を、終戦のドラマで取り上げられていることが多い。海軍はどうだったのかは知らないけれど、真偽のほどはともかく軍幹部は関連書類を破棄して焼却処分にすることを命じたのだろう。穿った見方ながら、国際法に基づいての戦争なら、関連書類の焼却処分なんぞは必要なかったに違いない。そしてこれも穿った見方ながら、まっとうに振る舞っていた方々は、敗戦時にうまく立ち回れず、貧乏くじを引いてしまったのではないか、いい加減にやっていた連中は、戦後も上手に生き残ったのではないかと思う。人間 間の悪い者、間の良い者実際おりますからねぇ・・。
それにしてもと思う。
あの時焼却処分などしていなければ、今日問題が顕在化している
1. 南京・大虐殺
2. 慰安婦
の両問題、黒白もっと早く着いたろうにと残念に思えてならない。
今回の騒動に関していうなら、どなたかが「戦闘」の二文字を隠したかっただけの事だろう。ともかく公文書は、破棄するな!
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