2025年12月02日

12年前の今日

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12年前の今日
シンガポールに赴任していた筈なのに、なんとまぁ日本に帰って放送大学で講義していたようだ。よくよく考えれば、毎月の様にシンガポール・日本を往復していたっけ・・。


いよいよ12月,そして今日のブログは毎年の様に,師走に関わる話題や。先生も走るちゅう12月,日本中皆忙しうなるんや。ほんでもってわいはというと,昨日と今日の二日間,放送大学で工学倫理・企業倫理の面接授業や。一日四限ずつで二日で俗にいう八コマ,受講生には一単位が出るんや。ただ面接授業ちゅうのは,出席だけで単位出す制度らしゅうて,普通の大学でいうたら,集中講義みたいなもんになるんや。
それにしても,一日四コマちゅうのんはやっぱり疲れるもんや。泉州弁でいうたら,
「ほんまに,えらいわ!」
ちゅうことになるんかな。満64歳と10カ月やもんな。
集中講義いうたら,40才台後半から50才台前半の頃まで,岐阜大学からよう呼んでもろうた。あの頃は一日四コマの集中講義やって,新幹線で大阪まで帰って来たけど,あんまりえらかったちゅう記憶はないなぁ。よう考えたら,前の晩に行って歓迎会みたいなものしてもろうて,次の日の朝から講義やった筈やなぁ。岐阜大学ちゅうたら,あんまし交通の便のええところに無いんで,宿泊は構内にある宿泊施設やったなぁ。もう長い事行ってないんで,どうなってるんか気になるところや。なんせ集中講義に呼んで貰うんは,年度末が多かったんか,あの宿舎については寒かった記憶しかないなぁ。ちゅうても嫌な思い出ちゃうで。たまに外国からのお客さんも泊まってて,あれこれ話したもんや。今朝でかけの寒さから,ふっと思い出した昔の話しや。
ちゅうわけで,今年は珍しう師走とはちょっと違う話題や。いや岐阜大学まで走ったんやから,やっぱりし師走の話題かも知れへんなぁ。
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2025年11月26日

花粉症

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昨日「花粉症」を取り上げてから、気になって過去のブログ内容を調べてみた。すると、2021年の2月末に、ほとんど同じ内容をあげてあって驚いた。違っていたのは、あの時は未だ「花粉症」が再発していなかった点だけ。以下がその全文である。
逃げる二月も、余すところ今日を入れて4日である。
日本からは、春の訪れのニュースに合わせて、花粉症の話題が報じられてくる。
かくいう私も若い頃は花粉症には悩まされた。いっとう最初は博士課程二年生のときだったから、昭和でいうなら51年(1976年)の事である。当時私は受験予備校の教員をアルバイトでやっていて、週一回金曜日は、朝から夕方まで、4コマの授業をこなしていた。春先だっただろうか、鼻水が滝のように落ち、くしゃみを何回も続けるありさまであった。小心者(?)の私はあわてて耳鼻科のもんを叩いた。医師は思いのほか年配で、
「急性の蓄膿症です!」
と診断を下された。あの時代まだ花粉症なんて病名はあまり認知されていなかった時代である。
投薬してもらったものの一向に病状は改善せず、私はセカンドオピニオンを求めて、別の耳鼻科を訪ねた。今度の医師はいわば壮年、早速レントゲンを撮ったり採血したりして
「おそらくアレルギー性の鼻炎です。血液検査は一週間程度かかりますから、何のアレルギーかは一週間後に申し上げますが、花粉症という病名委が一般的です。」
と診断をして下さったのである。
よくよく考えればもおよそ半世紀近い昔、その後花粉症は日本の国民病となったのはご常連様の御存じの通りである。ちなみに一週間後に私は
「杉の花粉によるアレルギーです。イネ科の花粉にもアレルギーがあるようです。」
と告げられた。里山育ちの私が、スギ花粉のアレルギーだったとは・・。
余談ながらこの花粉アレルギー、私が50歳になった頃、忽然と出なくなったのは、今でも不思議である。
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2025年11月09日

古い話やけど

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古いブログを読み返してるんや。
2009年2月28日やから、もう一昔半前になるな。
そいでも、まあ面白いで。


