2018年05月20日

ALMAの事

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昨日ALMAの事を取り上げた。
132.8億光年彼方に酸素の存在が確認されたという、最近の研究結果である。
そして今日はALMAに関しての想い出を。
ALMAはAtacama Large Millimeter/submillimeter Arrayの略称で、チリ・アンデスの標高5000mのAtacama砂漠(高台)にある干渉計型のミリ波電波望遠鏡である。日本、台湾、欧米の国際協力の賜物で、深宇宙を電波の眼で見て、宇宙の起源に迫るいう目的で、2014年からフル稼働していると聞く。日本では野辺山にある国立天文台が主として担当している。
さて今日の話題は、そのALMA建設に関わった友人(?)についてである。友人の後ろに?を付けたのには理由がある。何度か述べているように、この爺は1979年名古屋大学空電研究所に赴任した。その赴任先の研究所の、隣の講座が「太陽電波」の講座で、そこの学生の一人にM君という修士課程学生がいた。だから必ずしも友人という範疇には入らないかも知れない。ただ爺の記憶では工学研究科の学生であったけれど、理学系の研究室に籍を置き、ミリ波の電波干渉計の研究に関わっていて、教官の私がいろいろ教えてもらっていた。その頃の知識が、現在のLIVE(Lightning Interferometer via VHF Emission)の基礎となっており、友人というよりも自分より若い師匠というべきかも知れない。がて私は大阪大学に赴任、その頃にはM君はもはや野辺山天文台の教員となっていた筈で、会う機会がめっきり減っていた。ただ電波科学という意味で、国際電波科学連合の会合では何度かお会いできた。その後風の便りでALMA建設に関わっていると聞かされていたのだが、2012年のある日新聞を見てM君がチリの自宅を出た直後に暴漢に襲われて、命を落とされたことを知った。当時私はエジプトに赴任していた頃で、どうにも動き様がなく、合掌して冥福を祈るのみであった。132.8億光年彼方の酸素、M君にも大きな喜びであったろうに。
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2018年05月14日

「おもかげ」を読んで

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浅田次郎さんの近刊「おもかげ」を読んだ。
浅田さんの作品は、爺の目頭をついついウルウルとさせる。この「おもかげ」も御多分に漏れず読み始めから早くもである。
ちなみに浅田さんの作品には、臨死体験を取り扱ったものや、霊魂というか幽霊というかを取り扱ったものが何編もある。
そしてこの「おもかげ」を読み進めるうち、既視感を覚え、
「何やら地下鉄(メトロ)に乗っての続編みたいやなぁ!」
「年齢を変えて出てくるあたりは、鉄道員(ぽっぽや)と一緒やなぁ。」

何ぞと考えた。
この作品の場合、母親の霊魂(?)が年代を変えて瀕死の主人公に会いに来る。そして極めつけは、子供の時に亡くした長男が
お父さんの100歳の時にまた会いたい!
と、父を黄泉の国からこの世へと追い返してしまう。ここで作品が終わっているので、本当に、戻って来るのかはたまた旅立ってしまうのかは定かではないけれど、蘇生して65歳から100歳までを生き抜くだろうと、十分に期待させるエンディングである。
話が前後するけれど、読み始めて目頭を熱くしたのだが、てっきり最初に出てくる「社長」が主役だと信じていたら、この「社長」ベッドに横たわる瀕死の主役を見まいに来るだけのちょい役で、すっかり騙されてしまった感は否めない。ただその主役、横たわってはいるものの、見舞い人や看護師の語り掛けを全部聞いている、聞こえているという設定だから興味深い。そしてそんな周囲の言葉や、黄泉の国から少しの間だけ彼に会いに来る女性達、誰なんだろうと思案しながら読み進めた次第である。

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2018年05月09日

5年前の今日

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5 年前の今日。バス路線で日本一長いというバスに乗って、紀伊半島を縦断した。その日の内容である。

