2019年07月24日

選挙の勝ち負け

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もう50〜60年も昔のことになるのだろう。
私が「国政選挙」を初めて意識した時のこと、意識というよりは、興味を持ったというべきかも知れない。あの折不思議で仕方の無かったのが、議席で過半数を超えているのに、
「○○党 敗北!」
という記事を見たことである。
「この党一番沢山当選してんのに、何で新聞では負けたちゅうて書いたぁるん?」
と、周りの大人達に尋ねた。正直不思議でならなかった。
大人達は煮え切らない返事を、もごもごとするばかりで、私には全く納得いかなかった。
「○○党は、前の選挙から当選した人減ったんや。だから負けたちゅうんや。」
という答をもらったけれど、あの当時には全く合点がいかなかった。
時は流れて、今回の参議院選挙、結果的には政権政党が10議席減となった。
それでも、マスコミ報道も政権政党党首も、敗れたとは言わない。不思議なことに、
「信任頂いた!」
とさえ言っている。???
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2019年07月09日

十年前の今日

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10年前の今日 不思議なことに今日も似たような心持
毎日忙しなくしていると,ついつい諸事に目が行き届かなくなるというか,ちょっとした事に対しての感性が鈍るというか,いざ,ブログ更新を!と,キーボードに向かっても,はて今日はと考え込んでしまいがちになる。ただそんな日には今日は忙しかったから!何ぞといった言い訳をせず,小生自身を戒め,あれこれ思索を巡らすようにしている。だから,こんな事態にならない様に,左後ろのポケットに小さなメモ帳を持ち歩き,ふっと気付いた事をこまめに書き込む,そういう営業努力だけはしている。
いきなり説明っぽい書き出しとなってしまったけれど,
「毎日2度のブログ書き込みは大変でしょう?それにしても話題が専門家ら社会批判と,はばが広いですねぇ!」
と,お褒めとも,驚嘆ともとれる言葉を頂く御常連様方への,いわば説明のつもりである。
還暦を超えた小生・おっさんの本音は,俗な様だが忙中にも閑ありの筈で,自身が感性を研ぎ澄まそうとする意欲を持って欲しいという,その一点。小生大学の教員で,気障なようだが,研究室に所属している学生諸君が将来の仲間として育って欲しいと願い接しているつもりである。彼・彼女らが将来技術畑に進もうが,科学者としての後継者を目指してくれようが,いずれにしても,ちょっとした事からでも,何か新しい芽を見つける感性なくしては,一角の技術者や研究者にはなれない,良い仕事が出来ないと,小生は信じている。そしてはまたまた気障な様だが,60歳を過ぎたおっさんでも,毎日意識して神経を研ぎ澄まし,ブログネタを見つけているのだから,若い仲間も負けずに感性を磨いて欲しいと情報発信しているつもりなのである。
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2019年07月06日

一強多弱を考える

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ほんまに、わが祖国ながらいやになる。
情けない国になってしもうた。
お上にたてつくちゅう気概がいっこもない。それどころか
「貧しいのは、自分の責任だから、今の政権政党、安定しているから良い。」
ちゅう若いもんが多いらしい。まぁこんな若いもん造ったんもわいら爺世代やから、天に向かって唾吐くようなもんかもしれんけど、そいでも情けない国には違いあらへん。
ほんまやったら、政権政党が右云うたら、ワイらは左言うべきやし、政権政党が図ってくれる便宜には、もろ無視せなあかんのや。
この爺のよって立つところはや、
「インテリ層は、選挙には常に野党に投票すべし!」
という、信念に近いもんや。
話変わるけど、この信念はあんまり有難ない。ほんでこの信念がや、この爺を苦労させとるなぁ。せやけど、この反骨精神は、今の若い人に持っていて欲しい思うんは贅沢なんかなぁ。
1985年、この爺がまだ若かったころスウェーデンに一年滞在した。
その時経験したんは、政権政党の一強多弱ちゅう、今の日本みたいな具合やった。大学に勤めとるいわゆるインテリは、そのことなげいとったんも、なんや今のこの爺と一緒や。せやからこうなるんは成熟した国の宿命かなぁとも、考えとうなるなぁ。
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2019年06月22日