昼過ぎにな、上本町六丁目――みんな「上六(うえろく)」言うとるとこ,、に出かけたんや。
難波から千日前を通る経路や。国立文楽劇場を過ぎてちょっと行ったら、そこからが上り坂やねん。
まぁ大阪をよう知らん常連さんには、どこの話かわからんかもしれへんけどな。
上六ちゅうのは上町台地の南のはずれ、難波から見たらちょっと小高い丘の上にある一角や。
その坂を登っとったら、ふっと五十年近うも昔のこと思い出したんや。
うちの小学校の修学旅行は、毎年決まって伊勢神宮と二見が浦。
朝早う貝塚を出て、南海電車で難波まで。
ほんで難波から上六の近鉄特急乗り場まで、歩きやった。
わいら特急に乗ったんか、急行やったんかは覚えてへんけどな。
六年生二クラス、百人ほどがずらっと並んで歩くんやから、二、三十分はかかったやろな。
坂道に差しかかったとき、「いったいいつ駅に着くんやろ?」思て、不安になったんはよう覚えとる。
あの坂、子ども心にはやたら長う感じたわ。
わては母子家庭で育ったさかい、泊まりがけの旅行っちゅうのはその歳になるまで一度もなかったんや。
せやからか、あの修学旅行のことはいまでもよう憶えとる。
次に泊まりで出かけたんは中学の修学旅行、東京行きやったなぁ。
そのへんの話は、これまでのブログでも何度か書いたことあるわ。
あれからいうもん、もう半世紀以上や。
今では近鉄電車が地下で難波まで延びとるから、伊勢へ行くにもあの坂を歩くことはあらへん。千日前から上六までの風景も、そらもう昔とはまるでちゃう。
ほんま、時の流れいうんは重たいもんやな。
聞いた話やと、来月二十日には阪神電車も難波まで延びて、神戸・三宮から奈良まで一本で行けるらしい。
これぞまさに「隔世の感」っちゅうやつやな。
(このブログは、近鉄と阪神が直結された年、2009年の話しやな!)
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2025年11月02日

里心

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霜月二日。2015年も余すところ二か月である。
西東京市に住んでいるユウさんが、富士山の夕暮れの写真を送って来てくれた。
さすがに霜月、頂上付近は雪で白い。
初冠雪のニュースは一週間ほど前にきいた気がする。
以来頂上付近の雪は溶けていないのだろう。
早速シンガポール人の友人に転送してあげたら
「Beautiful!」
と、返ってきた。
富士の頂上雪景色なんて、べたな気もするが、それでも私自身もなぜかホッとする。
富士山の夕暮れの写真で感傷に浸っていたら、ほどなく生まれ故郷の隣人が、我が家の裏の畑の夕暮れの写真を送って来てくれた。ますます里心が増しそうである。
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2025年10月21日

喜寿の祝い

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昨日は親友のユーさんの誕生日。
同い年やから、つまり「喜寿」や。
「おめでとう」のメッセージ送ったろうと思てた矢先に、LINE電話が鳴った。
「今日、俺の誕生日。喜寿や!」
開口一番、向こうから言うてきよった。
ほんま、長い付き合いや。半世紀をとうに超えて、もう七十年近い付き合いやで。
途中、二十歳から四十歳ごろまでは音信不通気味やったけど、お互い生活基盤を築く時期やったから、そらしゃあないわな。
せやけど、お互いに落ち着いた頃に東京駅でほんまにバッタリ再会してな。
ユーさんは東京勤め、わいは月に二、三回の出張で東京へ。
そこからは、よう顔合わせるようになった。
ほんま「縁」っちゅうもんは不思議なもんやな。
気がつきゃ、わいもあと三か月で喜寿や。
あの頃のわしらが、もうそんな歳かと思うと笑けてくるけど、まだまだ元気でいたいもんや。
それにしても、LINE電話はありがたいなぁ。
国際電話でも無料で話せる。おかげでユーさんとは、最近ようしゃべる。
たわいもない話もあれば、昔の仕事の話、今の体調のことも。
なんやかんや言うても、やっぱり“声が聞こえる”ちゅうのは、ええもんやな。
ついでにいうとちゅうわけやないけど、一昨日話題にあげたシンゴ君からメッセージも届いとる。今日はなんや心がほんわかやな。
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2025年10月19日