バスは谷瀬の吊り橋を目指して,渓谷に入る。
実はこの私,もう10年ほど近く昔,一度この168号線を南下したことがある。五條から星降る村の大塔村を経由して,谷瀬の吊り橋から十津川温泉を訪ね,その後少し戻って和歌山県の橋本にぬけたと記憶している。ただあのときは十津川の渓谷沿いに車を駆ったので,奈良県南部は紀伊山地の中という認識はなかった。そしてその時は,
「いやはやすごい渓谷だ。」
といった,ありきたりの感動だけであったろうか。
ただ今回は,バスが進むうちに2年前の大雨による崩落の跡がそこかしこにあり,一つ一つの被害の凄さが眼に焼き付いた。
運転手さんは,崩落現場で一村がすっかり流されました,といった説明を下さりながら
「口に出しては,あまりはっきりとは言いづらいですねぇ・・。」
と付け加えていた。多分会社の同僚や,友人知己が亡くなられたのだろう。
2年前の台風による大雨の時,私はアレキサンドリアに赴任しており,インターネットを通じて知っているだけだから,何やら現実味が乏しかったのだが,こうやって現実を知ると,もう2年もたっているのに,復興はまだまだとの印象が強かった。とりわけ渓底が半分近く土砂で埋まっていたり,崩落でながされたのであろう,枯れ果てた樹木が散らばったままになっているのを見るに,万感迫るものがあった。
やがてバスは谷瀬の吊り橋・上野地に近づき運転手さんから
「この連休中は,吊り橋は一方通行になっていますので,新宮まで御乗車予定のお客様には,トイレ休憩中に渡って頂くことはできません。対岸からバスで戻って頂くとしても,一時間以上かかりますから。」
とちょっぴり,悲しい情報。先日のテレビ番組では,紹介していたアナウンサー氏が,ともかくも途中まで渡っていた筈で,何やら騙されたという感じになった。
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2018年04月22日

弱気の虫

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いやぁ、疲れましたなぁ。
何に疲れたって、自分の人生にですよ。69歳にしてというより、64歳でこの地シンガポールにやってきて、早4年と8カ月間ピンチの連続。チャンスはまぁめったとない。そして何度かこのブログにも書いているように、本音で投げ出して
「止ーめった!」
と叫びたい気持ちにもなる。今日はそんなわけで愚痴である。
そもそも長く大学の教官をやってきたこの爺には、ビジネスは無理なんだろうか、なんて自分を糾したくもなる。そんなちょっと憂鬱な週末、若いシンガポール人の元同僚が訪ねて来てくれた。ちなみに彼は30歳。職場では歳の差を越えて、なぜか気が合った。ひょっとしたら併せてくれていたのかもしれないけれど、俗にいう「価値観」が共有できた。だから数少ない最初のチャンスの折は、真剣に議論した。結論から言うとそのチャンスが成就せず、最初のつまずきとなった次第。その後彼は職場を去り、以後時折SNSを通じてのやり取りが続いている。その後のチャンスは一昨年から昨年にかけてやってきた。そしてこの辺りまでは、ある意味「あなた任せ」の販売活動だった。だからというわけではないのだろうが、またまた頓挫してしまった。
こんな話をしていたら、そのわかい友人
「最初のは、会社のトップの判断ミスですよ。善さんは悪くないし、あの時の担当だった営業には決定権はなかったし・・。」
と慰めの言葉。そして
「だからあの時の営業担当も私も会社を辞めたんですよ。」
と、仰る。いやはやそれにしても、ぞくにいう「授業料」高くついてしまったよ、本当に。
その他にもあれこれあって、今が数少ないチャンスの一つ。今回は自身が取り仕切っているつもりながら、それでもシンガポール人商人たちには本当に右往左往させられている。いやぁそいでもあれこれ書いたら、少しはすっきりした。早い話し今回は、負けるわけにはいきませんのや!
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2018年04月19日

10年前の今日

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百済・熊津,スウェーデン,そしてブラジル・バルー
数年前,ふとしたきっかけでブラジルで雷観測をすることになった。
豪州・ダーウィンの雷観測を,ドイツの研究者グループが見学に来た。ドイツのグループは,雷放電で生成されるNOxの航空機観測を,雷放電の多発地帯のひとつであるダーウィンで実施していたのだが,彼らとは全く独立して,野外観測を行っている我々の事を聞きつけたらしい。その頃の我々の観測では,広帯域干渉計が実用化に近い状態まで仕上がっており,それを見たドイツ人のハートムート氏が,
「NOxの航空機観測を,ブラジルで実施する。
干渉計を持って行って観測してくれないか?」
我々に持ちかけて来たのである。我々にしてみれば,渡りに船の話で,一も二もなくといった感じで申し出を受諾,ブラジルでの雷観測プロジェクトがあっという間に立ち上がった。ただ厄介なのは,観測の実施時期が年明けという点で,卒業研究やその発表会という大学の行事を考えれば,現実的には非常に厳しいプロジェクトに違いはなかった。おまけに輸出手続きが殊の外手間取り,ブラジル行きは二月になってからという有様で,結局今は研究室のスタッフとなっているM君,当時四年生のS君そして私の3人でのブラジル行きとなった。ブラジルでの観測は,サンパウロの300〜400km程度西にあるバルーという小都市で行った。サンパウロ空港にはブラジルの研究者仲間ゲルハルト氏が出迎えに来てくれており,陸路自動車での移動であった。随分と長い前振りになってしまった。実は今日話したいのは,この自動車での移動の時に強く受けた印象についてである。
今年(2008年の事)は,日本からブラジルへの移民が始まって丁度100年となる。あの頃樂園と信じてブラジルに移民した我が同朋は, 黄禍論が起こり人種差別も受けたと聞く。NHKでは昨年(2007年)夏,ブラジル移民の難行苦行をテーマとしたドラマも制作・放送された。
私のブラジル行きは,このドラマが放映される三四年以前だが,飛行機の長旅で疲れていた事もあって,
「ブラジルに移民してきた,私達の仲間はどんな気持ちであったのだろう?」
とやけに感傷的な気分になっていた。
「苦労したろうな?どんな気持ちで故国を去ったのだろう?」
何ぞと考えを巡らせていた。ところが,自動車がサンパウロの街の郊外を走り始めて暫く経ったとき,ふと眼前に連なる山並みを眺めて,私自身の持っている日本の国の原風景ともいうべき何かを彷彿とさせて,ホット安堵したのである。移民の方々には住む場所,働く場所を自由に選べるという自由はなかったのだろうけれど,それでもこの郊外の山並で勇気づけられたのなら,いや勇気づけられたに違いないと信じたのである。
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2018年04月05日

