2018年10月24日

トロンハイムの思い出 2

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何がきっかけで思い出したかはともかく、1983年(昭和58年)の11月28日である。
翌日には、トロンハイム空港からオーレスンド空港まで空路、一泊して翌日にはフィーヨルド伝いに車でセリエ村という漁村に行くことになると聞かされていた。
とはいえ、夜の8時過ぎなんぞに良い若い者が(ちなみに当時私は34歳)眠れるはずもなく、
「僕はもう眠るでぇ!」
というT先生を部屋に一人残して、私はトロンハイムの街に出た。
街に出ると大仰な言い様ながら、ホテルの周りを歩いてみたのである。
ただ夜の長い北の街らしく街灯は思いの外明るく、昨日も書いたようにホテルの周りは、まだまだ人が溢れていた。私自身この街に来るまでは、北欧に対し結構暗いイメージを抱いていたのだが、良い意味で外れてしまったのは、ある意味幸いだったのかもしれない。早い話し北欧に対するイメージを一新し、すっかり北欧の贔屓になるのだから、「縁は異なもの」とでもいうことになろうか。
ホテルの周辺には、いくつか商店もありウィンドウショッピングをしながら歩いた。気温は、これまた思いの外高くて、なかなかホテルの部屋に戻る気にはならなかった。街灯の下で、その前の年に流行った「北酒場」の唄を口ずさんでいたら、周りに人が集まりだし、そうなると引っ込みもつかず、大声で「北酒場」の唄を熱唱することになった。「カラオケ」のはやる随分と昔の話で、「北酒場」熱唱の北限で無かろうかと、少しだけ自慢である。
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2018年10月23日

トロンハイムの想い出

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このブログで何度か取り上げた、記憶についての話題。
「何の脈絡もなく、昔の記憶が甦る。」
事の不思議さについてである。
意識の下で何かきっかけがあるのだろうが、今日は1983年11月末のノルウェー・トロンハイムでの一泊の想い出。
生まれて初めての海外での雷観測に先立って、その観測の先方の代表であるヒュッセさんを訪れた。我が方の代表は、今や鬼籍に入られて久しいT先生でパリ、オスロを経由してトロンハイムに到着したのは11月も28日頃だったろう。トロンハイムは北極圏少し手前の街で、11月の末頃には午後二時ともなれば日没となる。トロンハイムの空港には、ヒュッセさん自ら迎えに来てくださっており、ともかくホテルにチェックイン。そして夕刻には迎えに来てくださって、ご自宅での歓迎夕食会に招待して頂いた。私は、T先生のお供であったが、ドイツ語会話の達者なT先生、英語が今一つであったのは驚きであった。夕食の最後にチーズを頂いて、
「明日は朝早くから移動を開始しますので、早めのお開き!」
と相成り、午後8時頃ホテルに戻った。
なかなか寝付けない私は、ホテルの付近を一人で歩き回ったのだが、結構人出が多かったという印象が強く残っている。いわば国内の大都市の繁華街のごとき人出であった。
そんなことをふっと思い出したのだが、はてさて何が引き掛けだったのだろう?
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2018年10月19日

ご無沙汰

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早いもんやなぁ、もう10月も三分の二過ぎる。
今更ながら、「光陰矢の如し」ちゅう言い回しを実感や。
ほんで明日は、日本にいる親友の誕生日や。
ちゅうても親友は皇后陛下ちゃうで。
たまたま親友は、10月20日生まれちゅうだけのこっちゃ。
あいつ元気にしとるかいなぁ。不義理してばっかしやもんなぁ。
ちょうど明日は土曜日やし、ご無沙汰とお詫びの電話でも入れるかなぁ。
めでたく彼も古希や、ほんで三カ月したらこの爺さんも古希や。
この爺さんが64歳8か月でシンガポールに来たときは、5年で目途つけてと思うてきたのに、結局地ならしに5年かかってしもうた。せやから今が本当のスタートみたいなもんや。
後は老化・衰えとの競争やで。
5年の苦労を無駄にせぇへんためには、この一年がほんまの勝負や。
神頼みは意味ないと分かっていても、祈らずにはおられへんなぁ。
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2018年10月02日

