2017年04月16日

卵を立てる

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イースターに関係して、もう一言。
大学院時代、先輩から
イースターに生まれた卵は、立つんだよ!
と聞かされ、真剣に生卵を立てようとしたことがある。
今から考えれば、その先輩、私を担ごうとしたのか、あるいは「色付きの卵」の件を誤解していたかの、どちらかだったのだろう。ともかく私は、かなりむきになって生卵を立てようとした。ご常連は多分ご存じだろうが、ゆで卵なら回転を与えれば立つし、コロンブスの卵よろしく、少し割れ目をつけてやれば立つ。ただあの時は、生卵を壊すようなことはもちろん、何も細工をせずに、立てようと努力した。
研究室の友人達は
「そんなものは立つはずがない!」
と、全く相手にしようとしなかった。が、私はテーブルの上で諦めもせず、くるりんと倒れるのを何度も何度も繰り返した。
この歳になってもしつこいところは全く変わっていないが、当時は若いだけにもっとしつこかった。たまご立てを始めた頃は、何人かが周りにいて冷やかしたり励ましたりしていたが、そのうち一人減り二人減り、気が付けば私は一人で馬鹿みたいに繰り返していた。そして日付の変わる頃、なんとありえないことながら卵が立った。ともかく立った。
どこでやっていたのか、何の会合だったのかも覚えていないが、ともかく何人も集まっていたことは事実。私は大いに興奮して
「卵が立った!」
と声をあげた。当然何人か集まってきて、
「何か細工したんやろう?」
と苦労してやっとのことで立てた卵を、ひょいと取り上げそれこそためすすがめつ、
「なんも変わってないなぁ。ゆで卵とちゃうよなぁ?」
と、その卵をわって割ってまでして確かめた。その頃には何人も集まってきていたので
「いや善さんほんまに立てよったでぇ。何か細工してあるやろと持ち上げたんで、立ってるの皆に見せられへんかったなぁ!」
と証人になってくれた。それでも大半は半信半疑で、
「ぐるになってんちゃうか?」
とまでいうものもあらわれる始末。
「ほんならもう一回立てる。」
と別の卵でやってみたら、コツを会得していたのだろう、意外と短時間で無事卵が立ったから大いに盛り上がった。
ちなみに最近も卵立てをやってみたら、10分ほどで無事立ったことを報告しておきたい。
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2017年04月14日

励ましの言葉

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尺取り虫は延びようとするとき必ず縮む
これは中学校を卒業する際、恩師が私に送ってくれた言葉である。中学の卒業は15歳、今この爺は68歳だから53年も昔の事になるが、今日仕事からの帰りに歩道を這っている芋虫を見かけてふっと思い出した。
私達の中学生時代は、卒業となると寄せ書きや、サイン帳にサインを貰ったりしたもので、最初に示した言葉は、確かそのサイン帳の第一頁に書かれていた。当時は今のようにスマートホンがあるわけでなく、写真もまだまだ高価な時代、中学校のつくる作って配布してくれる卒業アルバムはあったけれど、思い出の写真なんぞといえばそれくらい、手書き文化というと大仰ながら、そんな時代だったのである。
余談ながら、あのサイン帳はどうなったのだろう。高校、大学と終えて就職して後は引っ越しすることが多くなりいつの間にやら行方不明になってしまっている。
話を最初の言葉に戻す。
中学校の恩師には、実は三年間続けて担任してもらった。一学年6学級の中学校にあって、担任が3年間も続くというのは珍しい。ただ随分と後になって
「C先生、目を離したらあの子はだめになる!」
と、意図的に担任をして下さったと聞かされた。それが30歳になった頃、私の生き別れた父とC先生は親友であったことも知り、成程と一人合点できたことが今となっては懐かしい気がする。
尺取り虫は延びようとするとき必ず縮む
この歳になっても、含蓄のある言葉である。
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2017年04月12日

