2024年02月13日

小正月

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
おーっと、気がつけばあしたは バレンタインデーやないか!?
ロシアも、イスラエルも、バレンタイン休戦せんか!?


旧正月(中華正月、春節祭)の休暇が続いている。
現地の人達は、CNYと略して、メッセージ交換を行っている。
Chinese New Yearの事なのだが、数日来かいているように、この天邪鬼爺には高揚感が湧いてこない。つまるところ習慣の違いなのだが。
くどいようながら、私が子供の頃1950年代末には、大阪南部の泉州地域には、旧暦を寿ぐ習慣がかすかに残っていた。特に農業を生業とする家庭は、旧暦が大いに意味を持っていたからだろう。小学校が休みでもないのに、旧正月には母の姉が実家である我が家に泊りがけで来ていたように思う。いわゆるカレンダーの正月よりも、旧正月には藪入りとか言っていたような。(正確には小正月らしいが)まぁ爺の記憶だけに、いささか心もとない面もあるけれど。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2024年01月28日

時代やなぁ

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
昨日幸運(?)にも高校生の考え方を、知る機会があった。
まず「核兵器」に関してである。
彼ら自身のいろいろな考察を披露した後で、
「戦略核を肯定」
というから驚いた。
つまりいざとなったら、核兵器を使うのもあってよいというのである。
75の爺が、いきなり噛みつくわけにもいかず
「広島や長崎の原爆記念館訪ねたことがありますか?」
と尋ねるのが精一杯で、はたして訪ねたこともないという高校生もいた。
「一度見学に行って、もう一度考え直してくださいよ。」
と返そうとも考えたが、それとて大人げないかなと思いなおした。
それにしても時代というか時の流れを実感させられた。
引き続いて憲法九条についての、同じ高校生達の理解を聞かされることになった。
「日米安全保障条約があるので、いざとなればアメリカ合衆国とともに戦う!」
といった、威勢の良い結論で、これまた
「時代やなぁ!」
の実感であった。
憲法九条は、戦争も可能と書き換えるべしとの結論。
世界に誇る「平和憲法」も風前の灯火といったところであろうか。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2024年01月22日

無理は利かへんなぁ

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
二日間で800q走破、大阪から東京までを一往復半近く走ったことになる。
ただ長距離の走破というなら、名古屋大学空電研究所勤務の1987年だったと思うが、愛知県の豊川から、東名、名神、北陸道を経由して、丹後半島先端の伊根町蒲入までを一日で往復したことがある意味圧巻か。もう一つはすでに大阪大学に籍を得ていた1992年、大阪を出発してまず丹後半島先端のスイス村、若狭湾沿いに敦賀に移動して、福井県三国町、その後北陸道で彦根に移動して琵琶湖畔のアンテナ調整、その後大阪に戻って三か所同時の稼働を実現した、あの強行軍が懐かしい。いずれにしてもあんな無茶はこの歳75歳にはとてもかなわない。とりわけ1992年の場合には、フランスの仲間の手をかりてとはいえ、離れた三地点での同時観測を、GPSを利用した最初の雷放電の観測であった。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2024年01月21日

高揚感のしっぺ返し

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
四日前の1月17日に満75歳の誕生日を迎えたことは、既に述べさせてもらった。
ただその日を含め目二日間で、32歳と34歳の若者二人と、都合800q走破したことは、まだ申しあげていなかった。もちろん運転は若者達で、爺は後部座席に座っていただけであるが・・・。新しい雷放電観測の場所を探し求めての右往左往・長距離走破で、何やら30年近く昔を思い出し、大仰に申し上げるなら、若返ったような興奮感を禁じ得なかった。そうオーストラリア・ダーウィンでの観測をやり始めた、1990年代半ばの頃も彷彿とさせられた。ただそういった高揚感は、二日目を終えた途端、見事にしっぺ返しを送って来た。速い話、治りかけていた風邪がぶりかえしたようで、二日目に合流されたいわば「爺の上司」にあたる方を含めての夕食の最中から、猛烈に気分が悪くなり、食欲も下がるうえ、咳に至っては塗炭の苦しみであった。夕食後仲間達は買い物に出かけたけれど、爺は駐車場で待つだけで精一杯。ホテルに帰ってシャワーを浴びて急ぎ横になっても、体が温まって来て眠気が襲ってくると、激しい咳が出て、結局明け方まではぐっすりとは眠れなかった。そんな長い夜が明けても、食欲が全く戻らず、朝食はフルーツとジュースがやっと。その日の実験は、運の良いことに大学の実験室を借りてだから同行して、可能な限り椅子に座って体力回復に努めるだけ。そしてその翌日には這う這うの体で自宅に戻った次第。そして今日日曜日はさらに体力回復を期待して、終日横になっている。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2024年01月17日