お帰り寅さん

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高校3年のとき、同級生にシンゴ君という友人がおった。
ほんまに親しゅうなったのは、卒業してお互い浪人してからや。
シンゴ君は大阪のミナミ、阿倍野の予備校。
わいは北の土佐堀の予備校。
場所は違うけど、帰りの南海電車でよう会うたもんや。
ある意味、それが縁ちゅうもんなんやろうな。
シンゴ君の家は南海貝塚駅の近くやったから、
わいは水間鉄道で一つ二つ乗り外して、
シンゴ君の勉強部屋に寄っては、ようしゃべったもんや。
あの頃の娯楽といえば、映画かテレビ。
シンゴ君は「男はつらいよ」が好きで、
わいは「網走番外地」「唐獅子牡丹」派。
なんで急にそんなこと思い出したんか言うたら、
週末にテレビで「お帰り寅さん」をやってて、それたまたま見たからや。
シンゴ君はよう、渥美清の口調をまねして言うとった。
「私、生まれも育ちも葛飾、柴又。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでふうてんの寅と発します。」
それ聞くたび、
「いや、わいはやっぱり高倉健やで」
と反発したもんや。
けど今となっては、「寅さん」の世界はえらいもんやな。
笑いも涙も、人の情も、まるごと古典や。
高倉健ももちろん名優やけど、
「網走番外地」「唐獅子牡丹」を今見ても、
どこか遠い時代の風景に見えてまう。
同じ昭和レトロでも、
今でも通じるレトロと、ほこりかぶったレトロ。
その違いを、ようやく分かるようになった気ぃするわ。
それにしてもや、シンゴ君の慧眼には、いまさら脱帽や。
しかしシンゴ君、元気にしとるかな?
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2025年10月17日

昭和レトロ

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もう半世紀以上も昔の、私の初恋の話しや。
昭和レトロの高校生の初恋、今の若者にはピンとこんやろな。


南海電車、急行電車が動き始めた。
身動きもままならないのは、私たちだけではない。
電車が加速するたび、乗客たちが雪崩気味に押し寄せ、思わず身を寄せ合う。
私は進行方向側に立っていて、背中で人波を受け止めながら、彼女を守った。
「君は体が大きいから、頼もしい。この路線は痴漢が多いから助かるなぁ」
そう言って笑う彼女の声が、肩越しに柔らかく響く。
電車が定速に落ち着くと、私もほっと息をついた。
ふと気づけば、彼女がぴたりと身を寄せている。
その温もりが伝わってきて、心臓がやけに騒がしい。
「困ったなぁ」と内心つぶやいた瞬間、堺駅に近づいたのだろう、電車が減速を始めた。
今度は彼女の側から、押し寄せる人波。
私は反射的にその衝撃を受け止め、結果として彼女を抱きかかえるような形になった。
停車の反動で人々が後ろに戻っても、私たちはしばらく抱き合ったままだった。
ドアが開き、乗客が降りはじめてようやく、私は慌てて体を離した。
彼女はそんな私の狼狽など気にも留めず、
「本当に助かるわ、もう一駅、頑張ってお姉さんを守るのよ!」
と、屈託なく笑った。
その笑顔を見ながら、私は井上靖の『あすなろ物語』を思い出した。
私と彼女は、まるで鮎太と冴子のようだ――そう思うと、胸の奥が熱くなった。
堺から新今宮までの区間も、私は同じように“奮闘”した。
そして、新今宮で多くの乗客が降りてしまうと、ほんの少しだけ寂しくなった。
次は難波。南海電車から地下鉄への乗り換えである。
あの頃、地下鉄の改札にはまだ“もぎりのおばちゃん”がいて、
私は慌てて乗車券を買い、彼女と一緒にホームへ向かった。
地下鉄は南海電車ほど混んでおらず、車内には落ち着いた静けさが戻っていた。
やがて本町駅。
彼女は小さく手を振って降りていき、
私は一人、梅田へ向かう電車の中で、先ほどの温もりを思い返していた。
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2025年10月15日