クリスピーの散歩

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この爺のブログには、ご近所の二人のお子さん、先月来星された日本人家庭の三人のお子さんが訪ねてくれているらしい。少なくとも5人以上の10歳前後のご常連さんがいることになる。そう考えると「共産党以上過激派以下」の左翼思想の爺ながら、時には政治色を離れた内容で更新せねばと考えた次第である。
さてご近所のお二人、ここ数日犬を連れて我が家にいらっしゃる。聞けば知り合いの日本人家庭が一時帰国され、一週間余り飼い犬を預かっていらっしゃるとの事。犬の名前はクリスピー。そして夕方のクリスピーの散歩がお手伝いなのだそうだ。この国シンガポールの小中学生の登校時刻、半端じゃなく早いので、さすがに朝の散歩は無理だろうと思う。ただ残念ながらお嬢さん達、散歩させる意味があまりお解りで無いような感じもする。一度散歩に同行した際
「なるべく土の上を歩かせてあげなさい。タイルの上では、クリスピーもウンチしにくいだろうから。」
と助言したら、少し歩いただけでめでたく排便してくれた。
「善さんよくわかるねぇ!」
と感心していただいたのだが、その言葉で昔のことが蘇った。
実は小学生の頃、我が家では犬も猫も飼っていた。田舎の事ゆえ60年も近く昔のあの頃犬は放し飼いが普通であった。さすがに夜は鎖で繋いだけれど、昼は全く犬の自由行動だったのである。一方猫は家への出入り自由とはいえ、通常は家の中にいる。それで適当な大きさの木箱に砂を入れ、三和土において排便させるのであった。そして一二度教えるだけで、めったに粗相することもなく、二三日に一度砂を入れ替えてやるのがこの爺(当時10歳位かな)の仕事だった。だからというだけでもないが、犬や猫の振る舞いはある程度この爺には理解できるのである。
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2017年03月29日

歴史のターニングポイント3

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1983年のオイルショックとトイレットペーパの事件は、それまで我々日本人が追い続けてきたアメリカ合衆国型の「大量消費文明社会」一辺倒の志向から、
「それでは持続的発展可能な社会は実現できない!」
と、資源の再利用を真剣に指向する社会へと、かじを切り始めるきっかけとなったと私は理解している。
確かにそれまでにも「資源再利用」という意識も少しはあったろうが、消費拡大は経済発展の原動力というアメリカの教えを、それこそ金科玉条のごとく信じる者が大多数であったのである。
ただ原因はなんであれ、
「石油が無くなる、トイレットペーパーが無くなる。」
の教えは、例えば自動車でいうなら「低燃費車競争」、電気製品白物家電でいうなら「省電力消費高機能」を、わが国の得意分野である技術力でやがて実現していくのである。そういう意味で、わが国は「エコロジーの先進国」足り得たのは、1973年のオイルショックに端を発していると確信している。そしておおよそ20年後に起こった阪神淡路大震災の大惨事から、比較的短期間に復興できたのも、1973年のオイルショックによる経験が間接的かもしれないが、貢献していると信じている。
ところで1995年の阪神淡路大震災、まずもって
「地震被害は、関東固有のもの!関西人には関係ない。」
と、暗黙のうちに了解していた関西人の意識をすっかり変えた。何せ6000人を超す人が犠牲になった大地震である。
実はその一〜二か月前から、兵庫県の川西地区で「群発地震」が発生していた。
私は地震の専門家に
「あれって、大地震の前触れちゃいますのか?」
と尋ねたけれど、言下に否定された経験もある。記憶に間違いなければ、NHKの夜のニュースでもあの群発地震が取り上げられ
「一過性の物でしょう!」
と解説していたように思う。
余談ながら、私達大気電気学の研究者仲間も、
「地震学者だけには任せておけない!」
と、地震予知学が我々の分野に起こし早20年余。技術的に確立し、世間に認知されるまでには今しばらくかかりそうである。
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2017年03月28日