75歳の誕生日

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
昨日も書いたように、今日は75歳の誕生日。
この年になると、月並みながら誕生日を迎えたという感慨はない。
とはいえ、この地シンガポールで迎える十回目の誕生日である。
さらにその前、アレキサンドリアに赴任していた時、多分2011年の誕生日は、学長のハイリさんの肝いりで、大きなバースデーケーキが会議の終わりに届けられ、誕生日を祝ってもらった。
あれはまた違った意味で感激した。
まさか私の誕生日を調べて下さったとは。
それにそれまで誕生日祝いを、その会合でやったことがなかったのに、本当にサプライズであった。
そのハイリさんも今は、一緒に立ち上げたE-JUSTを去られたと聞いている。

lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2024年01月16日

明日は誕生日

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
明日1月17日は、75歳の誕生日だ。
喜寿77歳までに、今進行中のSATREPS、それなりの成果が出せるか知らんと、気が揉める。
今週はマレーシアの仲間が、20日間余り日本に出向き、誘雷実験場を訪ねている筈。
能登半島地震から二週間、金沢訪問中に何も起こらないことを、ひたすら念じている。
話しは変わるが、阪神淡路大震災の29年目でもある。
何度かブログでも紹介しているように、あの大地震の遭ったその日10時間遅れて関西空港を飛び立ったシンガポール航空に搭乗して、一晩をシンガポールで過ごし、翌日昼頃ジャカルタ・スカルノハッタ空港に降り立った。
不思議な因縁と言おうか、どうも誕生日に搭乗することが多いような気がする。
実際明日は3泊4日のタイ出張である。
(あれこれ多忙、この続きは夜にでも)
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2023年12月10日

奈良の街を歩く

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
週末土曜日、日曜日は、時間的に余裕ができた。
咋土曜日は有難いことにお天気も良く、滞在中の奈良の市内を歩いてみた。
奈良は、小中高各時代に、何度か遠足で訪れてはいるものの、還暦を迎えた頃に
「そうか、この街には神様・仏様と、我々一般人が一緒に住んでいるんだ!」
と気付いた街である。
十歳代に訪ねたのは、法隆寺、薬師寺、唐招提寺、東大寺、春日大社、奈良公園等々あり、確かに表面的には奈良の歴史には触れてはきた。ただ若い頃の私の興味も低かったのだろう、10数年前に感じたあの印象は、年甲斐もなく大いに新鮮であった。例えば、高校時代の現代国語の教科書にあった、亀井勝一郎の大和古寺風物詩の一節に、新薬師寺の下りだったろうか
「古い塀を曲がれば、古代人の末裔が・・・。」
の下りの意味が、ようやく理解できた気がした。(もしかしたら和辻哲郎の古寺巡礼だったかな?)
そしてその時、
「文庫本でも買って、読み返してみよう。」
と考えた筈なのに、いまだにその決意が実行できていない。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2023年11月17日

