2022年06月04日

爺版・折々のことば 30

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爺版・折々のことばも、今日でめでたく30回目。おおよそ一月続いたということになるので、今日でしばらくは小休止。またその内再開することもあろうが・・・。
で、今日の折々のことばは、
雷の研究、好きかどうかはともかく、面白いと思うかなぁ。面白いと思うんやったら、うちの研究室でやったらどうや?
である。実際のところ私が現役の教授だった頃、所属していたのは、かつての通信工学科、通信工学専攻で、雷放電の物理とは、ある意味かなりかけ離れていることは事実である。ただしあえていうなら、雷放電で被害を受けるのは通信設備も御多聞に漏れない。加えて、雷放電は、電流が雲から大地へあるいは雲から雲へと流れる現象なのだから、当然それに伴う電波を測定することで、色々なことが分かってくる。さらには電波を測るのに、通信の最先端技術を使えば、今まで見えなかったことも見えてきて、雷放電の解明というべきか、新しい側面が見えてくるだろうと、確信している。
かかる意味で、通信工学科に属していながら、
「雷放電の研究は筋違い!」
という批判は、まったく当たらないのである。
少なくとも私はそう考えて、学生諸君と接してきたつもりで、だからこそ研究室で修士を修めた学生の何名もが、通信関係の会社に職を得て活躍してくれている。
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2022年06月03日

爺版・折々のことば 29

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日本という国が、真の意味で国際化するには、日本人がどこの国のトイレでも平気で用をたせることである。
これは、常日頃仲間や弟子に私の言っていることばである。以下いささか尾籠な話ながら。
一般論であるが、我が国のトイレは清潔度が高いと、私は信じている。とりわけTOTOの商品名「ウオッシュレット」が普及し、若い世代ののほとんどは、清潔なトイレしか知らなくなってきている。翻って、古希を超えた私達の世代の多くは、旧式のトイレ(ポットん便所)で幼少期を過ごしている。そんな私でも、経済開放前の中国(1980年代降雨半)で雷の観測をした際、トイレに入ってぎょっとした記憶がある。それでも私が用をたせたのは、初めてアメリカ合衆国を訪れた1983年の経験からである。さすがにあの当時でもアメリカ合衆国のトイレは清潔だったけれど、週間からだろうかトイレの個室のドアは、下半分が切れていて、完全な密室とはなっていない。だからそんなトイレに慣れている我々日本人は、ドアの下半分が切れていて隙間だらけのトイレの個室が、気持ち悪く感じる。
そんなトイレで用をたしていたら、次に入ってきた誰かに隙間から覗かれてぎょっとしたのだが、その時
「彼等もきっと気になるから覗くのだろう。お互いさんだ!」
と、気持ちを切り替えたら妙に落ち着いて以来、外国のトイレで平気で用をたせるようになった、そんな経験からのことばなのである。
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2022年06月02日

爺版・折々のことば 28

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僕大阪人やけど、阪神タイガースのファンちゃうんねん。パリーグのファンで、西武を応援してんや。もっというと、昔の西鉄ライオンズのファンなんや。
1985年留学先のスウェーデンに、かつて家庭教師をしていて、当時大阪大学工学部通信工学科の学生であったいわゆる弟子から小包が届いた。何だろう急いで開けてみると、スポーツ新聞の束で、阪神タイガースが日本シリーズで西武ライオンズを破った翌日のものであった。そのお礼に手紙を返した時の文面書き出しである。
まぁ、大阪人だから阪神タイガース対読売巨人軍の対戦なら、タイガースが勝つと嬉しいし、六甲おろしも歌うけど、私は本来パシフィックリーグの野球狂だったのである。
さてその新聞を送ってくれたいわば弟子、最後は博士課程まで進んで、今は姫路にある私立大学で教鞭をとっている。便利な世の中になったもので、どうしてるかなぁとネットサーフィンしてみたら、もはや教授になっていらっしゃるではないか。よくよく考えれば、この弟子もすでに還暦を過ぎている筈である。
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2022年06月01日

爺版・折々のことば 27

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水無月朔日
午後は講義も輪講もないし、気分転換に吉澤君の車で、京都に行かへんか?