教養部解体に思う

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十年前の今日の内容
10年ほど前,大学では教養部改革が断行され,ほとんどの大学で無くなってしまった。かくいう我が阪大もご多分にもれず,共通教育という枠組みで,いうならとっくに退化してしまった私達の虫垂(俗に言う盲腸)の様に,残ってはいるけれど,実質きわめて希薄になってしまっている。教養部改革は,
「高校から大学に入った途端,多くの学生が勉強しなくなる。これは高校の繰り返しとも思える,教養部での授業が,彼らの勉学意欲を削いでいるからだ。大学に入学して,さぁ自分の好きな学問を!と意気揚々の若者達に,高校の延長の講義ではいけない。鉄は熱いうちにうて,のことわざ通り,入学当初から専門の香を嗅がせるような教育が必要である。」
といった意見が強くなり,大勢を占め教養部改革の嵐が吹いたのである。確かに正論にも聞こえるけれど,本音のところでは,
「理学や工学を学ぶものに,文学,歴史,政治何ぞという科目は不必要。理科系と文科系は違うんだ。早く専門科目を教えて,促成栽培を!」
の意図がなかったとはいえないかもしれない。先日,NHKのある番組で,10歳の壁という話を聞いた。小学校中学年で,急速に学力に個体差が出てくる事をさす言葉だそうで,桁数の大きな計算や文章から問題の意図を汲み取る力に歴然とした個体差の出来始める事実をして,10歳の壁という言葉を用いているそうである。そしてその解決策の一つとして,読書する習慣を持たせる事を上げていた。読書だけで全て解決とは思わないが,読者する習慣は確実に,考える力や想像から創造にいたる力を増す。
言い訳するつもりも,自己弁護するつもりもないけれど,あの当時から小生は,
「教養部の解体は,大学の荒廃をもたらす。」
と信じて,助教授の身でありながら,反対の意見を申し上げた記憶がある。話題が発散しそうなくらいに広がって来ているけれど,私は「理科系だ文科系だ」と分ける現在の教育の在り方が,正確には受験の在り方が,間違っているとはいえないまでも正解では無いと信じている。俗に言う,理科と文科のバランスのとれた知識が,各個人の創造力を引き出す筈で,当然大学の中にあってもそうでなければならない。
最後に自戒の念を込めて申し上げるなら,教養部が解体され10年以上を経た今日でも,大学に入学した途端,勉学意欲を示さなくなる学生は,昔同様で,何のための教養部解体だったのかと悩んでいる次第である。
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2019年06月18日

空からオタマジャクシ

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十年前の今日の話題

最近全国各地で,おたまじゃくしや小魚が降るという珍事が起こっている。
石川県で話題となったのが最初だったろうか。
先ずは能登半島のど真ん中,次の日は福井県境に近い石川県南部だった。
最初このニュースを聞いたとき,もしかしたら竜巻か?何ぞと考えた。もう20年近くも昔,石川県河北郡鶴来町でロケット誘雷実験をやっていたときの事北陸道を北にむけて松任辺りを走っていたとき,海上に竜巻を見た事がある。だからという訳でもないが,石川県と竜巻の組み合わせに違和感を感じなかった。ただニュースでは,竜巻の起こりそうな気象状況ではなかったと解説があり,いかにも不思議と報じていた。餌を飲み込んでいた鳥が,吐き出したのかも知らないとの解説もあった。その後数日後,二三の件で同様の事件があり,盛んに不思議と報じている。小生とて不思議に思う事は紛れもない。ただそんなに不思議なら,なぜ降ってきたおたまじゃくしや小魚のDNA鑑定でもやって,どこから来たのか確かめようとしないのかと,単に不思議を吹聴するだけの,報道各社に辟易とする。上手くいけば,DNA気象学なんて新しい学問分野が出来るかも知れないぞ!
後日談は聞かないなぁ。