マグカップからの連想

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
コロナ禍の間にすっかり在宅勤務の癖がついてしまったようながら、ここにきて頻繁に会社に出向くようになった。となると湯茶のマイカップが必要だ。シンガポールにやって来た直後買い求めたマグカップは、自宅用のはあるのに、職場用のは不思議なことに行方不明である。
「近いうちに、買い求めることにしよう!」
と考えたら、ふと我が家の年末の習慣を思い出した。
我が家は何度か紹介しているように母子家庭で、祖母、母そして私の三人家族であった。
私が小学校に入った頃には、祖母は老人性の痴ほう症がすすんでいて、小学校の教員をしていた母は、ずいぶんと苦労をしたのだろうと、この歳になってつくづく考える。
そんな我が家の年中行事の一つに、新年に向けてのお茶碗の新調の思い出がある。母子家庭で裕福ではなかったけれど、新年に向けて母は、食事の茶碗の新調をした。自宅には三連のかまどがあり、大きな鍋で新しい食器を茹でるのである。そして
「こうすると、お茶碗は欠けにくうなるんやで!」
と教えた。年が明けて三日には、母の姉、私にとっては伯母が、従姉妹二人を連れて一泊で新年の挨拶にやって来るので、その分も準備していたようだ。
何度か書いているように、記憶の連鎖は不思議なもので、マグカップの事から65、6年も昔の事をふっと思い出した次第である。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2023年11月02日

縁 2

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
昨日の話題を続ける。
私・爺は、決して運命論者ではない。
けれど、好きな作家宮本輝さんの
「子供には、両親の子供として生まれて来るだけの理由がある。両親には、自分の子供としてその子の親となるだけの理由がある。」
という言葉を、親友のY君との関わり合いの中で信ずるようになった。
Y君が、長く生き別れとなっていた母親を探しだし、その母親家族の生活を支えるようになったおり、爺が名古屋から大阪に移り住んだマンションで、その母親が働いていたという、現実である。
あれこれその婦人と話しているうち
「Y君と似た境遇やなぁ!」
と、訝しく思いY君に話したら
「それ俺のおふくろやないか。」
と、Y君もこの爺もびっくり仰天したのである。いやはや「縁」という以外にあんな不思議はなかった。大阪府下にあるマンションの中で、偶然そのマンションを選んで住むには、きっとそれだけの理由があったのだろう。
昨年だったか「ガチャ親」なんぞという流行語が流行ったけれど、爺にはそんなこと「ガチャ親」なんてことはありえないと固く信じている。
「あなたには、あなたの両親の子供として生まれて来るだけの、何か理由があったんですよ。」

lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白

2023年10月22日

武力による解決は反対

⇒⇒⇒⇒ 投票を願います!
ウクライナやイスラエルの状況に、懸念を感じる毎日である。
アメリカ合衆国が、イスラエルの攻撃に反対する国連安全保障会議の決議案に、拒否権を発動したという、とんでもないニュースもある。いずれにしても「戦争を知らない子供達」世代ながら、この爺は武力による解決は、絶対に間違っていると固く信じている。確かに元来の小心者ゆえ、武力による争いごとが嫌いという面もあるが、我が家の悲惨な歴史を知っているからでもある。
私の祖母は、30代後半で未亡人となった。つまり私の祖父が、42歳の若さで早世したのである。
未亡人となった祖母には12歳の長男、8歳の長女、そして5歳の二女(私の母)子供が残された。長男は、生まれたときには股関節脱臼で、医療技術も未熟だったこともあって、歩行が困難というわけではなかったそうだが、俗にいう「ビッコ」だったと聞く。それに近視もあって、兵隊検査は丙種だったそうだ。長男でもあり身体能力の万全でないことから
「まずは徴兵されないだろう。」
と、言われていたそうだ。
そんなこともあって、長女(私の伯母)は、縁談があってすぐに嫁ぎ、我が家は祖母、伯父、母の三人家族。太平洋戦争の戦況が怪しくなって、昭和18年伯父に赤紙(徴兵)が届いた。そして出向いたのがインパール作戦のビルマ(今のミャンマー)で、おとり作戦なのだから、伯父は当然のように戦死した。祖母は靖国の母となり、晩年は今でいう痴ほう症を患う事になる。そんな祖母に、伯父の叙勲の知らせが届いたそうだが
「勲章よりも、長男を返して欲しい!」
と、痴呆ながらに毅然と応えたと聞く。まるでその時は正気に戻っていたと、私が中学生になった時母から聞かされたのである。
その母も、その後5か月後の1961年8月30日に他界した。
lanking.gif
クリックして投票を!


posted by zen at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白