常日頃一緒に行動することの多かった吉澤君が車を手に入れた。
黒い車体の日産ブルーバードで、本人曰く
「中古車やけど、安かったしまだまだ使えるんで!」
ということであった。
四年生になって講座配属された後も、通信工学科単位での講義が多かったし。同じ研究室の仲間に声をかけたら、結局川西君、熊取君が参加することとなり、都合四名での京都行きとなった。大阪大学工学部のキャンパスは西国街道(国道171号)に近接しており、あの当時なら40分も走れば京都市内に到着するのであった。
結局私達は八瀬大原界隈を散策したのだがそのきっかけとなったのが、私の言ったこのことばである。私は決してリーダーではなかったけれど、なぜか私の一言が、仲の良かった級友達との小旅行となることが多かった。八瀬大原ではお定まりの、寂光院、三千院と訪ね、紅葉には少し早かったけれど、大学生四人だけの色気のない散策となった。
その帰り、誰かが
「おちがきしゃに寄ってみよう!」
と言い、皆ポカンとしてたら
「それ落柿舎(らくししゃ)やでぇ。」
と大笑いになった。ついでに夕闇迫る化野念仏寺も訪ね、キャンパスに戻った頃にはもう暗かった。当然大学院の先輩からはお𠮟りのことばがあり、あの小旅行が仲の良かった同級生達との最後だったのじゃあないだろうか。

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2022年05月31日

爺版・折々のことば 26

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皐月晦日
流行性感冒ですか?でも明後日から東京で大事な会議があるんですが、出張したらあきませんか?

私は自身の記憶にある限り、73歳のこの日まで、インフルエンザ(流行性感冒)には4度ばかり罹患している。最も直近は2006年か2007年の1月の事で、大気電気学会の年次大会が東京で開催される三日前、近所の病院で
「タミフルを五日分処方しますから、熱が下がっても最後まで飲み切ってください。」
と、医師に言われ口から出たのが、このことばである。
今日の新型コロナなら、こんなことはまず尋ねなかったろうが、60歳前だったとはいえ、インフルエンザ(風邪)は、病気の内には入れてなかったきらいもある。例えばその前の罹患は、1987年の冬で、38度くらいの熱もあったが、当時住んでいた愛知県から大阪まで新幹線で出かけた。ところが昼の会議での無理がたたったのだろう、夜にはえらく熱が上がり、止むを得ず市販のアスピリンを飲んでホテルで一夜を過ごしたら、翌朝には回復していた。
さて2000年になってからの、インフルエンザ、実際タミフルの効果もあってだろう、二日も寝ていれば、熱も平熱となり、節々の痛みも潮の引くがごとく消えてしまった。だから医師との約束通り(?)、四日目には大気電気学会に出向いた。
さすがにこの時は、学会の仲間からは
「河崎さんインフルエンザ?近づかないで、うつると嫌だから。」
とある意味の毛嫌いをされた。
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2022年05月30日

爺版・折々のことば 25

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おかぁさんも、先生やでぇ!
私が小学生の3年生だったか4年生だったかの頃の、母のことばである。
季節は多分冬で、その朝珍しく寝坊した母が
「善一郎急ぎ。今朝は戦争やでぇ。」
と物騒な言いようで私を急き立てた。
それこそ朝食もそそくさと済ませ、二人そろって家を出た。
当時は、通学路なんて気の利いた言葉はなかったけれど、母は校則で決められている通学路ではなく、俗に我々が「山道」と呼んでいた近道の方に向かった。
「山道は学校の行き帰りに通ったらあかんね。先生に怒られるでぇ!」
という私に、母が返したことばである。
「急がな学校に遅れるさかいな!」
とだけ言って、山道に急いだ。
ちなみに子供の足で30分は優にかかる通常の通学路に対して、山道は10分足らず。ただし村境の川には手すりも何もない橋が架かっており、今考えるとこの橋が危険と先生方が考えたうえでの、通行禁止の規則だったのだろう。
ただ気真面目だった母の、「おかぁさんも、先生やでぇ!」といったあのことばには、
「母は意外とおちゃめな一面もあったのだ。」
と考えたりしている。
60年以上も前の母のことばながら。
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2022年05月29日

爺版・折々のことば 24

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私の特技はナンパです。
(I am good at hunting human beings!)。