歴史のターニングポイント2

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今日は、1966年日産サニー、トヨタカローラの販売開始から始める。
私自身、その一年前に当時でいうところの、軽四の免許を取得しており、時たまダイハツハイジェットを駆ってはいた。当時世の中は車社会への戸を開け始めていたのは確かである。ただ国産の普通自動車はというと、普通の家庭には依然高嶺の花で、だから先に書いたわが国の文化ともいえる「軽四自動車」が、まだまだ幅を利かせていた。
そんな時代に、確か春先だったと思うが新聞の全面広告で「格安の普通乗用車」日産サニーの販売開始が明らかとなり、その後半年ほどして「トヨタカローラ」の販売開始が、同じく新聞の全面広告で公表された。ひょっとしたら、順序は記憶違いで逆かもしれないが、いずれにしても当時の自動車メーカー最大手の二社が、
「庶民にも手の届く価格での普通乗用車」
の販売を開始し、わが国の「車社会化」の扉が完全に開かれたのである。つまり、サニー、カローラがきっかけとなり、他の自動車メーカーも安価な普通自動車の開発・販売を競い、さらにはわが国経済の高度成長も大いなる後押しとなって、それから15年余りで、米国の自動車産業を脅かす「自動車輸出摩擦」を引き起こすまでになった。つまりわが国自動車産業が驚異的に成長したのだから、1966年が変換点となったという私の理解もまんざらではないと信じている。
もうひとつの話題は1983年、土光・中曽根による国営企業民営化である。早い話、電電公社、専売公社、国鉄の三民営化なのだが、歳出超過のわが国が、さらにこれらの企業の赤字を補填するのは筋違いと、大ナタが振るわれた。当時「土光さんのめざし」が流行語となったりしたし、
「民営化してそれぞれが企業としての効率化を図ったうえで独立採算しないと、国の負担が増えるばかり!」
という理念はちょっと見理解できる。当時大学などでも。次年度予算は実質「ゼロシーリング」となったりもして、大学付置研究所の見直しも急速に進められていた。
しかしその後効率化を重視するあまりどうなったか、といえばJRとなった鉄道サービス、ローカル赤字線の廃止が頻繁となり、わが国の高齢社会の「弱者切り捨て」問題という形で顕在化している。教育・研究機関も同様で、今頃になって私は
「あれは本当に正しかったのかしらん?」
と考えたりすることもある。そしておりしもというべきか、米国では研究機関の予算前年30%減とも聞く。はてさて・・・。
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2017年03月27日

歴史のターニングポイント1

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68年と2ヵ月あまり人間をやっていると、
「あぁ、あの事をきっかけにその後のわが国社会が大きく変わった!」
と、気づかされることが少なくない。歴史のターニングポイントとでもいうのだろうか?
ただこんなことを考えたりするのは、そろそろあちらの世界からのお迎えが近いのかなんぞと気弱になりそうながら、今しばし老骨に鞭うつつもりも心のどこかにある。
さて爺なりに理解している、歴史の転換となった事例を年代順に並べてみると
1. 日産サニー、トヨタカローラの発売開始(1966年)
2. オイルショックとトイレットペーパ(1973年)
3. 土光・中曽根御両人による国営企業民営化(1983年)
4. 阪神淡路大震災(1995年)
5. 小泉郵政選挙(2005年)
6. 東日本大震災(2011年)
といった具合で、おおよそ10年に1度の割合となっているのが、我ながら不思議である。
そして今日は敢えて、順位にとらわれず勝手気ままに、説明して行きたい。
まずは、5番目の小泉郵政選挙である。小泉元首相は、原発の恐ろしさに目覚められ、最近は少しはまともになったようながら、あの郵政選挙の折は
「私のやることに反対なら、私以外を総理に選べばよい!」
とうそぶき、自民党の大御所たちも公認から外してしまい、ほとんどことごとく落選の憂き目に会せた。俗にいう刺客候補である。ただ本来の民主主義の意味からいうなら、選ばれたということは全権委任ではなく、舵取りを任せただけの事、少数の意見も聴きながら前に進むべきなのである。ただこの手法はやがて、政党維新にも受け継がれ、さらには国政選挙の小選挙区制と相互作用をしながら、わが国をポピュリズムの国に変えてしまった。かかる意味で、今後日本がどのように進むか知らないけれど、軍国主義、民族主義に進むようなら、2005年の郵政選挙がそのターニングポイントになったのだと、ご理解ください。(この稿続く)
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2017年03月25日