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2019年05月25日

まことに小さな国が 3

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歴史家でも作家でもないこの爺が、少し気取って「まことに小さな国が」とはじめて今日で三日目。そろそろ潮時だろうが、もう一日だけお付き合い願いたい。
「なぜ植民地にならなかったのか?」
という命題を、爺なりの限られた知識で思案している。
良く知られているように、江戸時代末期の開国で結んだ条約は不平等条約。開国を迫った欧米列強は極東の「まことに小さな国を」、言うならだましたのである。長い間鎖国をしていて、国際感覚の皆無だった幕府のお偉方をだますのは、まさに赤子の手を捻るようなものだったろう。反開国の猪武者達は単に反対を叫ぶだけだったろうし、開国やむなしと判断した指導者達は、後進国の我が国にはその条約も仕方ないくらいしか考えなかったろう。
余談ながらあの生麦事件、日本史でも「我が国は野蛮であった!」と教えるが、太平洋の向こうの国はまだ西部劇の時代だったのだから、野蛮さでいえば、本質的には変わらない。薩摩武士が切腹して見せたのも、文化の違いで、西部劇でよく見る公開絞首刑も野蛮といえば野蛮だろう。話が脇道にそれてしまったが、爺の言いたかったのは、あの時代我が国は卑屈になる必要がなかったのにという反省である。
いずれにしても不平等な条約を結んでしまい、明治維新を迎えたとき
「不平等条約の書き換え!」
が、一つの目標となり「良い国、強い国」を国是として邁進したのである。そして多くの同胞が不平等条約の撤廃のために、真面目に励んだのである。かかる意味であの頃の我が国の人達は大真面目であった、とこの爺は理解している。その大真面目さも植民地化されずにすんだ一因だろうと、思案しているのだが。
ひるがえって、今日の日本。諸外国と対等にふるまっているか?
確かに近隣の諸国には大層居丈高にふるまうが、太平洋の向こうの国には、滅私奉公に近いような感じである。そうすることが国益と国のリーダー達は主張されるだろうが、本当だろうか?
おりしも米中経済戦争が勃発、アメリカ合衆国べったりではいずれ貧乏くじを引いてしまうだろうとは、この爺の予感である。
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2019年05月24日

まことに小さな国が 2

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江戸時代250年間我が国は鎖国をしていた。
この鎖国に関しては、あれこれ批判もある反面、独特の文化を熟成できたと私は考えている。。例えば江戸の町の識字率、世界に類を見ないほど高かったと聞く。
国を閉ざして見分を海外に広めない代わりに、高い教育水準を達成していたのである。
そんな国民が、維新を経て「四民平等」を告げられたのだから、多くの若者達が坂の上の雲を目指したに違いない。そして国是を、「良い国、強い国造り」としたのだから、贔屓の引き倒しでなく、奇跡的な成長を成し遂げ得たのではなかろうか。ただその成長が今度は仇となり、国を滅ぼしてしまうような戦争を世界を相手にしたのだが、それは今回の主題ではない。主題はなぜ我が国は植民地にならなかったという点。
江戸の高い教育水準に加え、欧米列強に見習って、弱い国を踏み台にしたことも大きかろう。具体的には日清、日露の両戦争を経て、大陸に居留地を作り、半島を併合した。これで欧米列強は、我が国にちょっかいを懸けなくなった。加えて明治維新の頃のアメリカ合衆国は、南北戦争を終えたばかりで、自国の運営に重きを置かねばならぬ状態だったことも大きかろうとおもう。早い話、いろいろな要因があって、我が国は明治維新ののち植民地化されずに済んだのである。僥倖というべきか、それが仇で国がなくなる寸前まで行ってしまったというべきか。というのも、今日の我が国確かに経済的には恵まれてはいるけれど、ついつい本当にこれでいいのかと、考えさせられることが多いからである。
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2019年05月23日