帰って行った犬

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昨晩、久しくお預かりしていた犬が、飼い主さんのところに帰って行った。だから朝から、何やら手持ち無沙汰を感じてならない。大凡一か月間仲良くしていたつもりなのに、引き取りに来られたら、懐かし気に尻尾を振って、でも私と見比べるようなしぐさである。だからああいうペットの記憶は、はたしてどれくらい続くのだろうと、少しながら気になる。
一方、小鳥などは、殻を割って出てきた時、初めて見た「もの」を親と認識すると聞いたこともあり、その流れからいうなら飼い主さんは、小さい時から手塩にかけたのだし、お預かりした私は可愛がったとはいえ、随分と成長して後の出会いゆえ、まぁそれなりのつながりにしかならないのかもしれないと、自分自身を慰めている。
ペットと飼い主、ペットと預かっていた私、のそれぞれのつながりは、こちらが考え込むほど大層なものではなく、彼等にしてみればきっともっと単純で「生まれた頃からのご主人様」、「物心ついて後知り合った可愛がってくれるおじさん」といった具合なのだろう。それでも人間様は、「愛情」という後を引く、厄介な感覚を持ち合わせているのである。
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2018年03月23日

もう23年経った2

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オーム真理教が騒動を起したあの時の少し前の事やったと思う。今やからもう言うてもええと思うんやけど、わいの所属してた学科の学生に引き込まれそうになったんがおったんや。親御さんが何回か訪ねてきやって
「ともかく休学させて、国に連れて帰ります!」
ちゅうことになったんや。その学生は運のええことにすっかり洗脳されるとこまでは行ってなかったんや。そいで教祖さんの空中浮揚あたりからなんかおかしい思い出しやって、あれこれ教員にも相談に来やったんや。そいで親御さんとも面談して、上にかいたような結論になったんや。
ところがや、親御さんとの面談が進んでる頃、わいの研究室の付近にちょくちょく女子学生が出没するようになった。ほんである日
「〇◎君の下宿、先生知りませんか?」
ちゅうんや。
「〇◎君て誰や?僕の研究室の学生ちゃうなぁ?」
と返したら、
「付き合ってたんですけど、ここ一週間連絡がとれなくて!」
ちゅうやないか。
「悪いなぁ、私は自分の研究室の学生は知っとるけど、他の研究室の学生は知らへんなぁ。」
ちゅうことで、その女学生には帰ってもろうたんやが、次の日またやって来やって、
「〇◎君は一年生です。出身の県判りませんか?」
と、またまた探るような質問や。
「学生課にでも行ったら判るやろうけどなぁ?」
のわいの答えに
「学生課では教えてくれないんです。下宿に行っても引き払ってるし、私騙されたのでしょうか?」
って言いやる。
「悪いなぁ、私は工学部の教員で、恋愛相談の教員ちゃうからなぁ!」
と言い切った。その後も何回かその女学生が訪ねて来やったけど、一回も自分が誰か名乗らんかった。わいも名前を確認せぇへんかったけど。
ほんで3月に地下鉄サリン事件が起こて、女学生はその後来んようになったなぁ。
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2018年03月21日