競争的資金の怪

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何日か前の国会質疑で総理大臣が激昂した「獣医学科」の話題、社民党党首が公募期間の短さを指摘していた。総理大臣が必死にその正当性を強調していたけれど、実はこの爺も似たような経験をしたことがある。といっても激昂ではなく、公募期間の短さに関してである。
小泉元首相が、「地球温暖化問題解決のための国際貢献!」を旗印に、大型の研究予算をつけたときのことだから、十年以上も昔のことになる。もちろん競争的資金だから、当時まだ研究者としては現役だったこの爺も応募することにした。ただ公募の開始から提出締め切りまではほんの一二週間で、徹夜に次ぐ徹夜、准教授、講師の三人と死ぬ思いで申請書を仕上げた。我なりの力作で、
「採択されへんかったとしても、ええとこまではいくでぇ!」
と、大いに期待していた。
我々大学の研究者にとって、毎年の定番の競争的資金と、政府肝いりの単発型の競争的資金の二通りがある。そして天邪鬼なこの爺でも、定番の競争的資金の獲得率は、相対的に高いとの自負はあったけれど、単発型のそれはなかなかうまくいかなかったのは事実である。早い話、根回しなんてのは全くの苦手だったから。それでもその二三年前に、東大阪の街工場の人工衛星造りをまんまと仕留めた経験があったので、地球温暖化対策のその競争的資金もうまくいけばとの期待を持っていた。
申請書は本省である文部科学省に提出、
「採択の可能性のある時は、ヒアリングに来ていただきますから。」
と言われていた。一二週間ほどたった頃
「河崎さんの申請書、結構評判良いですよ。」
といった風の便りもあり、大いに期待していたのだがヒアリングの呼び出しがない。だから東京出張の日に(といってもあの頃は、毎週のように東京に出向いていたのだが)、本省の受付担当官を訪問した。
「ヒアリングは、どうなってますか?」
とストレートに質問すれば
「まだ確定はしていませんが、多分ご足労には及びません。」
とのつれない返事。
「そうおっしゃらずに、せめてヒアリングだけでもしてくださいよ。審査の先生方には納得してもらえる自信があります。」
と、直訴に及んだ。そしてその時の回答は、きわめて毅然と
「私は、この大型プロジェクトを予算化するために、数年前に他の省からこの文部科学省に出向してきています。当然出向の時点で何をするかも決まっています。河崎さんをヒアリングにお呼びしても、混乱するだけですし、申請の採択はありえませんから。」
と、にべもないのである。早い話競争的資金は、競争的資金で無かったということなのである。
その一二週間後、この申請採択を競っている、いわば「敵方」のリーダーから、
「河崎さんが、おつくりになっている装置で、参加していただく可能性もありますから。」
と、矛を納めよという趣旨の申し出もあった故、何となく解せない気持ちを抑えつつ、結局は断念した。
ただその後10年以上も「装置での参加」は声がかかっていない。
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2017年03月04日