私は、レストランや喫茶店などで、近くのテーブルの客に声をかけることが多い。それも国の内外は問わない。とはいえ、決してのべつ幕無しというわけではない。まず私が一人の場合が多い。そして「ナンパ」の相手は、何人であってもかまわないし、老若男女を区別しない。さらに先方が、沈んだ雰囲気であろうが、盛り上がっていようが、それはそれで臨機応変。とはいえ、場を読む観察力も肝要で、一声、二声あたりで、先方に引いていく気配があれば、続けないことにしている。逆に良い雰囲気が出来そうなときには、このことばを申し上げる。さすがにこのことばに、相手は一瞬強張るものの、私が目で笑って見せると、一気に打ち解けて心の垣根が壊れて、大いに話が弾むのである。このあたりの極意は、愛弟子のY君に伝授したけれど、果たして彼はこんな芸当を身に付けてくれただろうか。
そんな私の武勇伝の中でも、40年程昔1月3日の英国ヨークのホテルでの「ナンパ」はなぜか心に残っている。ノルウェーでの観測の帰りに、立ち寄ったのだが、朝食を取ろうとダイニングルームにおりていったら、ほとんど満席で老婦人が一人で食事しているのが眼に入った。だから一緒に座って食事して良いかと聞き、そして
I am good at hunting the nice lady.
と申し上げたら、
I haven’t experienced being hunting for these 30 years.
と返され、お互い大笑いして小一時間の朝食を楽しむことができたのである。
朝食の後は、楽しく食事をできたとお互いに例を言い合って別れたけれど、お互いの名前を名乗り合うことはなかったと記憶している。
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2022年05月28日

爺版・折々のことば 23

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失礼ですがどなた様ですか? えっ、越前蟹屋の奥さん? ・・・昼間とえらい違うやん!
20年近くも昔、福井県三国港で冬季雷の観測をしていたある冬の朝、冷やかし半分に朝市を訪ね
「あら先生、朝市に来てくれたの?」
と声をかけられたときに、ふっと口をついて応えたのがこのことばである。
冬季雷の観測は年末ぎりぎりまで続けるのが常で、だから最後まで残って観測してくれた学生には、正月土産に越前蟹を持たせて帰らせるようにしていた。その蟹を買い求めていたのが蟹卸のお店で、その奥さんには本当に良くしてもらっていたのである。
その奥さん、いつも身ぎれいにしていらっしゃったし、なかなかおちゃめな感じだったのが、朝市では化粧っ気もなく、本当に老婆に見えた。だからついつい本音が口をついて出たのだろうが、今日ならセクハラにもなりかねない大失敗であった。
後日談ながら、数日間は奥さんに口をきいてもらえなかった。

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2022年05月26日

爺版・折々のことば 21

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タクシーのメーター、一人当たりなんちゅうのどこの国にあんね。いい加減なこと言うなよ。君ら、メータの金額だけ払って、はよタクシーから降りた方がええで。これ雲助タクシーや!
私が生まれて初めてシンガポールに来た、1989年の1月。昭和天皇崩御の日の事である。ジャカルタ便に乗り継ぐまでの数時間、シンガポールの街を散策したときの武勇伝である。あの当時はこのシンガポールでも、日本人とみれば
「偽物あるよ!」
と、有名ブランドの偽物を街頭で売りつけに来ることもあったほどである。
今となってはどこであったか判然としないけれど、多分オーチャッド界隈だったのであろう。タクシーを探していたら、何やらもめている一台が目に留まった。見れば客は日本人の若い女性が三名で、当惑している風。どうしたのだろうと尋ねたら、
「タクシー降りようとしたら、メーターの代金は一人分だから、三倍して払えというんです。」
というではないか。我々は男性三人連れだったこともあって、私がさっきのことばを英語でまくし立てたのである。タクシーの運転手は正規の代金を受け取り、急発進してどこかに行ってしまったけれど、
「君ら英語でちゃんと交渉せなあかんで!」
と日本人の女性に、おじさんらしく説教して分かれた。
ちなみに今日のシンガポールには、この手の雲助タクシーはまずいない。
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2022年05月25日

爺版・折々のことば 20

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シンガポールは、年中夏ですから!
ここシンガポールに住んでおおよそ九年、そして時々日本の友人から尋ねられるのが
「シンガポールは、今季節なんなの?」
といった質問。
シンガポールは、ほぼ赤道直下とご存じの方は、そんな質問をしないけれど、四季のある日本に住んで、国の位置関係に無頓着な知り合いは、時候の挨拶のつもりで尋ねられるのだろう。いやむしろ、日本人気候の挨拶を、会話のきっかけとする習慣が高いのだろう。
堂々巡りのようになるが、季節感の豊富さが、こういった会話の「枕詞」を日常化させたに違いない。
「今朝は、本当に冷えますねぇ!」
「梅の香りがしてきますなぁ。」
「いやぁ、昨晩の暑かったこと。熱帯夜だったみたいですねぇ。」
「本当に、すがすがしい季節になりました。紅葉までにはもう少しでしょうが。」
等々、といった具合である。
ところが私が年中夏ですからと応えると、大概の場合会話が途切れてしまう。私はある意味そのまの悪さが楽しくて、確信犯的に
「シンガポールは、年中夏ですから。」
と、応えることにしている。
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