まことに小さな国が

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朝日新聞インターネト版の記事、
「なぜ日本は植民地化を免れたか 世界の中の明治維新」
を興味深く読んだ。この命題は私自身の中でも、思い出した様に繰り返し現れてくる。
大国だった清国をはじめ、東南アジアの諸国がほとんど植民地となった。
私の住んでいるシンガポールだって、マレーシアの一部として大英帝国の植民地であった。
そんなアジア諸国の「体たらく」を思うとき、我が国が明治維新後比較的短期間の間に、列強の一国に名を連ねたのだから、奇跡というほかはない。司馬遼太郎さんの坂の上の雲によれば、
「まことに小さな国が・・・。」
ということになるのである。
まさか西郷隆盛や大久保利通が、偉かったからというのは解ではあるまい。
ましてや、伊藤博文や山県有朋なんぞではとてもとてもだろう。
ただ明治維新後、指導する側もされる側も、「良い国、強い国」を目指したのは事実だろう。右寄り思想の方なら、大和民族が優秀だからと短絡的に結論づけてしまわれるだろうが、それなら今日の我が国の主体性のなさ、アメリカ合衆国に依存しすぎる体制をどう解釈されるのだろう。今日の我が国、大仰に言うなら第51番目の州と陰口される時もあると聞く。だから大和民族は抜きんでて優秀な民族である筈がないのである。 
我が国には欧米列強の必要とする資源がない、我が国は大陸から離れた島国、等々の理由もあげられようが、これらとて本質的ではなかろう。記事の一部にあの当時の我が国の政治の曖昧さ「将軍と天皇」を挙げている研究者もいたが、これとて専門家の解釈の割には、はなはだ理解が浅いような気がする。江戸幕府の官僚機構が、そのまま明治政府の官僚機構の取り込まれたとは言えないまでも、明治政府の立ち上げが比較的うまくいったのには、江戸幕府の官僚機構に負うところが多いとも聞く。それゆえ国を挙げての、「良い国、強い国」を国是とできたのだろうとは、素人ながら理解でもある。(この稿続く)
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2019年05月21日

プールの事故

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インターネット版の新聞で、
「プールでの飛び込み事故」
の記事を読んだ。飛び込みは禁止されているらしいが、それでも飛び込んでプールの底に激突、脊髄を損傷という記事である。記事に出ていたのは随分と前の事故とその当事者ながら、この種の事故は今日でも後を絶たないらしい。そしてこの爺にも、58年も昔の苦い思い出がある。思い出があるというよりは、正確にはこの記事を読んで思い出がよみがえったのである。
この爺の育ったのは大阪府南部の田舎都市で、中学校に入るまでプールなんぞというハイカラなものはなかった。だから夏ともなれば、池や川で泳いだものである。それが中学2年だったか3年だったかの夏に、通っている中学校の向かい辺りに市営プールができた。そもそも池や川で泳ぐことは禁止されていたのだが、子供達はそんなことにはお構いなしで遊んだものだ。ただプールの開設と同時に、中学校の教師の締め付けが一層厳しくなり、我々悪童たちは炎天下を30分ほど歩いてプールに出かけることを余儀なくされた。
その最初の日、私はプールの底に激突したんこぶを作った。ただ泳ぐための飛び込みで比較的鋭角で飛び込んだことも幸いし、脊髄損傷といった事態には至らなかった。
このことを思い出したのと同時に、脊髄を損傷するほどどうして強く激突するのだろうと、いささか不思議にも思った次第である。
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2019年05月05日

端午の節句

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今日は、子供の日やでぇ。昔風に言うたら端午の節句ちゅうやっちゃ。
今年は、そんな子供の日も、なんや霞んでまうなぁ。未曾有の10連休やもんなぁ。国を挙げての10連休なんちゅうよなことはもうほんまにめったにないでぇ。まぁめったにないから未曾有なんやけどな。
ゴールデンウィークのこの時期のことで、いまだに心に残ってるんは、三連休や。昭和33年ちゅうから1958年、小学4年生のときや。
5月3日(土)憲法記念日、5月4日(日)、5月5日(月)子供の日  ちゅう三連休や。
小学校に入って初めてのことやったちゅう記憶があるんやけど、なんせ嬉しゅうて、嬉しゅうて、せやから今でも強烈に残ってるんや。あの頃はハッピーマンデーちゅう制度もなかったし、土曜日は半ドンちゅうて午前中だけやけど授業があったんや。せやから物心ついての三連休はほんまに初めての経験やった。
ただや、嬉しかった記憶はあるんやけど、どうして過ごしたんかの記憶はなんも残ってないなぁ。近所の子と遊んだんか、母親とどっかに行ったんか、それとも退屈して過ごしたんか、不思議なことにこんなけ印象に残ってる三連休やのに、中身のことはまるで覚えとらん。不思議やなぁ、記憶ちゅうのんは。
次の年昭和34の4月からわいの生活は一変するんやけど、まぁそのことは今日は書かんとく。そいで3連休が昭和33年に有ったちゅうてその年まで覚えてるんや。いずれにしても今日は子供の日で、明日6日までの10連休がいいよ終わるんやなぁ。
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