雛の節句

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昨日、近所のちっちゃな恋人達の家を、家人とともに訪ねた。
さすがというべきか、なんとこのシンガポールで、親王飾りを飾っていらっしゃるではないか。3月3日は、ここでも雛の節句なのである。ただ残念ながら
「そうや、今日は雛祭りやからねぇ!」
と申し上げても、恋人達の反応は乏しい。
というのもお姉ちゃんのEさんは、タルトつくりに余念がない様子だから。顔に小麦粉がついているのに、全く意に介さず奮闘していた。そして妹のYさんは、あれこれ本を持ち出し、こちらは読書三昧なのである。
やがてYさん本に飽いたのか、ようやく親王飾りに目をやり、やおらひなあられの袋を持ち出した。そしてひなあられを二枚の銘々皿に盛り付けだした。
「おじさんはひなあられ結構だから。」
と述べれば、家人から
「これはお雛様に!」
と指摘され、
「あれまぁ今回もまた爺の早合点だ。」
と反省させられた。
その後雛飾り談義を、お嬢様達の母上と
「片付けが遅くなってこの子らの結婚が遅くなってもいいんです。子供達が結婚しなくてもいいと、ちょっと考えたりしますから。」
だって、いやはや本音の親心だろう。
とはいえ旧暦の3月3日(今年は3月31日)が終われば、雛飾り片づけてあげてください。
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2017年02月28日

小さな恋人達

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今日も、二人のお嬢さんの話題である。
お二人の衣服の好みは、かなり違うように感じられる。
姉上のEさんはどちらか言うと活動的な衣装が多い。
一方妹のYさんは、ドレッシーなワンピースタイプが多い。ただYさん曰く
「ワンピースだと、頭から着るだけで済むもの!」
と仰っており、おしゃれというより効率中心といことらしい。
それからもう一点。
Yさんは訪ねてくるたび、私の着ているTシャツを見て、
「これこの前着てたねぇ?!」
と、おっしゃる。二三回そういうことが続いたので、最近は自宅でも襟付きのシャツも着ることにして、レパートリーを増やしている。
昨日はたまたま私の帰宅時に襲撃してこられて、長袖姿の私を見て
「これ見たことないなぁ!」
と、驚かれていた。
「そりゃーそうだよ、仕事に行くときの衣装だよ。」
と返すと、フーンと納得されていた。
姉上のEさん、Yさんが指摘すると反応を示すこともあるけれど、本質的に爺の衣装には興味がないのではというのが私の理解。二人の衣装の違いは、やはり本質的な興味の違いによるのかもしれない。
Eさん、Yさんのご両親、お嬢様をだしに使って恐縮です。
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2017年02月27日

マンゴータルト

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ご近所の日本人家庭のお二人のお嬢さんと仲良くなったことは、先日述べた。
お嬢さん二人といっても、まだ十歳前で、お二人の年の差は二歳と聞いている。
お姉さんはEさん、妹さんはYさん。守秘義務というほどのものではないにせよ、ともかくもプライバシーを考えて、敢えてイニシャルだけにしておきたい。
そのお二人、どういうきっかけかは知らないけれど、偶然私のブログに行き当たられたそうで、御自分達が話題となっていたのもあって、大いに興味を持たれたと聞く。そしてその後は、積極的にブログを訪ねてくれている様ながら、その後登場してもらっていないので、いささか落胆気味らしい。そんなわけで今日はお二人が主役である。
EさんとYさん、今ケーキ造りに力を入れていらっしゃるようで、昨日の午後も焼きあがったばかりのマンゴータルトを持ってやってきた。私は昼食後を摂った後でもあり、
「オジサンおなかいっぱいだから、夕方にでも頂くことにする。」
と告げたら、何やらつまらなさそうな風情である。已むを得ず
「これも付き合い。」
と考えて、
「上のマンゴー二三切れ、頂くから!」
と口に運べば、Yさんも同じように摘み上げ
「結構おいしいね。夕方頂くから、ありがとう。」
と、御好意を頂くことにした。
ただこれには落ちがあった。
「二人、タルトを置いて帰っちゃったけれど、本当にもらっていいのかなぁ?」
と、すこし悩んた。そして確かめれば実は出来上がりを見せたくて持ってきただけの事らしく、まるままの没収は彼女ら二人にとっては想定外だったことが判明。
よくよく考えたら昨日は日曜日だし、お父上も在宅だったので一緒に楽しみたかったのだろう。
「いやはや悪いことをした。爺の一人合点は、よくないなぁ。」
と大いに反省、半分返却させて頂いて、多分事なきを得たと信じている。
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