直感は過たない

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「直感は過たない。過つのは判断である。」
という格言、高校時代からの友人G君が良くいっていた。
G君は学生時代、そして私達の年代が学生時代に多分にそうだったように、麻雀好きであった。ただ彼は凝り性で、一度やりだすとあれこれとHow to本を紐解き、蘊蓄を垂れる癖があって、この格言は五味康佑著のHow to本からの借用であったと記憶している。
もう50年近く昔のことを突然思い出したのは、今日のちょっとした経験からである。
実は今日、Pangkal Pinangというインドネシアの地方都市に出張した。
我々日本人にはあまりなじみのない都市ながら、スマトラ島のパレンバンの沖にあるリゾート地で、飛行場もありかつては鉱山もあったという。このPangkal Pinangにはシンガポールの沖にあるバタン島から空路で移動した。バタンの空港には少し早く着き、それでもチェックインが出来たので、ボーディングパスを貰ってひたすら搭乗を待つことになった。ただそのボーディングパスを手にしたとき、名前の表記がないので
「あれ変わってるなぁ?インドネシアの国内線は名前の記載がないのかなぁ?」
とぼんやり考え、あまり深く考えなかった。
そして搭乗、ところがなかなか飛び立つ風はなく、
「機体の整備不良か?」
なんぞと考えていたら、機内放送で何やらカワサキと呼んでいるような気がした。それでも自分の事とは思わず、のほほんとしていたら地上係員が席にやってきて搭乗券を見せろという。指示に従い搭乗券を差し出せば、次はパスポートを見せろと言い、搭乗券を持ったままあたふたと駆け戻って行った。
10分ほどして戻ってきて新しい搭乗券を手渡されたのだが、それには名前がきちんと記載されていて
「何や、この遅れは正体不明の乗客がいるというのが原因だったのか。ただそれは私の責任ではなく、チェックインカウンターの責任やろう。」
と納得するとともに、
「搭乗券を手にしたとき、一言確認しておけばよかった。見たときの不思議感はまさに直感が正しかったことを意味し、そのあとやり過ごしたことが判断の誤りを意味するなぁ。」
と思案した次第なのである。
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2018年10月01日

故郷は捨てられぬ

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神無月朔日
ブラジルに行った際に、経験した内容、15年も昔の事である。
ブラジルの南部にバルーという田舎町がある。多分地図で見つけるのもそう簡単ではない。そんな田舎町で雷観測を実施した。その際、日本からサンパウロまでは空路、サンパウロから最終目的地までは、陸路で移動した。ブラジルの共同研究者が、空港まで迎えに来てくれていて、500q程の道のりだったろうかドライブしたのである。あの観測は結構無理をしての観測だった筈で、年末まではオーストラリア・ダーウィンでの観測、そして年が明けて確か一月末か二月初めからブラジルでの観測であった。余談ながらこの観測は確か一年限りの観測で、今となっては大いに惜しい気がしている。ただ今日の主題はその観測の事ではない。
サンパウロには、日本からの移民が多いことは、ものの本を通じて知っていた。ただ車がサンパウロの都市部を通り過ぎ、郊外を走りだした頃、
「この辺りには、日本からの移民の集落が多いのだ!」
と聞かされた時の事。車の窓を流れてゆく山並みが、何となく日本の地方を走っているような錯覚を起こさせるようであった。そしてその時考えたのは、
「国を離れてきたとはいえ、結局その故郷を彷彿とさせる地形や雰囲気に惹かれるものなのか?」
という事であった。そしてそれは、千数百年の時を越えても、共通するものだわいなぁというのが、偽らざる印象であったのである。
言い換えれば、故郷を捨てたとしても、落ち着き先は故郷に似た雰囲気の街となるらしく、それは1000年以上も昔からの我々の心情なのらしいのである。
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2018年09月30日

故郷を捨てる

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長月晦日
生まれ故郷を遥か離れて暮らすことについて考えている。
以前にも似たようなことを考えた。
それは韓国で、かつての百済にある小都市・熊津を訪ねたときの事である。
20年ほど昔、韓国気象庁に招かれて講演をした。その際お礼代わりに
「どこか行きたいところはないか?」
と一泊旅行を提案してもらった。それで
「かつての百済の地に行きたい。昔日本が王族の墳墓の習慣を学んだ古墳群があると聞いている。」
 とお願いして、連れて行ってもらったのが熊津である。
そこでは高野槙で作られたというかつての王様の棺桶があり、
「最近のDNA鑑定で高野槙と判明した。この高野槙は日本固有のものだから5世紀頃には、百済・大和の交流があったという事が判る。」
と,解説された。ただ私はこの件に関しては、大した感慨もなくフーンという感じだったけれど、熊津の雰囲気、いわば山並みというべきだろうか、が奈良県明日香に似ているとの印象を強く持ち、
「半島人達は、日本に来て故郷の雰囲気似ている明日かに住み着いたのだろう。」
と、ひとり思案を巡らせたものである。
実はこの印象、その前後にブラジルを訪れた折にも経験しており、それはまた明日にでも。
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2018年09月29日