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こんばんは、天邪鬼爺ですわ。
リンカーンがな、ええこと言うてはった。
「人間、四十になったら自分の顔に責任を持たなあかん」──
せやけど、あれ、よう考えたら難儀な話やで。
四十どころか七十越えても、
自分の顔に責任取られへん人、ようけおる。
まぁ顔っちゅうもんは、ええも悪いも
その人が生きてきた“跡”みたいなもんやからな。
シワも、口のへの字も、みんな履歴書や。
せやけど、面白いことに、
初対面で「あ、この人ええな」思う瞬間て、あるやろ?
顔の造りいうより、空気の合い方や。
“馬が合う”っちゅうのんは、顔の筋肉と心のクセの波長が
たまたま合うんかもしれん。
で、思うんや。
「顔に責任を持つ」いうんは、
他人から見ても“この人の顔、よう生きてきたな”
と思われる顔になれっちゅうことなんちゃうか。
ええ顔は、化粧でもマスクでも誤魔化されへん。
その人が出してきた“空気”が出る。
──せやけどな。
恋いうもんは、理屈通りにはいかん。
一目惚れちゅうのは、あれ、もう説明不能や。
「フェロモンがどうのこうの」言うてもな、
たぶん、匂いやのうて“魂の湿度”が合うんやと思うわ。
せやから、わてはもう最近、
顔見たらその人の“歩いてきた天気”が分かる気ぃがしてな。
晴れの日ばっかりの顔もあれば、
えらい嵐越えてきた顔もある。
どっちもええ。
ただ、自分で選んだ道なら、
その顔には責任、持たなあかんわな。
……さて、明日の朝、鏡見てビックリせんように、
今夜はちょっと早よ寝るとしますか。
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2025年10月04日

出会い

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今日はな、もう半世紀どころか、それ以上も昔の話や。
いまはすっかり親友になったユウサンと、初めて顔合わせた日やねん。
小学校の給食室で働いてはったユウサンのおばさんが、
「仲ようしたってや!」
て、にこにこしながら紹介してくれはったんや。
ちょうど地区の秋祭りの初日でな、太鼓の音が遠くから聞こえとった。
せやから、この日が十月四日やったいうのを、今でもよう覚えとるわ。
ほんで今日はその記念日や思てな、水間鉄道の終点「水間観音」から歩いて帰ってきたんやけど、
途中から、雨とも言えんような細かいのがぱらついてきよってん。
タクシーは相変わらず一台もおらんし、しゃあないさかい、えいやっと歩き出した。
朝はええ天気で薄日も射してたんや。
NHKの天気予報では「夕方には小雨が」言うとったけど、
その陽射しにすっかり騙されて、傘も持たんと出てしもうた。
ほんまは今年の三月にできたいう喫茶店に寄って、
「コーヒーでも飲んで一息つこか」思てたんやけどな。
まぁ雨のせいでそれもパーや。
せやけど幸い本降りにはならんと、三十分ほど歩いたら家に着いた。
半袖のシャツがちょっとしっとりしたぐらいやったわ。
それでも歩きながら、ふっと思た。
あの秋祭りの日の太鼓の音と、おばさんの「仲ようしたってや!」の声、
あれが、ユウサンとの始まりやったんやなぁ−−てな。
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2025年09月07日

E-JUSTに行けるかな?

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一昨日の夕方、アレキサンドリアのゴマさんから電話もろた。
「E-JUSTに招待したいねん」ちゅう話や。
急なことやったからびっくりしたけど、そらもう嬉しかったわ。
なんちゅうても、この10年近く「もう一回は行ってみたいなぁ」と思い続けてたとこやからな。
ゴマさんの条件は、
「形だけでええから、大学に籍を置いて欲しい」
ちゅうことやった。
阪大でわしが見てきた弟子らの何人かはもう教授になっとるし、誰かに頼むんもありやろ。レーザー総研にもつながりあるし、そっちは弟子やないから利益相反もない。頼みやすいわな。週末じっくり考えて、週明けには相談してみよか思てる。
思い返したら、ゴマさんとの付き合いは二年足らずやったけど、しっかりええ関係つくれてたと思う。ほななんで今になって呼んでくれる気になったんやろか。あの頃のゴマさんはE-JUSTのスタッフの中で中堅どころで、主流派ちゃうかった。けど今こうして声かけてくれるちゅうことは、発言権が出てきたんやろなぁ。そう考えたら、わしを呼んでくれたんが嬉しいだけやのうて、ゴマさんの「出世」を一緒に喜ぶべきかもしれへん。
今やから言うけど、E-JUSTいうんは関係してる日本の有名大学のポスドクの“はけ口”みたいに使われとった面もあるんや。せやけど、わしはそんなこと一度もせんかったし、考えたこともあらへん。
「日本の都合で、日本人教員が次々替わるんはあかん!」
て声上げたら、関係大学の長老の先生方はしらっとして知らん顔やったわ。
まぁ愚痴はこのくらいにしとこ。
アレキサンドリアのこと思い浮かべながら、胸ふくらませとくことにするわ。
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