もう23年経った

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オームサリン事件が起こって、そう東京の地下鉄で何人も被害者が出て大騒動が起こったのは、1995年の事やった。早いものでもう23年やから、もう2年で四半世紀やなぁ。オーム事件に絡んだいろんな裁判ようよう終わったけど、わいらにはオームの狂気は何やったんか、一つも伝わってこんな。関係者は仰山死刑確定やら無期懲役確定やら出てるけど、わいらに判ってるんは、空中浮揚するちゅう教祖さんがおって、若い人らが妄信的に信じてしもうて、教祖やら幹部やらの命令で動いたらしいちゅうことぐらいや。カルト教団ちゅうんは、ふしぎなことに妄信的な信者を仰山つくるけど、この爺にはなんで信者になるんか全くわからへんなぁ。そもそも空中浮揚なんかできるわけないのん、普通の教育受けた大学生なら判ることやんか。(この稿続く)
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2018年03月16日

専攻長してたなぁ

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私は、大阪大学在職中の2006~2009年度の4年間、工学部電気系の専攻長をやらせて頂いた。電気系は、かつての電気工学科、通信工学科、電子工学科、情報工学科、原子力工学科が、大学の独立法人化に合わせて一つの大きな学科となって再編成され、その後何度かの改変もあって、教授数(昔風に言うなら講座数)25という大学科を構成していた。定年して5年経った今でも多分組織としては大きく変わってはいない筈で、少し小さくなったとはいえ地方の大学なら一つの学部ほどもある大世帯であった。そんな大世帯の専攻長なのだが、私達は構成員おおよそ70名の選挙で選ぶという手続きを取っていた。その昔の小さな学科の時は、教授輪番で学科長を務めるという制度が確立していたけれど、いろいろな学科が集まっての大学科制、旧学科間の利益相反という事も多々あり、
「それなら選挙でリーダを選べば、恨みっこなし!」
という事になった次第である。そして毎月一度(確か第二木曜だったと記憶しているが)定例の教授会を開催し、懸案事項をあれこれ議論して合議制で学科の運営を行っていた。ただどうしても合意に至らないような案件には、議論の後に多数決を取るという「民主制」を引いていた。
ここまでは何の面白みもない話ながら、専攻長を仰せつかっていた4年間に、たびたび経験したというか、あるいは先輩の教授から頂いた助言で、未だに引っかかっている。それは
「河崎さん、選挙で選ばれたんやから、もっと自由にやってええんや。強権発動でもええんやで!」
という励ましの有り難い言葉である。ただ私は、選挙で選ばれたのは舵取りを任されただけで、とても思いのままにという気持ちにはなれなかった。今からして思えば、その頃強い指導力を持った府知事が選ばれていた頃で、
「選挙の結果が民意。だから私のやることが民意。」
と、民主主義をはき違えた強弁がテレビ画面を賑わしていて、だから助言を下さった先輩は
「府知事のリーダーシップに憧れを持たれていたのかもしれないなぁ!」
なんぞと思い出している。私自身は先ほども書いたように、選ばれたのは舵取りを託されただけで、思いのままやろうなんぞとは考えたこともなかった。
昨今選挙で勝てば、やりたい放題、それを指導力と勘違いする一般大衆が多い様で、私は危惧している。いやなにこれは国政の事ですが・・・。
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2018年03月06日

仮定の質問には

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国会の委員会なんかのやり取りみて不思議に思うことあるねん。
政権与党のセンセイやお役人様が、野党議員の質問に
「仮定の質問には、お答えできません。」
ちゅう回答示すことや。なんでかちゅうたら、政治ちゅうんは先見越して仮定の上であれこれ策を講じるもんやからや。
「北の共産国からの侵略があったら。」
「半島の将軍様が、ミサイル撃ったら。」
「お隣の大国が攻めてきたら。」
何ちゅうようなこと考えて、アメリカ合衆国と安全保障条約結んでんちゃうんかい。わいは、「侵略」も「ミサイル」も「攻めて来る」こともないやろうと個人的には考えてるけど、ただそいでもそう信じて心配している人も大勢いるんやろう。仮定の話でも心配する人を安心させるんが政治やとわいは理解してるけどなぁ。
国対国の問題だけちゃうでぇ。
「東海大地震が起こったら!」
ちゅうて、あれこれ対策してるんも政治やろう。国会答弁の
「仮定の質問には、お答えできません。」
のだんでいうんやったら、「いついこるや判らへん地震」の対策ちゅうんは全くいらんちゅうことになる。それにそもそも来年度予算ちゅうんもや、税収こんなけある筈やからちゅう仮定の話の上で、来年度はこんなことしましょうちゅうて決めてるんや。これも仮定の上での取り決めやでぇ。せやから野党の議員さん、議論の仕方もっと考えてしっかりせなあかんで!!
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