10年前の今日の内容

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中国の有人衛星・神舟7号,宇宙遊泳も成功させて無事帰還。
米国,ロシアに次ぐ快挙で,名実ともにベストスリーの一角を占めるに至っている。今後2012年には,ドッキングの実験を実施し,2020年頃には宇宙ステーションを実現させるらしい。一連の動きは,国威発揚もあるのだろうが,月や惑星などの鉱物資源も見据えてのことに違いない。
大相撲9月場所が千秋楽を終えた。終わってみれば,結局横綱白鵬が14勝1敗で優勝。大麻汚染醜聞で,理事長が交代し,再出発が期待された大相撲協会。某新聞では60点とある。60点は大学なら及第点ぎりぎりの得点で,そういった意味合いもあってこの点なんだろう。新理事長になって,立会厳格化も徹底し,休場した横綱・朝青龍など随分混乱していたようだ。朝青龍に意地悪しての立会厳格化ではなかろうが,もともとあの横綱はフライング気味の立会が多かったっけ。
国会では新首相の所信表明演説。いよいよ論戦の火ぶた,衆議院解散に向けての総力戦突入ということだろう。ただ今日の所信表明演説,野党にはすこぶる評判がよろしくない。というのも,所信表明演説で,野党に対する質問を盛り込んだそうで,野党側は,総選挙の事前運動だと反発している。劇場型元首相とは一味違ったパフォーマンス,はてさて総選挙の勝敗の行方やいかにといったところである。
プロ野球もいよいよ大詰め。ただセントラルリーグは,依然混とんとしている。勢いのある読売巨人軍は,直接対決で阪神タイガースを相手にしないが,思わぬ取りこぼしもある。首の皮一枚の阪神タイガース,首位の座をかろうじて守り通している。その阪神タイガース,今宵は広島カープとの対戦で,五回を迎え3対0でリードしている。勝敗を気にしながら,自宅に向かうこととしよう。
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2018年08月31日

絶滅危惧種ミノムシ

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葉月晦日
知り合いのフェースブックに
「絶滅危惧種ともいわれているミノムシを職場で発見。」
とあった。絶滅危惧種というのは本当かどうか、少なくともこの爺の故郷には、まだまだたくさんいる。といっても、一年は帰国していないので、最後に見かけたのは一年半以上も以前のことになる。まさか一年半で故郷のミノムシが絶滅するとは思えないとはいえ、日本中都市化が進んで絶対数の減っていることは確かなのだろう。
ただミノムシには、母の思い出がある。
祖父が綿織物で財を成して立てた我が家には、おもてにもうらにも前栽があった。おもての前栽には、太平洋戦争で戦死した伯父が植えたという夏蜜柑の樹が三本あり、その樹によくミノムシがぶら下がっていて、秋の終わりころともなると母が駆除していた。駆除といっても樹の下に入り込んで探し出しては、ひとつづつ駆除するのである。もう50年以上も昔のことで、私はまだ小学生であった。
母は、
「このミノムシは、蛾になって夏蜜柑を駄目にするから!」
と教えてくれたものの、私自身それ以上は確かめようとはしないまま、今日に及んでいる。ただ今日ウイキペディアで調べてみると、ミノムシが哀れに思えるような生体であることが判った。あえてここでは示さないので、ご興味のある御常連様はぜひネットサーフィンして調べてください。
話をミノムシ退治に戻せば、私も母に真似て枝にぶら下がっているミノムシをつまみあげせっせと踏みつぶしたものであった。
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2018年08月27日

夏の終わりに

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2018年葉月も余すところ5日となった。
何度かこのブログに書いていると思うのだが、中学生時代、私は夏の終わりのこの時期の寂寥感が、えも言えず好きであった。とりわけ故郷の西の山の端に灰色の雲がかかる夕方が好きであった。考えようによっては鬱屈しているとも言えそうながら、あれは思春期特有の「ニヒリズム」だったのかもしれない。
はて今日はどうなっているのだろうか、私が中学生だった頃には、夏休みといえば写生が宿題の一つで、その写生を私は決まって夏休みの終わりの二、三日にやったものである。他の宿題は夏休みが始まって一週間もすれば皆やり終えていたけれど、写生だけは最後まで手を付けることは無かった。それはあの夕暮れの寂しさを、今年も絵にしたいと考えたからに他ならなかった。ただそんな得手勝手な「ニヒリズム」は、誰にも理解されず自慢の写生は、一度も褒めなれなかった。
とはいえ残念ながら、今年はあの夕暮れを見ることはできない。というのも、現時点では帰国の予定が今のところ、まだまだ立っていないから。それにこのシンガポールは年中夏で、あんな寂しい雲はまず出ないから。
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2018年08月07日

5年前の今日

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シンガポールに来てほぼ5年経つ。
その年の今日の内容である。

週末に映画を見に行った。
原題 Emperor (邦題 終戦のエンペラー)というハリウッド映画である。6月の末頃からだったろうか,テレビで盛んに宣伝していたので,ぜひ見たいと考えていた。それも封切られて早い内に見たいと・・・。映画について,こんな気持ちになったのは,いやはや本当に久し振りである。
8月の声を聞くと,年中行事のように終戦がらみの報道特集や映画が上映される様に,我が国にとってまだ戦後は終わっていないのかも知れない。昭和30年代の流行語となった,もはや戦後ではないは,経済という観点から復興がなったという事で,実際その後我が国が,世界第二位の経済大国となったことからも明らかであろう。ただその一方,文化的な意味であるいは精神的な意味で,果たして我が国が戦後を乗り越えたのかと尋ねられると,原爆の事,従軍慰安婦の事,北方領土の事等々,何一つとして解決できていない様な気がする。
ところがである,この終戦のエンペラー,ハリウッド映画だというのに,我々日本人以上に,日本人的心やあいまいさを理解しての作品という鑑賞感を持った。詳細な内容の言及は差し控えたいが,ハリウッド映画にありがちな勧善懲悪な内容では決してない。ご常連様にも,是非お楽しみいただきたい作品であったと,結びおきたい
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